── 動作一つにも、品位と節度を込めて
孔子は、車に乗るときでさえ、礼を欠くことはなかった。
乗車の際には、必ずまっすぐに立ち、両手で吊り革(綏)をしっかりと握り、落ち着いてゆっくりと乗られた。
急いだり、雑な動きをすることなく、その一連の動作すべてに礼の心が宿っていた。
車に乗ってからも、軽率なふるまいは一切見せなかった。
左右を見回したり、目まぐるしく視線を動かすこと(内顧)はせず、
早口でしゃべったり、指を差したりといった軽率な態度も慎まれていた。
孔子にとって、車中は単なる移動の場ではなく、自分を律する空間でもあった。
乗り物の中という「中途の場」でも自らを崩さないことで、内なる礼が養われる。
それは、場を問わず自分の行動に責任を持つという、君子の姿そのものである。
原文とふりがな付き引用
「車(くるま)に升(のぼ)るには、必(かなら)ず正(ただ)しく立(た)ちて綏(すい)を執(と)る。車中(しゃちゅう)にては、内顧(ないこ)せず、疾言(しつげん)せず、親指(しんし)せず。」
注釈
- 綏(すい):吊り革・つかまりひも。車に乗る際に使う補助具。
- 内顧(ないこ):あたりを見回すこと。落ち着きのない行為とされる。
- 疾言(しつげん):早口で話すこと。軽薄な印象を与える。
- 親指(しんし):人差し指で物を指すこと。無礼とされた動作。
1. 原文
升車、必正立執綏。車中不內顧、不疾言、不親指。
2. 書き下し文
車に升(のぼ)るには、必ず正しく立ちて綏(すい)を執(と)る。
車中にては、内顧(ないこ)せず、疾言(しつげん)せず、親指(しんし)せず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「車に升るには、必ず正しく立ちて綏を執る」
→ 車に乗るときは、姿勢を正して立ち、手すり(綏)をきちんと持って乗った。 - 「車中にては、内顧せず」
→ 馬車の中では、後ろを振り返ったり、きょろきょろと周囲を見渡したりしなかった。 - 「疾言せず」
→ 大声で急いで話すようなことはしなかった。 - 「親指せず」
→ 人を指差すような無礼な動作をしなかった。
4. 用語解説
- 升車(しょうしゃ):馬車に乗ること。古代中国では位の高い人が乗る移動手段。
- 正立(せいりつ):姿勢をまっすぐに保って立つこと。
- 綏(すい):馬車に取り付けられた手すりや掴まる紐。
- 內顧(ないこ):周囲をしきりに見回したり、後ろを振り返ること。
- 疾言(しつげん):声高に急いで話すこと。焦りや無礼の表現。
- 親指(しんし):人を指差す行為。古代でも現代でも失礼な振る舞いとされた。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は車に乗るとき、必ず姿勢を正して立ち、手すりをきちんと握って慎重に乗車した。
馬車の中では、周囲を落ち着きなく見回したり、慌ただしく話したり、人を指差すようなことは一切せず、
常に礼儀と落ち着きのある態度でいた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「移動中や日常動作における品格と礼節」**を表しています。
孔子は、移動という“隙”のある場面であっても、内面の緊張感と外面の節度を持って振る舞いました。
つまり、「誰も見ていないかもしれない場所や状況」においてこそ、人の本性や品性があらわれるという意識です。
また、人を指差す・大声を出すなどの行動を避け、言動と動作に慎みと敬意を込める態度は、まさに儒者としての矜持です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
🚗 「移動中も品位を忘れず」
- 出張・同行中の移動時(車・電車・飛行機)でも、私語・態度・姿勢に気を配ることが、ビジネスパーソンとしての信頼につながる。
- 特に同乗者や目上の人がいる場合、「無言の振る舞い」が評価を左右する。
🧍♂️ 「姿勢に表れる人間性」
- 荷物を持つ所作、座るときの姿勢、目線――何気ない動作にこそ“無意識の品格”があらわれる。
- 優れたプロフェッショナルは、どこで見られても恥ずかしくない所作を自然に行っている。
🙊 「言葉と指先に“礼”を宿す」
- 大声での話し方、人を指差すしぐさは、対面でもオンラインでも信頼を損ねる要因。
- 発言のトーンとジェスチャーの精度を磨くことが、コミュニケーションの質を高める。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「静かなる場に、品格はあらわれる──“移動と所作”に礼を込めよ」
この章句は、**「動中にあっても礼を忘れず、節度を保つこと」**の重要性を説いています。
誰にも見られていないからこそ、自分自身を律することができる――
それが、孔子が「真の礼」として実践していた姿勢であり、現代のビジネスにも通じる“信頼の源”です。
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