── 君に仕える心は、日々のふるまいに宿る
孔子は、君主に対して常に最大限の礼を尽くし、その敬意は形式にとどまらず、行動の一つひとつににじんでいた。
君主から料理を賜ると、必ず姿勢を正し、居ずまいを整えてから慎重に口にされた。
生肉を賜った場合には、必ず火を通して調理し、まず祖先の霊に供えてから、自分でいただいた。
生きた動物を賜れば、それを大切に飼育された。
また、君主と共に食事する際には、君主が料理を少し取って神に感謝を捧げる姿を見届けてから、自らも食べ始めた。これは毒見の役割も含み、身をもって主君を守る誠意の表れである。
病気の折、君主の見舞いを受ける際には、東を枕にして臥し、礼服(朝服)を寝具の上に丁重にかけ、その上に大帯(束帯)をきちんと引いて備えた。
また、君主から呼び出しがあれば、馬車の用意が整うのを待たず、自ら歩き始め、馬が追いついたところで乗るという敏速な反応を示した。
孔子の行動には、徹底した礼と忠誠があった。
それは、君主を神聖視する儀礼ではなく、信義と責任の証であり、君子の矜持そのものであった。
原文
君賜食、必正席先嘗之。君賜腥、必熟而薦之。君賜生、必畜之。侍食於君、君祭先飯。疾、君視之、東首加朝服、拖紳。君命召、不俟駕行矣。
書き下し文
君、食(しょく)を賜(たま)えば、必ず席(せき)を正(ただ)して、先(ま)ず之(これ)を嘗(な)む。
君、腥(なまもの)を賜えば、必ず熟(じゅく)して、之を薦(すす)む。
君、生(なま)を賜えば、必ず之を畜(たくわ)う。
君に食を侍(じ)するに、君、祭(まつ)れば先ず飯(は)む。
疾(や)みて、君之を視(み)れば、東首(とうしゅ)して朝服(ちょうふく)を加え、紳(しん)を拖(ひ)く。
君、命じて召(め)せば、駕(が)を俟(ま)たずして行(ゆ)く。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「君、食を賜えば、必ず席を正して先ず之を嘗む」
→ 君主から食べ物を賜ったときは、まず席を正し、礼を整えた上で少し味見してからいただいた。 - 「君、腥を賜えば、必ず熟して之を薦む」
→ 生の魚など(腥)を賜ったときは、必ず火を通し、祖先や神に供えてから自ら食べた。 - 「君、生を賜えば、必ず之を畜う」
→ 生のままの食材を賜った場合は、すぐに食べず、大切に保存した。 - 「君に食を侍するに、君、祭れば先ず飯む」
→ 君主に仕えて食事を共にするとき、君主が祭祀をする場合には、孔子は君主に先立ってご飯をよそった(礼のため)。 - 「疾ありて、君之を視れば、東首して朝服を加え、紳を拖く」
→ 病気で臥せっている時でも、君主が見舞いに来れば、すぐに東を向いて礼を取り、朝服を着て、衣帯をきちんと整えて対応した。 - 「君、命じて召せば、駕を俟たずして行く」
→ 君主から召しがかかれば、馬車の準備が整うのを待たずに、すぐに駆けつけた。
用語解説
- 腥(せい/なまもの):生の魚や肉。調理されていない食材。
- 生(なま):広義の生食材。未加工の食べ物。
- 薦(すす)む:供える。祖先・神仏などに食を献上すること。
- 畜(たくわ)う:保存・保管する。貴重な物としての扱い。
- 侍食(じしょく):君主の食事に同席・給仕すること。
- 朝服(ちょうふく):朝廷などに出仕する際の礼装。
- 紳(しん):帯。官人が身につける飾り帯であり、礼装の一部。
- 駕(が):車(くるま)。ここでは馬車=移動手段。
- 俟たず(またず):待たずに、すぐに。
全体の現代語訳(まとめ)
孔子は、君主から食事を賜ったときは、まず席を正して礼儀を整えた上で口をつけた。
生ものを頂いたときは、必ず調理して供え物とし、すぐに食べなかった。
君主と共に食事をする際も、その行動には常に礼をもって応じた。
病気であっても、君主が訪れたときには服を整えて礼を尽くした。
また、召し出しがあれば準備を待たずにすぐ出向いた。
──それほどまでに孔子は、君への敬意と礼儀を徹底していた。
解釈と現代的意義
この章句は、**君主(目上・上司)に対する“徹底した礼”と“即応の姿勢”**を孔子が日常の中で実践していたことを描いています。
単なる形式ではなく、「賜物(たまもの)」をどう扱うか、「呼ばれたときにどう反応するか」、「病でも礼を忘れぬか」など、
人との関係性における誠意・姿勢・律し方が浮き彫りになっています。
ビジネスにおける解釈と適用
「恩を受けたら、心をこめて扱う」
- 支援・支給・差し入れなどを受けたときは、「ありがたく受け取る」だけでなく、扱い方に心を込める(礼を整えた上で使う・報告する・お礼を伝える)。
「呼ばれたら、すぐ動く」
- 上司や顧客からの呼びかけ・連絡に対して、準備に時間をかけすぎず、機敏に動く姿勢が信頼につながる。
- 「駕を俟たずして行く」=形式より“即応の誠意”を優先せよ。
「体調不良でも“礼”を忘れない」
- 完全な状態でなくても、対応するときは整った姿勢で。相手を尊重する気持ちを形で示すことが、人間的な信用になる。
まとめ
「恩に礼を、呼びかけに即応を──“扱い方”にこそ人柄が表れる」
この章句は、形式に見える動作の中に、深い人間関係の哲学が宿っていることを教えてくれます。
もらったものの扱い方、病中のふるまい、呼ばれたときの反応──それらはすべて、「相手への敬意」の表れであり、信頼をつなぐ無言のメッセージです。
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