── 物よりも、人を思いやる心が徳の礎となる
ある日、孔子の馬小屋が火事で焼けた。
その知らせが孔子に届いたのは、朝廷から帰宅された直後のことであった。
そのとき、孔子が最初に口にしたのは――
「人にけがはなかったか」という一言であった。焼失した馬については、まったく問われなかった。
これは単なる言葉の順序ではない。
人命を第一に思う孔子の生き方そのものである。
所有物が焼けたことよりも、そこで働く人や関わった者たちの無事を気遣う――そこに、礼よりも先にある「仁」の心がにじんでいる。
目次
原文
廏焚、子退朝曰、傷人乎、不問馬。
書き下し文
廏(うまや)焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退(しりぞ)きて曰(い)わく、「人を傷(いた)つるか」と。馬を問わず。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「廏焚けたり」
→ 厩舎(うまや)が火事になって焼けてしまった。 - 「子、朝より退きて曰く、『人を傷つるか』」
→ 孔子は公務(朝廷の政務)を終えて帰宅し、まず「人はケガをしていないか」と尋ねた。 - 「馬を問わず」
→ 馬(財産)は気にかけなかった。
用語解説
- 廏(うまや):馬を飼う建物。古代では非常に貴重な資産の保管場所。
- 焚(ふん/やく):火災・焼失。
- 退朝(たいちょう):朝廷の政務から下がる(退勤する)こと。
- 傷人(しょうじん):人が傷を負ったかどうか。
全体の現代語訳(まとめ)
あるとき、孔子の厩舎が火事になって焼けてしまった。
孔子は政務から戻ると、まず「誰かケガをした者はいないか」と人の安否を気にかけたが、
馬が無事だったかどうか(財産の損失)は一切尋ねなかった。
解釈と現代的意義
この章句は、**「人を第一とする倫理観」**を強く象徴しています。
孔子は、馬という財産よりもまず人命を何より重んじ、被害の有無を真っ先に確認しました。
それは、彼にとって人こそが最も大切であり、物は代替可能であるという明確な価値観に基づいています。
これは単なる慈悲心ではなく、指導者としての本質的な優先順位の示し方です。
ビジネスにおける解釈と適用
「人が資産である」という考え方
- トラブルや損害が発生したとき、最初に確認すべきは「人」――社員・顧客・関係者の安全と健康。
- 被害報告や損失額の前に、「大丈夫ですか?」の一言が信頼を築く。
「物より人、利益より信頼」
- 資産・在庫・設備の損害は補填可能だが、信頼と人材は代えがたい資本。
- 人間中心の経営哲学が、組織文化の根幹を形成する。
「危機対応における“優先判断”」
- 緊急事態下では、まず人命を、次に被害の拡大防止を、最後に損害の評価を。
- その順序を日常の判断軸に持つリーダーこそが尊敬される。
まとめ
「人を問うて馬を問わず──“命と信頼”を守るリーダーの優先順位」
この章句は、**財産よりも人の無事を真っ先に気遣う孔子の“人間尊重の哲学”**を端的に示しています。
現代の経営・組織運営においても、「人を守る・気にかける」姿勢が、長期的な信頼と成果をもたらします。
物が燃えても、人が守られれば、再起は可能――孔子はその原理を、実践で教えてくれたのです。
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