孔子は、自然や生き物に対しても、節度と道理をもって接した。
魚を獲るときは、必要な分だけを釣りで得るのであって、網を使って根こそぎ捕らえるような貪欲なやり方はしなかった。
また、鳥を捕まえるときも、空を飛ぶ鳥には矢を放つが、巣に宿って無防備な鳥には手を出さなかったという。
これは単なる狩猟のマナーではなく、何事にも“行きすぎ”を慎み、適度を守るという倫理観の表れである。
欲望に任せず、必要なだけを得て、手段にも節度を保つこと――そこに真の品格が宿る。
目次
原文
子釣而不綱、弋不射宿。
書き下し文
子(し)は釣(つ)りして綱(あみ)せず。弋(よく)して宿(やど)を射(い)ず。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「子は釣りして網せず」
→ 孔子は魚を釣るときに網を使わなかった(=一網打尽にはしなかった)。 - 「弋して宿を射ず」
→ 鳥を射るときにも、夜にとまっている(逃げられない)鳥は射なかった。
用語解説
- 釣(つ)り:一本針で魚を釣る。選んで獲る行為。
- 綱(あみ):大きな網。広く無差別に捕らえる漁法。
- 弋(よく):鳥を射る行為、狩りのこと。
- 宿(やど)を射ず:とまって眠っている鳥を射ない。逃げられない状態の獲物を撃たないという倫理。
全体の現代語訳(まとめ)
孔子は、魚を釣る際に無差別に捕る網を使わず、
鳥を射る際にも、夜に枝にとまっている無防備な鳥を撃つことはしなかった。
解釈と現代的意義
この章句は、孔子の「狩猟や漁猟における道徳と節度」を示しており、
単なる技術や効率ではなく、“仁(思いやり)と礼(節度)”をもって自然と向き合う姿勢を伝えています。
- 勝てばよい、得ればよいではなく、どのように得るかが重要
- 弱者や無防備なものに対して、容赦なく襲いかかることは、徳に反する
- これは自然だけでなく、人間社会における行動原則としても深く通じる倫理観です。
ビジネスにおける解釈と適用
■「正々堂々とした方法を選べ」
──たとえ結果が同じでも、過程が非倫理的ならば長期的信頼は得られない。
■「弱者に対して節度を持つ」
──権力や情報で優位に立つときこそ、思いやりと倫理の感覚が試される。
■「効率至上主義に陥らず、仁と礼を守れ」
──無差別的・過剰なマーケティング、弱みに付け込む営業などは、“綱や宿を射る”行為に等しい。
■「成果より、“どう行うか”がその人の価値を決める」
──孔子が示すように、方法・手段の選び方にこそ、人格と哲学が表れる。
まとめ
「正道を歩む力──“網を使わず、宿を射ず”の節度が信頼を生む」
この章句は、倫理的リーダーシップ、営業倫理、持続可能なビジネスモデルの構築などにおいて、現代的に再解釈できる大変示唆に富んだ内容です。
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