弓射(きゅうしゃ)の競技では、本来、的の「皮(かわ)」を貫くかどうかは重視されなかった。
なぜなら、人にはそれぞれ力の強さの違いがあり、それを比べることは礼の本質ではないからである。
しかし、時代が下るにつれて「いかに的を貫くか」が勝敗の基準となり、礼は力比べの場へと変わってしまった。
孔子はこの風潮を嘆き、礼とは本来「競うためのもの」ではなく、「心をこめて行うもの」であると諭した。
真の礼は、力の優劣では測れない。心を尽くす姿勢こそが、人を敬い、己を磨く礼の本道である。
※注:
- 「射(しゃ)」…弓を射る礼式的競技。単なるスポーツではなく儀礼の一つ。
- 「皮」…的の表面。これを貫くか否かに勝敗を求めるのは、本来の礼から逸脱している。
- 「科を同じくせず」…人は力に差があるため、一律には比べられないという意味。
- 「古の道」…古来の本来のあり方。
1. 原文
子曰、射不主皮、為力不同科、古之道也。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、射(しゃ)は皮(ひ)を主(しゅ)とせず。力(りょく)を為(な)すに科(か)を同じくせず。古(いにしえ)の道(みち)なり。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「子曰く、射は皮を主とせず」
→ 孔子は言った。「弓術において、的の表面(皮)を貫くことだけを重視しない」 - 「力を為すに科を同じくせず」
→ 「人それぞれ筋力に違いがあるため、同じ基準で競わせることはしない」 - 「古の道なり」
→ 「これが古(いにしえ)の理にかなったやり方である」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
射(しゃ) | 弓を射ること。古代の礼の中でも重要な儀式の一つ。 |
皮(ひ) | 的の表面を覆う革。ここでは「的の外面的な部分」=見た目の成果。 |
主とせず | 主眼としない、重視しない。 |
力を為す | 弓を引く力を発揮すること。人によって筋力・体力が異なることを意味。 |
科を同じくせず | 同じ基準で比較・評価しない。能力や条件の違いを認める姿勢。 |
古の道(いにしえのみち) | 古代の礼法・道徳的理想。公平・誠実・本質重視の精神を指す。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう語った:
「弓を射る礼においては、的の表面(革)を貫くかどうかだけにこだわらない。人によって弓を引く力は異なるのだから、皆を同じ基準で測るようなことはしない。これが、古(いにしえ)の理にかなったやり方である」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「結果だけにとらわれず、人それぞれの条件・努力・誠意を評価せよ」**という孔子の教えを示しています。
- 射礼は儒教で重んじられた儀式の一つであり、技術と礼節の両方を問う場でした。
- 「皮を主とせず」は、表面上の結果・成果ではなく、内面の姿勢や努力を重視せよという意味です。
- 「科を同じくせず」は、能力や条件の違いを考慮して評価せよという公平性の原則です。
- 孔子はこの考え方を**「古の道(本来の正しいあり方)」**として尊んでいます。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「結果主義に偏らず、“努力”や“過程”も正当に評価せよ」
- 成果(売上・達成率)だけでなく、取り組みの姿勢やプロセスの工夫も見ることで、公平な評価制度が実現される。
- 表面的な数値(=“皮”)を重視しすぎると、本来評価すべき努力や潜在力を見失う。
✅ 「能力や前提条件の違いを理解したマネジメント」
- チームメンバーには体力・スキル・経験に差がある。すべてを同じ基準(KPIなど)で評価すると不公平感が生まれる。
- 孔子のように、「その人なりの最善を尽くしているか」を見る目が求められる。
✅ 「“古の道”=長期的視点に立った人材育成」
- 即効性よりも、持続可能な成長と人間性を重視した育成方針が、信頼と組織力を高める。
- 「制度における本質とは何か」を問う姿勢こそ、組織の価値観の根幹を築く。
8. ビジネス用の心得タイトル
「表面の成果より、心ある努力を見よ──公平な目が人を育てる」
この章句は、単なる“弓の技”の話ではなく、評価・信頼・育成における本質的な公平さを説いた、現代にも通じる重要な教訓です。
「一律に結果だけを評価するのではなく、その人なりの条件と努力を認める」──この“古の道”の精神を現代のビジネスに生かすことで、持続可能なチームづくりと公正な文化が育まれます。
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