文明の中心を自負する国であっても、君主や秩序を失えば、その価値は崩れる。
むしろ、辺境の未開とされた国々においてさえ、君主がいて政治が行われているならば、そこには一定の秩序と安定がある。
秩序を軽んじ、規範なきままに権力が乱れるようでは、文明国家とは呼べない。国が国であるためには、政治的中枢の健全さが何より重要なのである。
「夷狄(いてき)の君(きみ)有(あ)るは、諸夏(しょか)の亡(な)きに如(し)かざるなり」
名ばかりの文明に意味はない。中身が伴わなければ、秩序ある未開のほうがましである。
※注:
- 「夷狄(いてき)」…中国から見た東方・北方の未開民族。蔑称的表現だが、ここでは秩序の有無に焦点を当てている。
- 「諸夏(しょか)」…中華文明に属する諸国のこと。文化・礼の中心とされた。
- 「君有る」…統治者(君主)がいる、政治秩序が保たれている意。
- 「亡きに如かず」…(中華に)君主がいないよりも、未開でも君主がいるほうがまだよい。
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