人はそれぞれに異なる職を持ち、その職において尽くすべきを尽くすことが、社会を成り立たせる礎である。
道理を誤らず、他を侵さず、己の分を守って富を築くのであれば、いかに発展を遂げようとも、それが争いや害を生むことはない。
このようにして得られる富は、決して利己的な奪取ではなく、社会に調和する「神聖なる富」であり、それは正しく得て、正しく保たれるものである。
各人が己の業において道を守り、各業が互いに敬意と秩序をもって営まれれば、そこにこそ真の清明な社会が実現する。
廓清とは、ただ不正を排することにとどまらず、すべての営みが正道に立ち還ることで初めて成し遂げられる。
この境地を志し、各人が己の道に誠を尽くすべきである。
○各々その職に従って尽くすべきを尽くし、道理を誤らず富を増して行くことであれば、如何に発展して行っても、他と相侵すとか相害することは起こらぬと思う。神聖なる富はかくて初めて得られ続けられるのである。各人各業がこの域に達すれば、そこで廓清は遂げられたのである。
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