人は目に見えるもの、耳に聞こえるもの、考えられるものを通じて世界を知ろうとする。
だが、そのすべての認識や行動の背後には、もっと深く、静かな「何か」が在る。
それが「アートマン」――すなわち、意識の源であり、生命の根であり、目には見えぬ真の自己である。
呼吸も、鼓動も、思考も、自動的に働いているように見えるが、それを可能にしている力は何か。
目に見える器は肉体にすぎず、それを動かす力の根にあるものこそがアートマンである。
アートマンは、身体にも心にも限定されない。観る者であり、支える者であり、生かす者である。
インド哲学において、アートマンは「ブラフマン」と対で語られる。
ブラフマンとは、全宇宙に満ちる根本原理であり、存在の根源。
アートマンが個の中に宿る光ならば、ブラフマンは万物を照らす光である。
そして、この両者は本質において一つであると説かれる。
すなわち、己の内にあるアートマンを見出すとは、全存在とつながるブラフマンを知ることでもある。
自分とは何かを問うことは、世界そのものを問うことと等しい。
この気づきなしに、行動は迷いに満ち、判断は揺らぐ。
根に触れよ。見えるものに惑わされず、見えざるものの確かさを信じよ。
そこに、静けさと力が宿る。
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