蟹はその甲羅に合った穴を掘るという。
人もまた、己の器量を知り、分を守って生きるべきである。
分を超えて誇れば、身を滅ぼし、誠を失えば、信を失う。
己を飾ることなく、できることを確かに積み重ねる。
その根には、誠心誠意がなければならぬ。
誠をもって物事にあたり、誠をもって人に接し、誠をもって己を律する。
それ以外に、正しき道はない。
才に溺れず、欲に走らず、ただ真実に生きる者は、自然と人に信を寄せられる。
それが、長く世に立つための唯一の道である。
○私は蟹は甲羅に似せて穴を掘るという主義で、渋沢の分を守るということを心掛けておる。……私の主義は誠意誠心、何事も誠をもって律すると言うより外、何物もないのである。 渋沢 栄一. 論語と算盤 (角川ソフィア文庫) (p. 20)
分を守り、誠に生きよ
蟹はその甲羅に合う穴を掘る。
人もまた、その器量に応じて、居るべきところに居るがよい。
己の背丈を知らず、力以上のことを望めば、身を損なう。
才を誇れば、周囲は離れ、
誠を欠けば、信は地より崩れる。
人の世を誤るのは、多くが分を越えて進む心にある。
「できるかもしれない」ではなく、「果たすべきか否か」で歩を進めよ。
孔子が言うように、
**「進むべきときに進み、止まるべきときに止まる」**ことが、
出処進退を誤らぬ者の知恵である。
過信は非望を生み、非望は破滅を招く。
若くして志ある者こそ、己を知る目と、己を律する胆が必要である。
だが、ただ慎めと言っているのではない。
慎みの中に、誠をもって生きよ。
誠は己の言葉にあらわれ、
誠は人への接し方ににじみ出、
誠は困難なときほど光る。
誠がなければ、才も虚しく、
誠があれば、足りぬ器も信を得る。
信は、人に寄せられるものではなく、誠をもって引き寄せるもの。
感情に振り回されず、
楽しみには耽らず、
苦しみにも沈まず、
喜怒哀楽を節して生きること。
それが「矩を踰えず」の道であり、
誠にして、信をつなぐ唯一の道である。
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