世の中に逆境がまったく無いとは言い切れない。
しかし、逆境に出会ったとき、ただ嘆くのではなく、その原因を深く探ることが肝要である。
それが人為的なものか、自然の成り行きによるものかを、まず見極めねばならぬ。
自然的な逆境――たとえば天災や運命のめぐりに遭ったときは、天命に安んじて焦らず、心を乱さず、着実に力を蓄えること。撓まず、屈せず、ひたすら勉強を重ねる者にこそ、次の好機は訪れる。
一方で、人為的な逆境――自らの行いや判断の過ちによって招いた困難においては、まず己を省みよ。他を責める前に、自身の非を認め、改むる勇気を持つこと。
逆境は、ただ避けるものではない。それは己を磨き、道を正す試練でもある。
正しく向き合い、静かに乗り越える者だけが、真の力を得る。
○世の中に逆境は絶対に無いと言い切ることはできない……宜しくそのよって来る所以を講究し、それが人為的逆境であるか、ただしは自然的逆境であるかを区別し、しかる後これに応ずるの策を立てねばならぬ。……自然的の逆境に処するに当たっては、まず天命に安んじ、おもむろに来るべき運命を待ちつつ、撓まず屈せず勉強するがよい。それに反して、人為的の逆境に陥った場合は如何にすべきかというに、これは多く自働的なれば、何でも自分に省みて悪い点を改めるより外はない。 渋沢 栄一. 論語と算盤 (角川ソフィア文庫) (p. 20). (Function). Kindle Edition.
世の中は、本来なれば平穏無事に進むべきもの。
雨風少なく、道はならされ、人心も安んじておればこそ、
人も業も、穏やかにその花を咲かせることができる。
されど、世界は水と同じ。
平らかに見えても、深き底より波は立つ。
空に雲なけれど、風は突如として起こる。
国家もまた然り。
静けさの中に、かならず変動の因を孕み、
時として「革命」や「変乱」という名の風が吹き荒れる。
それは異常ではない。
それもまた、この世の自然の一部である。
しかも、人は望むと望まざるとにかかわらず、
そうした変乱の渦中に生を得ることがある。
逃れがたく、そのただ中に巻き込まれる者もいる。
そうした者こそ、真の逆境に立つ者である。
逆境とは、ただ苦しい環境のことを言うのではない。
心ならずも、大いなる流れに立ち向かわねばならぬ者の境涯こそ、
逆境というにふさわしい。
このとき、人の真価が問われる。
風に振り回されるか、
波に沈むか、
あるいは、風を見定めて帆を張り、
波のうねりに逆らわず、なお進む術を得るか。
世は波打つものと知れ。
常に順風を待つのではなく、
変乱のときにこそ、静かなる胆と広き眼をもって臨むこと。
それが、人としての強さであり、
動乱の中にあっても「不動」の軸を保つ術である。
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