M重工の専属下請工場として、同じ地域内に規模がほぼ同じネジ工場が二つ存在していました。それがS精螺とT製作所です。設備や技術面においても、両社にはほとんど差がありませんでした。
昭和39年の不況時、この双子のように似通った二つの会社の運命は大きく分かれました。S精螺は業績を維持した一方、T製作所は大幅な赤字に陥り、倒産寸前まで追い込まれたのです。この違いはなぜ生まれたのでしょうか。
専門性のリスク
T製作所の主力商品はトラック用のネジでした。この製品は収益性が高く、一定のまとまった需要もあったため、T製作所の社長は他の種類のネジにはほとんど手を出さず、トラック関連の仕事に専念していました。
しかし、トラック事業は不況に弱い性質があります。不況の影響で需要が減少し、さらにM重工が事業方針を転換してトラック事業から手を引き、乗用車事業に注力することになりました。この方針転換により、T製作所の仕事量は急激に減少しました。不況の影響も重なり、新しい仕事を得ることができず、瞬く間に赤字に転落したのです。
多様化戦略の成功
一方、S精螺の社長は将来の情勢変化を見越し、一つの製品に依存するリスクを避けていました。トラック用ネジだけでなく、乗用車、特車、船舶用ネジなど、多様な製品を積極的に受注する方針を取っていたのです。
その結果、M重工の方針転換によってトラック関連の仕事が減少しても、乗用車関連の仕事がその穴を埋めました。さらに、特車用ネジは景気に左右されにくい仕事だったため、S精螺全体の業績にはほとんど影響がありませんでした。このように、多様な製品に対応する戦略がS精螺の安定した業績を支える鍵となったのです。
学ぶべき教訓
この事例は、特定の製品や得意先に依存することのリスクを如実に示しています。特に以下の教訓が得られます:
- 多様化の重要性:一つの製品や市場に依存するのではなく、事業の多様化を進めることで、外部環境の変化に柔軟に対応できる体制を整える。
- 将来を見据えた戦略:現状の収益性に満足せず、市場の動向や得意先の方針転換に備えた柔軟な戦略を構築する。
- リスク分散の徹底:複数の収益源を持つことで、不況や市場変化の影響を最小限に抑える。
経営の柔軟性が生き残りを決める
T製作所とS精螺の違いは、経営の柔軟性にありました。特定の製品に依存するT製作所の戦略は、短期的には合理的でしたが、長期的な視点を欠いていました。一方、S精螺の多様化戦略は、短期的な利益を犠牲にしてでもリスクを分散し、安定した成長を目指すものでした。
企業が持続可能な成長を遂げるためには、多様化戦略と柔軟な経営が欠かせません。得意先や市場の変化に迅速に対応できる体制を築くことが、経営者に求められる最大の課題と言えるでしょう。
コメント