賃率は、企業の収益性を分析し、経営判断を下す上で有用な指標です。しかし、その計算や活用にはいくつかの課題が存在し、特に過度な細分化が実務における混乱を招く危険性があります。
本章では、賃率活用の限界と、その進化を通じた実務的なアプローチについて解説します。
賃率活用における実務上の課題
賃率の基本計算式はシンプルで便利ですが、実際の運用では以下のような疑問や課題が浮上します。
1. 機械作業と手作業の違い
機械使用の有無、性能の差、大きさなどが賃率に与える影響をどのように反映するか。
2. 熟練度の差
長年の熟練を要する作業と短期間で習得可能な作業の違いを、賃率にどのように組み込むか。
3. 賃金の差
賃金が異なる社員が混在する場合、その差を賃率計算にどう反映するべきか。
これらの課題に対処するために、一定の作業細分化が必要ですが、際限のない細分化はかえって実務を複雑化させ、無用な混乱を招きます。
細分化の適度な水準
賃率の活用では、細分化を「大分類」にとどめることが重要です。過度な細分化は「コスト病」を引き起こし、経営の本質から目を逸らす原因となります。
適切な大分類
人件費
- 直接労務費
- 間接労務費
- 福利厚生費
経費
- 材料費(直接・間接)
- 製造経費(エネルギー費、水道光熱費など)
- 一般管理費
減価償却費
- 設備償却費
- 建物償却費
これ以上の細分化は、実務における煩雑さを増し、効果的な管理を妨げるため避けるべきです。
細分化の運用例
1. 人件費
部門別に大まかに分け、直接工の実績数字をそのまま利用。たとえば、機械加工部門(男子主体)と組立部門(女子主体)に分ける程度に留める。
2. 経費
経費の差異(建物の新旧、トラック使用頻度など)は無視し、人頭割りで処理。
3. 減価償却費
- 生産用と生産用以外に分け、生産用以外の減価償却費も人頭割りで計算。
- 生産用の減価償却費は部門単位で計上し、特殊なケース(高価な機械や異なるトン数のプレス機など)では、2〜3つのグループに分ける程度で対応。
このようにシンプルな方法を採用することで、管理の効率性を確保し、不必要な細分化を避けることができます。
賃率計算の実務的応用
基本的な賃率計算
- 分子:人件費、経費、減価償却費を部門ごとに合算。
- 分母:部門の直接工の人数に、出勤率や操業度の係数を掛けた値。
特殊ケースへの対応
- 減価償却費が異なる部門では、減価償却費負担前の賃率と負担後の賃率の2つを計算。
- 負担前の賃率:価格競争が激しい商品の採算性を評価する際に使用。
- 負担後の賃率:最終的な収益性を判断するために使用。
賃率活用の限界と本質的な経営課題
賃率を精緻に計算しようとすると、以下のような限界に直面します。
完全な正確性は求められない
- 賃率は「おおよその見当」で十分。過剰な正確性を求めると実務が停滞します。
減価償却費の性質
- 減価償却費は現金支出を伴わず、操業条件の変化に左右されるため、精緻な割り当ては不確実性を伴います。
低収益構造の解決には至らない
- 賃率をどれだけ計算しても、根本的な事業構造が低収益型である限り、本質的な収益改善は実現できません。
事業構造革新の必要性
賃率は経営改善の手段として有効ですが、それ自体が目的ではありません。特に低収益型構造の企業では、事業そのものの革新が必要です。
革新への第一歩
- 賃率計算を通じて収益性の現状を把握し、革新のためのデータや示唆を得る。
- 根本的な改善に向けた行動を計画し、収益性向上を目指す。
結論:賃率はツールであり、目的ではない
賃率の計算や細分化は、経営の効率化や収益性向上を支える重要なツールですが、過剰な分析や細分化は避けるべきです。適度なシンプルさを維持しながら、賃率を活用することで、企業の収益性改善を支援します。
最終的に目指すべきは、賃率の活用を超えた事業構造の革新です。賃率が示すデータを活用し、低収益型構造を抜け出すための戦略を構築することが、企業の持続的な成長を実現する鍵となります。
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