固定費の割掛けや計算上の理論が現実と乖離している場合、それが経営に与える影響は深刻です。以下では、実務上の例を挙げながら、固定費割掛けの問題点や、計算上のコスト削減が実現しない理由について説明します。
1. 工数削減の誤解
事例:R社の工場長が導入したMAPI方式
工数削減によるコスト削減額を計算する際、「賃率 × 節約時間」という式が使われていました。しかし、この式で得られる金額は実際の削減額ではありません。
- 問題点:賃率には会社全体の固定費が含まれています。工数を削減しても、固定費そのものは減りません。
- 実際に削減できるもの:削減対象は直接工の人件費のみであり、賃率全体ではなくその一部です。
結論:工数削減が実際のコスト削減につながるのは、人員削減や工数の有効活用が行われた場合のみです。ただ工数が減るだけでは、費用の節約には直結しません。
2. 購買管理の誤認
例:「一回の購買にかかるコスト」を複雑な計算で割り出すケース。
ここでも、計算に固定費が含まれています。
- 現実の増加費用:注文書の用紙代、郵送費、電話料金といったわずかな変動費のみ。
- 実際の結論:これらの微々たる費用を正確に計算するよりも、運用の効率化を図るほうが効果的です。
3. 検査時間の短縮効果
検査時間を短縮することで「人件費が節約できる」との計算が行われる場合があります。
- 課題:検査時間が短縮されても、検査員の人件費削減や他業務への転用が行われなければ、人件費削減にはつながりません。
- 現実的な結果:人件費がそのままで、検査員の作業量が減少するだけで終わるケースが多い。
4. 在庫削減の費用節約額
在庫管理の効率化は多くの企業が目指すものですが、在庫削減が直接的な費用削減につながるとは限りません。
- 実際に減る費用:在庫減少分にかかる金利。
- 固定費の扱い:倉庫の減価償却費、固定資産税、維持費などは在庫の増減に影響されません。
5. 運搬費用の誤認
運搬コストに関しては、「ガソリン代」が主な変動費です。
- よくある誤解:人件費やトラックの減価償却費を含めて「1キロあたりの運搬費用」を計算。
- 現実:変動費のみを考慮すべきで、固定費を含めた計算は誤解を招きます。
6. 新商品の価格設定の失敗
事例:L社が高価格で画期的な新商品を導入。施工時間の短縮によるコスト削減を売りにしていましたが、実際にはほとんど売れませんでした。
- お客様の意見:「現場では節約された時間が無駄になるケースが多い」という現実が存在。
- 原因:計算上の効果を優先し、現場の実情を無視したため。
7. 伝票一枚のコスト
伝票一枚あたりのコストを「30円」とするケース。
- 実際の節約額:伝票の購入価格(高くても1~2円)。
- 問題点:計算上の数字を重視するあまり、実際の効果が見失われています。
本質的な問題点:固定費割掛けの弊害
原価計算における固定費割掛けは、理論上は合理的に見えますが、現実との乖離が問題を引き起こします。
1. 数字が独り歩きする
原価計算の専門家が、複雑な理論や割掛け計算を駆使することで、実態に即さない数字が生まれます。この結果、経営陣が誤った判断を下すリスクが高まります。
2. 固定費の削減限界
固定費はその性質上、一定期間では変化しません。そのため、固定費を減らすには大胆な施策が必要ですが、計算上の数値に頼ると、この本質が見失われます。
3. 変動費と固定費の混同
変動費と固定費を混同した計算では、現実のコスト削減や利益向上の可能性が正しく評価されません。
解決策:現実に即した判断を
- 「変わるもの」に注目
計算においては、固定費を無視し、実際に増減する変動費にのみ焦点を当てます。 - 現場との連携
経営判断を行う際には、現場の声を聞き、計算上の数字と実態が乖離していないかを確認します。 - 柔軟な発想
固定費を前提とせず、現場の効率向上や新たな活用方法を模索する。 - 全体最適を重視
部分最適を追求するのではなく、会社全体でのコスト削減や収益向上を目指します。
結論:現場と理論の融合
固定費割掛けに基づく計算は便利な反面、現場の実情を無視した誤った結論を導きがちです。重要なのは、計算上の理論に固執するのではなく、現場の実態を反映した柔軟な判断を下すことです。
経営者は、数字の裏にある現実を見極め、全社的な視点で最適解を導く努力を惜しまない姿勢が求められます。
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