商品の一個あたりの利益を正確に把握したいというのは、多くの経営者にとって極めて重要なテーマです。
そのため、商品ごとに原価を算出し、売価との差から利益を計算する「全部原価計算」が広く用いられています。
しかし、この計算方法には限界があり、それを正しく理解しないと経営判断を誤る可能性があります。
原価計算の誤解:事後計算と前向きな計画の違い
原価計算は、過去のデータを基に行われる「事後計算」に過ぎません。そのため、得られた数字をそのまま将来の計画に適用することはできません。この点について、多くの人が違和感を抱くのも無理はありません。
「もし過去の原価が将来に役立たないなら、原価計算には意味がないのではないか?」という疑問も当然です。しかし、原価計算の目的は過去の実績を分析し、課題を特定することであって、将来の経営判断を支える指針を得るには、別の視点が必要です。
全部原価計算の基本とその問題点
全部原価計算は、製造業や多くの企業で採用されている一般的な計算法です。
この方法では、固定費を売上高や販売数量に基づいて按分し、一個当たりの原価として計上します。しかし、このアプローチには次のような問題点が存在します。
- 見かけ上の利益の変動
A商品がB商品より利益率が高いと計算されても、それを前提に商品構成を変えた場合、実際の利益が期待を大きく下回ることがあります。たとえば、A商品の販売を増やし、B商品を減らした結果、利益が30円に減少する(〈第6表〉)といった事態が発生します。 - 固定費が変動するように見える錯覚
全部原価計算では、固定費を商品単位で按分するため、販売数量が変化すると固定費の単位当たりの割当額が増減します。この現象が、「原価が増減している」という誤解を招きます。 - 収益性の逆転現象
A商品のみを販売した場合には利益が減少し、B商品のみを販売した場合には利益が増加するといった矛盾が発生することがあります(〈第7表〉)。これは固定費の割り振り方法がもたらす錯覚に他なりません。
原価計算の限界が引き起こす誤解
過去の原価データをそのまま将来の計画に適用することができない理由は、固定費が販売数量に応じて変動するように「見える」仕組みにあります。
この問題の本質を理解するためには、固定費の特性を正しく把握することが重要です。
固定費は変動しない
固定費の総額は、生産量や販売量に関係なく一定です。
しかし、全部原価計算では、これを販売数量で按分するため、単位当たりの固定費が変化します。
錯覚が生じるメカニズム
販売数量が増えると、単位当たりの固定費が減少し、原価が下がったように見えます。逆に販売数量が減ると、単位当たりの固定費が増加し、原価が上がったように見えます。
この仕組みが収益性の錯覚を生み出す原因となっています。
固定費の分配がもたらす矛盾
〈第8表〉を見ると、A商品とB商品の売価や変動費には一切の変化がないにもかかわらず、利益が大きく異なっています。この原因は、固定費の分配方法にあります。
全部原価計算では、固定費を商品ごとの販売数量に基づいて按分します。その結果、固定費の総額は変わらないにもかかわらず、単位当たりの固定費が販売数量に応じて変動し、全体の原価が異なって見えるのです。
全部原価計算を超えた視点の必要性
全部原価計算は、過去の実績を把握するためのツールとしては有効ですが、将来の経営判断にそのまま適用するには限界があります。特に、以下の視点が欠かせません。
固定費と変動費を分けて考える
固定費は総額が一定であることを前提に、商品別の収益性を評価する際には変動費のみに基づいた計算を行うべきです。
限界利益を重視する
売上高から変動費を引いた限界利益を指標とすることで、固定費をカバーしつつ最終的な利益を生み出す原資を把握します。
事後計算と前向きな計画の切り分け
過去の原価データは参考として活用しつつ、将来の計画では市場の変動や需要予測を基に柔軟な計画を立てる必要があります。
結論:原価計算の本質を理解し経営に活かす
原価計算は、事業運営において重要な役割を果たす一方で、その限界を正しく理解しないと、経営判断を誤るリスクがあります。
固定費の割り振りがもたらす錯覚や、過去データへの過度な依存を避け、全体的な収益性を見据えた視点を持つことが、持続可能な成長を実現する鍵です。
経営者が求めるべきは、「一個当たりの利益」ではなく、「会社全体の収益構造をどのように最適化するか」という視点であると言えるでしょう。
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