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「社長がやらなければならないこと」を部下に押しつけるな

Tスーパーを訪れた際、店舗は三つあり、業績は順調だった。T社長は新店舗の積極的な展開を目指しており、その際には新店舗の立地条件が戦略上極めて重要になる。用地情報の入手方法について尋ねると、専任の課長に一任しているとのこと。しかし、具体的な方針は示していない様子だった。そこで私は、社長に対して率直に意見を述べた。

「方針を示さずに課長に任せた場合、どのようなことが起こるだろうか。方針がなければ、課長は自分の考えで動くしかないだろう。そして、おそらく手に入れた情報の取捨選択を行うことになる。その際の選択基準は課長自身が決めることになるが、それが社長の基準と一致するとは限らない。いや、むしろ違うのが普通だと考えるべきだ。そうなると、大事な情報が捨てられてしまい、社長のもとに報告すらされない可能性が出てくる。それで本当に良いのだろうか。」

事業の将来に大きな影響を与える新店舗の立地選定は、極めて重要な課題だ。これに社長自身が直接取り組むのは当然のことと言える。しかし、だからといって、社長が実際に物件探しをするわけにはいかない。専任の課長を任命するという判断自体は正しい。だが、その場合には、明確な方針を示し、その範囲内で業務を任せることが不可欠だ。

例えば、探す範囲を本社を中心に半径何キロ以内とし、広さは何坪以上を対象とする。この際、重要なのは「全部」という点だ。なぜなら、条件を満たす物件は分割して提供される可能性もあるためだ。また、更地である必要はなく、上物があっても構わない。売地でも貸地でも選択肢に含めるべきだ。このように具体的な条件を定めた上で、それに当てはまる物件情報はすべて、入手次第報告するよう指示を出すことが求められる。

報告を受けたら、社長自ら現場を確認し、次の行動について具体的な指示を出す。こうした体制を整えれば、有望な物件を見逃すリスクを大幅に減らすことができる。事前に明確な基準を設け、迅速な判断と対応を徹底することで、事業の成長を支える重要な一歩となるだろう。

社長とは、会社の将来に関わる重要な事柄に自ら手を打つ役割を担う存在だ。この種の課題には、社長自ら取り組むのが本来の姿である。しかし、どうしても自ら取り組むことができない場合には、信頼できる人間に任せるしかない。その際に忘れてはならないのは、「必ず方針を示して任せる」ということだ。方針がなければ、任せた仕事が意図から外れる可能性が生じる。だからこそ、明確な方向性を示すことが不可欠なのである。

日本人には、「任せる」と言いつつ、具体的な方針や条件、希望を伝えずに「無条件で任せる」という傾向が見られる。このようなやり方が許されるのは、小さなことに限られる。しかし、会社の将来に関わる重要な課題については、必ず明確な方針を示す必要がある。さもないと、任された側の判断によって進められた結果が、社長の意図と大きく食い違うことになりかねない。この点を肝に銘じておくことが求められる。

S社は炉材用の石粉を製造していた。私が訪問した時、新たな成長を目指して建設した新鋭工場が稼働していたが、その工場は半年以上も故障が相次ぎ、まともに稼働していない状態だった。一日でも早くこの問題を解決しなければならないという、極めて切迫した状況にあった。

社長から「一倉さん、あの工場がうまく稼働するように指導してください」と頼まれた。正直なところ、「冗談じゃない、それは社長自身の仕事だ」と断るつもりだった。しかし、ふと考え直し、「まずは実態を把握してから判断しよう」と思い、一人でその工場を訪れることにした。社長も同行を希望したが、用事があるとのことで来られなかった。

工場長に「社長は最近いつ来られましたか?」と尋ねたところ、驚くべき答えが返ってきた。社長が工場を訪れたのは、半年前の開所式のときだけだというのだ。あまりにも無責任な態度に呆れ返りつつも、とにかく工場の内部を見せてもらうことにした。

工場内を見て回ると、開所以来機械の故障が相次ぎ、ようやく何とか動き出したという状態だと説明された。しかし、そこで目にしたのは、私の常識を疑うような状況だった。最初に目についたのは、粉砕機の能力に対して、選別機へ粉を搬送する垂直バケットコンベアの能力が明らかに不足していることだ。その結果、粉砕機はコンベアの能力に合わせざるを得ず、間欠的に運転を繰り返している有様だった。

シュートに目をやると、傾斜が不十分で品物がうまく流れず、作業員がつきっきりでカキ棒を使い、手作業で品物を送らなければならない状態だった。この問題についてメーカーに交渉したものの、相手は言い訳を繰り返すばかりで、修理や調整に来る気配がないという。さらに驚いたのは、機械が正常に動作するかを確かめる前に、代金を全額支払ってしまっていることだった。これでは、責任感のないメーカーが逃げるのも当然と言える。このような事態を招いた責任は、最終的には社長自身にあると断言せざるを得ない。

第一に、機械や設備の引渡し時には、立会試運転を行い、社長自身がその動作を自分の目で確認するのが当然だ。それを怠れば、後に問題が生じても適切な対応が遅れる。
第二に、万が一故障が起きた場合、社員に任せるべきか、それとも自ら乗り出すべきかの判断を社長がしなければならない。このケースでは、プラントの設計不良と加工不良が重なっており、非常に厄介な状況だ。こうした問題には、社長自らが前面に立ち、メーカーと交渉して確実に修正させるべきである。

さらに、プラントが正常に稼働するまでの間、社長は工場に常駐する覚悟で対応するか、少なくとも頻繁に足を運び、現場の状況を自分の目で確認する必要がある。順調な稼働を実現するためには、現場に対する社長の直接的な関与が不可欠である。

本社工場には特に問題がないにもかかわらず、社長はそちらに居続け、トラブル続きで困っている新工場には半年間も顔を出していないという。この状況は、もはや言葉にするのも無意味なほどに責任感を欠いていると言わざるを得ない。問題の本質を放置し、自ら関与しない態度では、会社の将来に重大な影響を及ぼすことになるだろう。

本社工場の状況報告を兼ねて、社長に苦言を呈したものの、ただ社長の機嫌を損ねただけで、何の成果も得られなかった。その後、二度ほど訪問したが、いずれも社長は不在で、具体的な話を進めることすらできなかった。社長がいない状況では、どんな手助けも不可能である。結局、手伝いを辞退せざるを得なかった。

「社長とは、社員ができないことを率先してやる存在だ」と、ある社長が私に語ってくれた。その言葉に深く共感する。私もまさにその通りだと信じている。社長が自ら動かずして、何が解決できるだろうか。

「社長がやらなければならないこと」を部下に押しつけるのは、企業経営において大きな過ちである。特に、会社の将来に関わる重要な決定事項について、社長が自らの役割を果たさずに「任せる」だけでは、意図と異なる結果を招く危険性がある。

例えば、T社の新店舗展開の件では、社長が専任の課長に用地の調査を丸投げし、具体的な方針を示さなかったことが、情報の見落としや意図しない選択基準による報告漏れを引き起こしかねなかった。新店舗の立地という会社の将来に関わる重要な事項について、社長は明確な方針を示し、自ら現地確認を行うなどの関与が必要だったのである。

また、S社の新工場の事例では、社長が開所以来、一度も工場を訪れず、現場の問題に対する認識や対応を社員に委ねたままだった。その結果、工場の設備は故障続きで、製造ラインは非効率な状態に陥り、社長自身が問題の原因を把握することなく事態を悪化させた。これは、社長が自ら責任を持つべき新工場の運営に無関心であったために起こった失態である。

社長の役割とは、「社員にはできないことをする」という認識を持つことにある。特に、新しい事業や設備の導入など、企業の将来に直接影響を与える事柄については、現場を確認し、方針を明確に示し、必要に応じて自ら介入する姿勢が求められる。単に「任せる」だけでなく、明確な指針を示し、状況を適宜確認することが、正しい経営者のあり方である。

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