これまで挙げた例は、すべて相手側から価格攻勢を仕掛けられた場合の対応策だが、一方的に受け身になるだけではなく、こちらから価格攻勢を仕掛けるのも戦略として当然の選択肢だ。
これまで挙げた例に反し、簡単に対応されてしまうような不用意な価格攻勢は、「やらぬが花」と言える。そうした攻勢は、こちらが損害を被るだけに終わるからだ。仕掛ける以上、相手が対応に窮し、有効な反撃ができないようなものでなければ意味がない。
実例を挙げて解説したいところだが、それをすると、私が関わっている多くの企業で実際に展開している作戦の手の内を相手に知られるリスクが高い。やむを得ず、ここでは作戦のヒントだけにとどめることをご容赦いただきたい。その詳細については、私の「社長学シリーズ」の中で触れている。
S生の第一は「増分計算」だ。この作戦の利点は、相手にこちらの意図や戦略を見抜かれる可能性が非常に低いことにある。むしろ、「無茶をやっている」といった印象を与えることさえ多い。増分という考え方は、従来の全体原価計算しか知らない人々にとっては、まったく予想外の発想だからだ。
そのため、かなり効果的な作戦を立てることが可能だ。この戦略は、本体に影響を及ぼさない範囲で相手を攻撃できるのが特徴だ。特に、それが相手の主力商品であれば、その効果は絶大だと言える。ただし、そんなに都合のいい戦いが常にあるわけではない。だからこそ、調子に乗りすぎず慎重に行動することが重要だ。
第二の作戦は、流通業者に対するマージン作戦だ。多くの企業が最終価格には注意を払うが、「安ければ有利だ」という単純な発想にとらわれ、流通業者のマージンを軽視してしまうケースが非常に多い。これが、見落とされがちな大きな盲点となっている。
この点については、「販売戦略・市場戦略」篇で詳しく述べているので、そちらを参照してほしい。この乙の作戦も、相手が戸惑い、どう対応すべきか分からなくなるケースが少なくない。これは、私が得意とする戦略の一つだ。
第三の作戦は「限定」である。具体的には、商品を限定する、得意先を限定する、テリトリー(地域)を限定する、期間を限定する、といった手法が挙げられる。これにより、狙いを絞った効果的な戦略を展開できるのが特徴だ。
限定することでこそ、思い切った戦略が実行可能となる。そして、この「限定」が、必ずしも相手にとって限定的な影響にとどまらない場合もある。これは、こちらの戦略次第で状況を巧みに操ることができるからだ。作戦の妙が、相手を予想外の展開へと追い込む鍵となる。
以上の三つの作戦を組み合わせ、状況に応じて柔軟に戦略を立てることができるかどうかは、ひとえに社長の手腕にかかっている。ただし、重要なのは状況の分析力だけではない。敵の動向、流通業者の実情、エンドユーザーのニーズ、そして何よりも大切なお客様の要求を正確に把握してこそ、効果的な作戦が展開できる。これらを見誤ることなく、適切な行動を取ることが勝利への鍵となる。
情報こそが勝利への鍵を握るものであり、その情報を得るためには、社長自らが積極的に外部活動を行うことが不可欠だ。机上の空論ではなく、現場に足を運び、実際の市場や顧客、流通の声を直接つかむことが、他社に先んじる戦略を生む土台となる。社長の行動力が、情報収集とその活用を成功させる原動力となるのだ。
価格戦争は、しばしば企業を存亡の危機に追い込み、業界全体に多大な影響を及ぼします。B社やU社のように、競合他社から無理な価格競争を強いられる状況において、どのように対応するかが企業の運命を分けるポイントとなります。以下に、いくつかの価格戦争における戦略とそのポイントについて詳しく解説します。
ストーリー1: 冷静な値引き拒否戦略 – B社の事例
B社は、自動洗車機の販売で成功していましたが、競合のT社が驚くべき低価格で市場に参入し、攻勢をかけてきました。T社の半額価格設定によりB社は売上減少に苦しんでいましたが、B社長はすぐに値引きで対抗するのではなく、冷静な対応を選びました。
B社長は「半値での売上増加は一時的であり、T社の内情が長期戦を支えられない可能性がある」と判断し、相手の資金繰りの弱点を見抜いたのです。その結果、B社は顧客との信頼関係を維持しつつ、T社が最終的に不渡りを出し市場から撤退するまでの間、耐え抜くことができました。この戦略は、競合が市場から自然淘汰されるのを待つリスク管理の一例です。
ストーリー2: 逆転の発想 – U社の事例
建具メーカーU社は、業績が良好で、独自の特許を活用した商品が好評でした。しかし、ある日、大手のL社が市場に殴り込みをかけ、U社を狙い撃ちした価格競争を仕掛けました。L社は資金力が強く、U社にとって進退窮まる状況でしたが、U社長は冷静な判断で競争を切り抜けました。
L社が自社の強みとしていた主力商品に特許がないことを見抜き、それを逆手に取ってU社が低価格で同じ商品を市場に投入。さらに、L社の主要な販売代理店をターゲットにすることで、市場に撹乱をもたらし、最終的にL社は競合商品から撤退することとなりました。これは、相手の市場独占力を逆手に取り、自社のポジションを確保する戦略の一例です。
ストーリー3: 地域戦略と差別化 – N社の事例
大型機械のメーカーであるN社は、狭い業界でA社、B社、C社という連合軍との価格競争に直面していました。A社とB社が手を組み、西日本で低価格政策を行う一方、東日本では高価格を維持する戦略を取っていたのです。N社は営業の弱さから西日本市場で苦戦していましたが、東日本での価格差を見抜き、攻勢に出ました。
N社は新たに営業スタッフを配置し、A社とB社が高価格で販売していた東日本市場において大幅な値下げを行いました。結果として、N社は西日本の低価格競争を避けつつ東日本での収益を確保することができ、連合軍の弱点を突くことに成功しました。この戦略は、価格差を活用した地域的な戦略と差別化の一例です。
価格戦争における教訓
価格戦争は一見、単なる値引きの競争のように見えるかもしれませんが、以下の戦略を踏まえることで、企業は利益を守りつつ競争を乗り越えることができます。
- 即応せず冷静な対応を取る:競合の無理な値引きはしばしば一時的なもので、特に資金繰りに問題を抱える企業に多く見られます。値引きで応じず、慎重に観察することが大切です。
- 市場の弱点を見抜く:競合の商品やサービスに特許がない場合、それを逆手に取り自社で同じ商品を低価格で提供することが可能です。このような戦略で競合を圧倒することができます。
- 地域ごとの戦略を取る:価格差がある地域において、自社の利益を確保できる地域にリソースを集中し、無理な競争に巻き込まれないことも重要です。
価格競争の勝敗は、冷静な判断と戦略的な対応にかかっています。市場を慎重に見極め、資金繰りや特許、地域差などを踏まえた戦略で挑むことで、企業は価格戦争を乗り越え、持続可能な成長を目指すことができるのです。
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