第1話:J社の同盟作戦に直面
久々にセミナーに顔を出したJ社長が、大手二社が連携して自社を攻めてきている状況を語った。
J社を訪れたのは五年ほど前のことだ。まだ年商が十億円に届いていなかったが、社長の人柄は実に立派で、加えて強力な商品を抱えていた。約二年間サポートを続けた結果、短期計画だけでなく長期計画をも視野に入れる体制が整った。
この経営計画は、隠れていたJ社長の力量を引き出すきっかけとなり、そこから快進撃が始まった。市場占有率は年々上昇し、ついに業界三位の地位を獲得。さらに上位二社にもジリジリと迫りつつあった。
J社の快進撃に脅威を覚えたのは、上位二社だった。このままでは自分たちの地位が危ういと判断した二社は手を組み、J社を潰しにかかった。今のうちにJ社の勢いを削いでおかなければ、将来的に取り返しのつかない事態になると見たのだろう。
上位二社の作戦は、J社のナンバー1商品であるドル箱商品を完全に模倣し、形も色も包装もそっくりそのままのものを二割安で市場に投入するというものだった。それから数カ月が経過した現在、そのドル箱商品の売上は横ばいを保っている。値下げという対抗策を講じていないにもかかわらず、売上が大きく落ち込むことは避けられているのだ。J社長は苦しい状況の中でも、品質や価格を維持し続ける覚悟を示しており、その姿勢には心から感服するばかりだ。
実は、J社は今回と似たような経験をすでにしている。私がJ社を訪れた時期の二年ほど前、隣県の複数の企業が大規模なダンピング攻勢を仕掛けてきたのだ。このときはJ社だけを標的にしたものではなかったものの、当時のJ社にはまだ十分な力が備わっていなかった。
つまり、当時のJ社は限界企業であったため、ダンピング攻勢の影響をまともに受け、大きな打撃を被った。売上は激減し、一気に赤字へと転落してしまったのだ。このような市場の断層、すなわち急性の異常事態は、常に限界企業に深刻な影響を及ぼす。その脆弱さが露呈した結果だった。
J社は、この大ピンチの中でも品質を落とさず、価格も崩さないという道を選んだ。「非常識な安売りが長く続くわけがない」という冷静な状況判断に基づいた決断だった。その強い信念が、J社を支えたのである。
一年ほどで、ダンピングを仕掛けていた企業は次々と撤退や倒産に追い込まれ、この価格競争は終息した。そして、業界が常態に戻ると、J社の一貫した姿勢と高い品質が改めて評価され、売上が伸び始めた。結果として、J社は黒字へと転換を果たすことができた。この経験があったからこそ、J社長は今回の大手二社の攻撃に直面しても、揺るがない信念を持ち続けることができたのだろう。
案の定、一年も経たないうちに敵対していた一社が撤退に追い込まれた。品質の低さが災いし、ほとんど売上を伸ばすことができなかったからだ。さらにその後、もう一社も効果が上がらないことを悟り、ついに戦線を離脱した。J社の粘り強い戦い方が、敵対勢力を次々と退ける結果を生んだのである。
第2話:U社とY社の攻防
U社にお伺いしていた頃のことだ。ある訪問時、会長が「一大事だ」と声を上げた。その内容は、競合のY社がU社の躍進を阻止しようと、U社の主力商品とほぼ同等の商品を二割安で市場に投入してきたというものだった。会長は事態の深刻さに動揺し、どう対応すればよいのか分からず、ただオロオロするばかりだった。
「すでに発売されているのか」と尋ねてみると、「まだだ」という答えが返ってきた。私は会長にきっぱりと言い放った。「何をオロオロしているんですか、幽霊はまだ出ていないじゃないですか」と。実のところ、経営者には「まだ現れていない化け物」を怖がる習性を持つ人が少なくない。それは、いわゆる取越苦労というものであり、その根本原因は備えができていないことにある。
私がそう言うと、会長は少し落ち着きを取り戻したようだったが、それでも不安な様子は隠せなかった。そのくせ、「社長のやることは危なっかしくて見ていられない」といった文句を口にする始末だった。
なんともおかしな話だ。その社長から「いよいよ相手が動き出してきた」と相談を受けたのは、それから間もなくのことだった。しかも、最初はY社一社が相手だと思っていたが、実際にはY社がほぼ同規模のもう一社と手を組み、共同戦線を張って攻めてきたのだ。
U社長は冷静だった。敵の商品は二割安で売り出されていたが、実際にその品を手に入れて調べたところ、品質がU社の製品よりも明らかに劣っていることが分かったという。
そして、U社長は「なるべく値下げせずに戦いたい」と言った。これは、主導的な市場占有率を持つ商品だからこその決断だった。私もその考えに賛成した。「値下げはいつでもできる。だからこそ、今は値下げせずに頑張るべきだ。高価格の不利な面は、サービスと誠意で補うんだ」と助言した。
半年ほどで、Y社と共同戦線を張っていた会社が撤退した。その後も粘りを見せていたY社も、一年余りで戦線を離脱。結果として、U社の勝利となった。戦いが終息した後、U社長は流通業者たちから「よく値下げせずに頑張ってくれた」と感謝の言葉を受けたという。その信念が市場からの信頼をさらに強固なものにしたのだ。
流通業者にとっても、メーカーの値崩しは自分たちに不利となって跳ね返ってくる。ぱっと見では流通業者がメーカーの値下げを歓迎するように思えるが、実際はそうではない。冷静に考えれば、メーカー価格が崩れることは流通業者の利益構造にも悪影響を及ぼすからだ。さらに、値崩れを起こした商品は、一度価格が下がると、たとえ無理をしたメーカーが市場から撤退しても、簡単には元の価格に戻らない。このことから、ムチャな値下げをするメーカーの行動は、流通業者からも歓迎されないという事実を理解してもらいたい。
同盟作戦の本質と問題点
同盟作戦には、第一話・第二話に共通して見られるように、大きな弱点が潜んでいる。その典型的な例が「同床異夢」である。つまり、同じ目的のために手を組んでいるように見えても、それぞれの思惑や利益は異なっているのだ。そもそも競合関係にある企業が同盟を結ぶこと自体に無理がある。長期的に見れば、こうした連携は内部分裂や戦略の不一致を引き起こしやすく、結果として力を失ってしまうケースが多い。
敵を叩くためとはいえ、意に沿わない相手と手を組む状況では、敵よりもむしろ手を組んだ相手の動向のほうが気にかかることもあるだろう。同盟相手がどこまで協力的か、あるいは自分の利益を優先して裏切る可能性がないかといった不安が常に頭をよぎる。その結果、敵に集中すべきエネルギーが分散され、同盟の効果が薄れることも珍しくない。
さらに、その同盟作戦自体にも大きな問題がある。たとえ成功したとしても、それは自社の収益を削る結果につながる。逆に失敗すれば、何のために動いたのか分からない状況に陥る。結局、同盟を組む企業は自社の損害を最小限に抑えつつ、相手に負担を押し付けようとするのが自然な流れだ。これでは本来の目的を達成するどころか、内部の不和を生むリスクさえ高まる。
そのような身の入らない同盟作戦に対して、恐れる必要は全くない。一時的な売上減は我慢していれば、結局は相手の方から崩れていくのだ。重要なのは冷静に相手の動向を観察し、焦らずに対応することだ。相手が内部で抱える問題や矛盾を見極め、長期的な視点で戦略を立てることこそが、最も有効な心構えと言える。
特売妨害の策略
E社長がこんな話を持ちかけてきた。「先生、この前面白いことをやってみたんですよ。競合他社の特売企画を察知したんでね。その特売が行われるエリアに、うちの顧客である店舗があったんです。だから、相手が特売をやる予定日の10日くらい前に、こちらが先手を打って特売を仕掛けてやりましたよ。結果的に、相手の鼻を明かすことができましたよ。」と得意げに語った。
この作戦は、実行方法次第で非常に効果を発揮する。相手の出鼻をくじき、混乱を引き起こすことで、競争を有利に進めることができる。敵の催事情報を把握する情報収集能力は、戦略を成功させるうえで欠かせない要素だ。だが、その情報を得るためには、一定の市場占有率を確保し、取引先との関係を深めることが不可欠となる。
撹乱作戦そのものの有効性も確かだが、それを実現するための情報収集力を備えていることの方が、より重要だと言える。戦いに勝つための必須条件というよりも、むしろ前提条件として捉えるべきだろう。実際、私が会社に伺いアドバイスをする際も、社長から必要な情報を提供してもらわなければ、本質的なサポートは難しいのが現実だ。
私の場合、必要な情報が不足しているときは、こちらから質問を投げかけ、社長に「すぐに調べてほしい」と依頼することで対応できる。しかし、社長という立場にある者は、単に「どんな情報が必要か」を把握するだけでなく、「どんな情報でも集めたい」という姿勢を持つことが何より重要だ。それが、適切な判断と行動を導くための基盤となる。
しかし、実際にはそのような社長は極めて稀だ。それを裏付ける一例として、営業日報に関する話がある。多くの社長は、セールスマンに行動の詳細を日報に書かせるといった無駄な作業を課している一方で、競合に関する重要な情報を収集し、報告させる仕組みを作ろうとはしない。この状況は、非常に惜しいとしか言いようがない。情報収集が戦略の要であるにもかかわらず、それを軽視しているのは大きな機会損失だ。
イミテーション作戦の批判
ここまで来ると、例を挙げるまでもなく、「よくもまあ、こんなものまで……」と思わせるような状況だ。恥や外聞など二の次にして、模倣に模倣を重ねたものが氾濫している。
そのことを批判するのはもはや無意味だ。それよりも、これほど模倣や偽物が堂々と幅を利かせているのは、先進国の中でも日本だけだろう。このような後進的な状況が未だに日本に残っていることは、正直、情けないと思う。いい加減、この状態から卒業してほしいものだ。
成熟した日本社会では、自らの独創性が求められるべきだ。「人まねはしない」という信念を掲げたソニー創業者の井深大氏や、本田技研の創業者である本田宗一郎氏といった偉大な経営者たちの姿勢から学ぶべきだ。独創性とは、何も製造業だけに限らない。流通業やサービス業といった分野でも、同様に必要とされるものだ。
宅急便を生み出したヤマト運輸、その宅急便にギフト商品の配送というアイデアを加えたフットワーク、自社でパッケージを手掛けた関西スーパー「桜宿膳」を開発した京都嵐山の料亭・錦など、独創的な取り組みの例は枚挙にいとまがない。
一方で、紛らわしいブランド名やそっくりな包装、瓜二つのチラシなど、社長の見識のなさなのか便乗根性なのか、呆れるほど多い。こんな安易なやり方では、いつまでたっても競争相手に勝つことなどできるはずがない。
同盟作戦の功罪と成功するための心得
競合企業が手を組んで挑んでくる「同盟作戦」は、価格競争の中でも特に厄介な戦略です。しかし、相手の「同床異夢(互いの目指すところが違う)」という弱点をついて、冷静に構えることで、長期的には勝利を手にできることもあります。ここでは、J社とU社の実例を交えながら、同盟作戦を乗り越えるための重要なポイントについて考えていきます。
第一話: J社の冷静な対抗策
J社が業界三位に上り詰めた頃、上位二社が手を組み、J社の主力商品とそっくりの商品を二割安で市場に投入してきました。これは、J社の勢いに対する明確な抑止策でした。しかし、J社長は過去のダンピング経験から学び、品質を落とさず、対抗値下げもしないという強い姿勢でこれに挑みました。
結果として、1年足らずで二社同盟は崩壊しました。片方の企業は、品質が低かったために撤退し、もう片方も効果を実感できず撤退しました。冷静なJ社長の判断により、J社は自社のブランドと品質を守り通し、むしろ顧客からの信頼をさらに高めることができたのです。
第二話: U社と流通業者の絆
U社のケースでは、競合のY社がもう一社と手を組み、U社の主力商品に似た商品を二割安で市場に投入してきました。U社の会長は当初オロオロとしていましたが、U社長は過去の経験から、品質と信頼を維持する重要性を理解していました。「値下げはいつでもできる」として対抗値下げをせず、品質の維持とサービスの向上で乗り切る決意を固めたのです。
その結果、半年後に共同戦線を組んでいた一社が撤退し、残ったY社も1年後には戦線を離脱しました。U社は、流通業者から「値下げせずに頑張ってくれた」と感謝され、価格崩壊のリスクを防ぐことに成功しました。このケースから学べるのは、メーカーの価格維持が流通業者にも利益をもたらし、流通との絆が強みになるということです。
同盟作戦を乗り越えるための3つの心得
- 同盟の「同床異夢」を見抜く:同盟作戦は、表向きには強力に見えますが、競合同士の利害が一致しているとは限りません。互いの企業が異なる意図を持っている場合、一方が手を引くと同盟は容易に崩れる可能性があります。相手の足並みの乱れを冷静に観察することが重要です。
- 品質と信頼を武器にする:短期的な価格競争であっても、品質を維持することで顧客からの信頼を守り、価格維持の正当性を示すことができます。結果として、顧客や流通業者との関係も良好になり、ブランド力が強化されます。
- 価格は最後の手段とする:価格を下げるのは、どうしても必要な場合の最終手段と考え、まずはサービスや誠意で顧客の満足度を向上させることに注力します。対抗値下げは、やり過ぎると自社の利益を損ない、業界全体の価格基準を崩してしまうリスクもあるため、慎重に構えることが賢明です。
結論
同盟作戦は、競合企業の間で利益相反が生じやすく、冷静に対処すれば自然に崩れる可能性が高い戦略です。短期的な売上減少に耐えつつ、相手の同盟の脆弱性に焦点を当て、品質と信頼を維持することが長期的な勝利に繋がります。同盟作戦に対して、恐れず冷静に構えることこそが、企業の成長と成功の鍵です。
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