占有率と存在感の関係
一滴のインクを水に落とす場面を想像してみる。もしそれがプールいっぱいの水に落ちたとしたら、インクの色は全く見えないかもしれない。洗濯機の槽や洗面器に落としても、色がつかないか、ついたとしても非常に淡い程度だ。しかし、茶碗の水に落とせばはっきりと色がつき、盃の中の水ならさらに濃く色が現れるだろう。
このインクの色の濃さを占有率の大小と考えるとわかりやすい。インクの量に対して水の量が多すぎる場合、インクの色は目立たず、存在そのものが感じられなくなる。
つまり、占有率が低いということは、市場でその存在が認識されないことを意味する。市場から無視されるか、仮に認識されたとしても重要視されることはないだろう。
I社長の言葉を借りれば、「S県では占有率が40%もあるため、競争相手の存在など気にせず堂々とお客様の店に入ることができる。仮に競合のP社のセールスマンがいても、こちらが優位なので、彼らが早々に話を切り上げて退散する。しかし、M県では状況が逆転し、P社が強く、我が社が弱い。そんな中では、お客様の店を訪問しようとしても、P社の車が駐車場にあれば、中に入るのをためらわざるを得ない。結局、P社のセールスマンが店を出るまで、外で待つしかないのだ」ということだ。
分散のリスクと集中戦略の必要性
K社は大型製紙機械のメーカーであり、実はこれが業績の不安定さを招く主な要因となっていた。会社の規模に対して機械が過度に大型であるため、工期が長くなり資金の回転が悪化する。新規の引き合いがあっても、既存の仕掛品が生産能力を圧迫しているため、思うように受注を受けられない。さらに、現在の仕掛品が完成するタイミングと次の受注のタイミングが合わず、生産能力に無駄が生じるという不均衡な状況に陥っていた。
この問題を解消するには、製品を小型化し、台数を増やす方向に切り替えることが求められた。そこで、小型機の受注を増やす新方針のもと、まず静岡県の製紙工場地帯への訪問を開始した。この地域では、地元メーカーが数社で市場をしっかりと押さえており、各社が巡回訪問サービスを積極的に展開していた。
K社が訪問を試みても、どの会社からも全く相手にされなかった。それも当然のことだ。既存の地元メーカーが市場を押さえている中で、外部からの新参者に好意的な反応を示す企業などあるはずがない。
しかし、他県で製紙工場が一社だけ孤立して存在しているような場所では状況が異なった。初めての訪問であっても、相手はとりあえず話を聞いてくれたのだ。こうした地域の工場には、地元メーカーの巡回サービスが届いておらず、他社との接点がほとんどなかったからである。
市場占有率の大小が、顧客から受ける待遇を大きく左右するというのが以上の事例から見えてくる。占有率が限界的なレベルに留まる場合、その市場での存在感はごくわずかであり、事実上、かろうじて存在を維持しているに過ぎない。インクの色がしっかりと認識されるような濃度、つまり、顧客に明確に存在を感じさせるだけの占有率が不可欠なのである。
社長という立場であれば、本来、占有率を高めることに最優先で取り組むべきだ。しかし、多くの社長はその重要性を軽視し、占有率を上げる努力よりも、広い地域で売ろうとすることを第一に考えるという困った傾向がある。この姿勢が結果として、市場での存在感を弱める要因になっている。
「F社」は、ある事務用什器の分野で限界的なポジションにあるメーカーだ。それでも国内市場だけでなく、輸出にも力を注ぎ始めていた。以下は、ある年の国別輸出実績の概要である:
- 国A:〇〇台
- 国B:〇〇台
- 国C:〇〇台
- その他の国々:〇〇台
具体的な台数や売上額があれば詳細を示せるが、これらの数字がF社の市場戦略の一環としてどのような意味を持つかが焦点となる。続きの情報があれば教えてほしい。
F社の輸出戦略は、大手企業が占有する先進工業国を避け、比較的手薄な低開発国をターゲットにするという点では合理的だった。しかし、問題はその後の展開にある。F社は多数の国に対してごく少量ずつ輸出を行い、さらに新たな国々に販路を広げるべく、社長が社員を海外出張させる計画を立てているという。
この方針では、各市場での占有率を高めるどころか、リソースが分散し、どの市場でも存在感を示せない状態に陥る可能性が高い。輸出の対象を絞り込み、重点的に占有率を高める戦略が求められるにもかかわらず、拡散志向の施策が状況を悪化させかねない。
占有率向上の実践的アプローチ
F社には、「占有率を高める」という発想が完全に欠けているようだ。現状の輸出国では売上の限界に達しているから新しい市場を開拓する必要がある、といった具体的な戦略があるわけではない。ただ漠然と、「新しい輸出先を開拓しなければならない」「それが売上を伸ばす唯一の方法だ」と思い込んでいるだけのように見える。
この思い込みは、既存市場での占有率を強化するという本質的な施策を見落とし、リソースをさらに分散させる結果を招く可能性がある。市場拡大と売上増加が直結するわけではなく、むしろ市場ごとの集中戦略が不可欠であることを認識する必要があるだろう。
F社には明確な市場戦略が欠けており、これでは売上が向上するはずがないのは当然の結果だ。よく考えてみてほしい。輸出先のどの国においても、F社の地位は超限界的な状態にあり、市場での認知度や影響力がほとんどないという現実がある。つまり、どの国においても、F社の商品の存在はほとんど認められていないのだ。この状況では、単に新しい国に販路を広げるだけでは効果的な成長には繋がらず、むしろ分散してしまうリスクが大きい。
F社の正しい方針は、新しい輸出国を開拓することではなく、現在の輸出国における売上を伸ばすことに集中することだ。そして、ただ万遍なく売上を伸ばすのではなく、市場での存在感を早急に認められる占有率を手に入れることができる国に焦点を絞るべきだ。つまり、自社のリソースを特定の市場に集中的に投資し、そこでの支配的な地位を築くことが最も効果的な戦略となる。これこそが真の市場戦略であり、F社が成長するために必要なアプローチだ。
多くの社長が犯す最も大きな誤りの一つは、カバレッジ(市場でのカバー率、つまり問屋や小売店の何%をカバーしているか)を最優先に考え、占有率には関心を示さないことだ。カバレッジを重視するあまり、どれだけ広い範囲に売り込んでいても、その市場内でどれだけのシェアを占めているのか、つまり実際の競争力が問われていないという状況に陥ってしまう。この考え方では、分散はしても市場での実際の影響力や存在感を強化することができず、結果的に成長を妨げることになる。
輸出においても国内市場においても、多くの社長は「全ての国、全ての県、全ての都市に売上実績を作ることが売上げ増加の道だ」と考えがちだ。また、問屋も自分の商圏内のすべての小売店に売上実績を作ることが必須だと考え、最初に大きな国、大都市、大企業に売上実績を積むことを目指す。しかし、この考え方は誤りである。広く浅く売るのではなく、特定の市場や顧客に集中し、そこでの占有率を高めることが真の成長につながる。どの市場でしっかりと地位を築くか、その戦略が売上げの増大には不可欠なのだ。
占有率など気にする様子もなく、ただ漠然と「売上をもっと伸ばしたい」という願望だけで、ひたすら販売部門に圧力をかけるだけの状況だ。
二つ目の誤りは、進出先の地域において、売上額が最も小さい国や都市、あるいは得意先の売上を必ず伸ばさなければならないという固定観念にとらわれていることだ。
こうした考えに至る理由は、「他より売上が少ないのだから、他所並みに上がるはずだ」という単純な発想に基づいているようだ。実に厄介な思考である。
売上が少ない地域は、遠距離であったり、人手不足で販売活動が十分にできなかったりと、こちら側の事情によるものだ。その地域の売上を伸ばすために人員を投入すれば、その分、従来の地域へのリソースが削られ、結果としてそちらの売上が下がる。この基本的な構造を無視し、ただ営業部門に発破をかけるのは、明らかに間違いだ。
仮に営業人員を増やし、この地域にリソースを割くことができたとしても、そこは未開拓の空白地帯ではなく、既に現地の業者がしっかりと根を張っている状況だ。そのような競合相手に戦いを挑んでも、物事はそう簡単には進まない。
そんな無理をするくらいなら、新規に投入する人員を既存の地域に振り向けたほうが、はるかに大きな成果を上げられる。にもかかわらず、この点についてまるで考慮がされていないのが現状だ。
以上のような誤りが生じるのは、市場占有率が企業の存続に直結する重大な要素であるという認識が欠けているからだ。社長の立場にある者は、「ただ闇雲に売上増大を焦ったところで成果は得られない。正しい市場戦略を持つことで初めて成果を生み出せるのだ」という基本を心に刻み、自ら積極的に取り組む必要がある。
市場戦略を立てるためには、まず占有率に関する基本的な知識を持っていることが不可欠だ。この知識の有無によって、戦略の質には天と地ほどの差が生じる。そこで本章では、社長として「最低限これだけは押さえておくべき」ポイントについて述べていくことにする。
水に一滴のインクを垂らすと、容器のサイズによってインクの色の濃さが変わる。これは、インクが水に占める割合が容器の大きさで変わるためであり、市場における占有率のたとえとして使える。
もし茶碗のように小さな容器にインクを垂らせば、色が濃くなり、インクの存在がはっきりと分かる。しかし、洗面器や洗濯機のような大きな容器に垂らせば、インクの色はごく薄くなり、ほとんど存在が認識されなくなる。これと同様に、占有率が低いと、企業は市場の中で埋もれてしまい、顧客から見えづらくなってしまう。
占有率を意識せず、広い地域にばらばらと薄く展開すると、企業の存在感は薄くなり、顧客に認識されることも少なくなってしまう。市場において効果的な戦略とは、無暗に広い範囲を狙うのではなく、占有率を高めるために特定のエリアや国に集中し、確実に市場に存在を認められることを目指すことだと言える。
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