D精密は創立から20年にわたり、高い収益性と成長を維持し続けている超優良企業だ。間もなく株式が第二部に上場される見込みである。同社には10年間に及ぶ長期経営計画があり、その中では10年後のバランスシートがすでに設定されている。それだけでも驚きだが、さらに10年後の初任給まで決定済みというのだから驚くほかない。これは、信じがたいが紛れもない事実だ。
専務のD氏に「長期経営計画は何を根拠に設定したのか」と尋ねたところ、彼の答えはこうだった。「賃金です。10年後には賃金が現在のEECの水準に達するという予測を基に立てました。その結果、人員は3倍、売上は5倍になる見込みです。」賃金を基準に計画を立てるとは、まさに的確に「ツボ」を押さえたアプローチだと感嘆せざるを得ない。
計画項目を列挙すると、以下の通りだ。
- 売上計画
- 長期売上計画、付加価値計画
- 長期設備計画
- 長期要員計画
- 長期運転資金計画
- 長期金融計画
- 長期引当金計画
この計画の特徴は二点ある。一つは、「付加価値」を中心に据えている点であり、もう一つは、資金計画と引当金計画の明確さだ。長期にわたって高賃金を支払いながら高収益・高成長を実現するための条件が、具体的な方針と数値目標によって明確に示されている。
売上はあくまで目安に過ぎず、計画の中心に据えられているのは付加価値だ。付加価値こそが企業の経済的成果を示す真の指標であり、これが達成できれば、売上そのものにはさほど重要性はない。この点を明確にしておかなければ、安売りによって売上目標を達成したものの、肝心の付加価値が全く伴わないという状況に陥る危険がある。
この付加価値計画では、現有製品の売上予測から算出される付加価値と、目標とする付加価値との差額を正確に計算し、その不足分を補うための新製品を具体的に計画している。新製品が投入されるタイミングも、第何年目からこれを、さらに第何年目からあれを、という具合に明確に設定されているのだ。何年も先に発生するであろう付加価値の不足を予測し、現在の段階で対応策を講じているという点に、この計画の先見性が表れている。まさに「現在において未来を築く」取り組みの典型と言えるだろう。
設備計画では、年度別の投資金額が決定されるのは当然のこととして、その予算が各事業部に割り当てられた後は、具体的に何を購入するのかをトップが決めるのではなく、事業部長が決める仕組みになっている。事業部には明確な目標が与えられており、その目標を達成する責任は事業部長にある以上、決定権も事業部長に委ねるのが当然という考え方だ。これはまさに見事な権限委譲であり、責任と権限をセットで持たせる合理的な経営手法といえる。
要員計画もその名の通り、計画的な人員配置を実現している。従来の計画に基づき、必要な要員を常に応募者の中から選定しているのだ。驚くべきはその定着率で、ほぼ100%を誇るという点だ。このような高い定着率が長年にわたって維持されているのは、まさに奇跡的な現象と言える。この会社においては、それが当たり前の状態として機能している。
資金計画では、優れた計画に共通する特徴である回転率が特に重視されており、その成果が目標バランスシートとして具体化されている。また、引当金計画を持つ企業など、国内でもほとんど例を見ないだろう。このように、資金計画から引当金計画に至るまで、徹底的に練り上げられた体制がこの会社の強みを支えている。
以上のような事項が、A4版のコピー用箋わずか15枚足らずに簡潔かつ明快に記載されている。その完成度はまさに、長期経営計画の傑作と呼ぶにふさわしいものであり、ある意味では芸術の域に達していると言っても過言ではない。しかし、この芸術は単なる観賞用ではない。これを基盤として、中期の5カ年計画が作成され、さらにそれを具体化する一期ごとの短期経営計画が立案される。計画が具体性と実効性を兼ね備えている点に、この企業の真の実力が垣間見える。
短期経営計画は、各事業部長が立案する事業部計画へと具体化される。その計画は毎月チェックされ、進捗状況に応じて適切なタイミングで対策が講じられる仕組みになっている。このように、計画と実行を密接に結びつけた運用体制により、柔軟かつ迅速な対応が可能となっている。
専務はこう語った。「長期計画は、その通りに進むことはまずない。しかし、違いはごくわずかだ。そのため、ずれた部分に対してのみ適宜対応すればいい。大部分については、すでに手を打ってあるからだ。うちは長期経営計画を立てるようになってから、本当に経営がやりやすくなった。もしこの計画がなかったら、今日の我が社の姿はなかっただろう。」
その言葉を聞き、私はただただ感嘆するばかりだった。この企業が成功を収めている理由が、まさに目の前に示されているように感じた。
私は、D精密を過剰に称賛しているとは思わない。この会社にはまだまだ素晴らしい点がたくさんある。ただ、それをすべて書き出すと長くなってしまうので、ここでは一つだけ挙げておこう。この会社の課長たちは、バランスシートをしっかり読み解く能力を持っているのだ。それも、ただの理解ではなく、「立派に読める」と言えるほどのレベルである。経営者でさえバランスシートを正しく読めない人が少なくない中で、これは驚くべきことであり、この企業文化の底力を象徴していると言えるだろう。
K製作所では、5年計画を策定している。取締役のM氏はこう語る。「どうなるかわからないから経営計画なんて立てても無駄だ、という経営者がいる。しかし、それは間違っている。経営計画とは未来を完全に予測するためのものではなく、目標を設定し、それに向かうための道筋を描くものだ。たとえ計画通りにいかない部分があったとしても、計画がなければ何を基準に行動すべきかが分からない。だからこそ、計画を立てることには大きな意義がある。」
この言葉には、計画の重要性とその本質が見事に凝縮されている。
D精密の長期経営計画は、単なる予測や目標設定にとどまらず、企業の未来像を具体的に描き、日々の活動がその未来へと繋がるように設計されています。10年後のバランス・シートや初任給までが計画に組み込まれている点は、経営の「先手を打つ」姿勢を強く表しており、賃金を根拠にした計画策定は「ツボを押さえた」アプローチといえます。
この計画の特徴としては、以下のポイントが挙げられます。
- 付加価値を重視した計画:売上の数値ではなく、付加価値(企業が生み出す経済的価値)を基準に設定されています。これにより、単なる売上拡大だけでなく、利益率を確保しつつ企業の収益性を維持することが可能です。付加価値目標を達成するため、新製品の開発スケジュールも具体的に設定され、将来の付加価値不足に対する対策も現時点で講じられています。
- 権限委譲による責任の明確化:設備投資計画では、予算と目標だけを事業部に割り当て、具体的な投資判断は事業部長に委ねられています。事業部ごとに責任と権限が明確であり、事業部長が自らの判断で最適な設備を選定できる体制を整えていることは、社員の主体性を促し、企業の競争力を強化することにつながっています。
- 資金計画と引当金計画:資金運用の効率を高めるための回転率や引当金計画が明示されており、10年後のバランス・シートに結実する形で設定されています。長期的な資金効率の改善により、企業体質を強化し、経済的安定を図っています。
この計画は、経営全体の目標としての役割を果たすとともに、5カ年計画や年次の短期計画にも展開され、月次で計画と実績をチェックする仕組みが組み込まれています。このように計画を長期・中期・短期に分けて具体化することで、経営の柔軟性を確保しつつ、目標に向かって着実に進んでいくことが可能です。
D精密の長期計画は、「現在において未来を築く」姿勢を体現しており、その緻密な計画の実行と課長クラスまでの経営リテラシーが、この優れた企業体質を支えています。この計画の導入によって経営がスムーズになったと語る専務の言葉から、計画の持つ力と重要性が実感できる事例です。
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