社長と初めて会った時、次々と数字が口をついて出てくる様子に驚かされた。何か特別な秘訣でもあるのかと尋ねたところ、「これが種なんですよ」と言いながら手帳を見せてくれた。
手帳の後ろの方には方眼紙を利用して罫線が引かれ、さまざまな表が書き込まれていた。それは以下のようなものだ。すべて月別に整理されている。
- 試算表
- 損益計算書
- 得意先別売上高と三カ月ごとの累計
- 売掛金明細
- 買掛金明細
- 借入金明細
- 経費明細
さらに、グラフとして以下も含まれていた。
- 主要得意先売上高
- 加工高実績
- 売上高実績
- 経常利益
これが「種」だったのかと納得すると同時に、その内容の充実ぶりに感心せざるを得なかった。会社の数字が常に社長の頭の中にあり、すべてを把握しているのがわかる。
その手帳は小型であり、記載されている数字は千円単位にまとめられていた。それで十分だ。経理の数字は一円単位まで正確であることが求められるが、経営における数字は正確さよりも、いかに読みやすく、全体を俯瞰できるかが重要なのだ。
経営の数字は判断のために使うものであり、細かい数字は必要ないどころか、むしろ邪魔になることが多い。例えば、千万円単位の数字を考える際、二桁目の数字が一つ違ったとしても、その総額に対する影響は一%以下、具体的にはたった十万円に過ぎない。こうした細かい誤差は大勢に影響を与えるものではなく、判断の場面では二桁目以下の数字はかえってノイズとなり、集中を妨げる要因になるだけだ。
「僕は上二桁しか見ませんよ」と語ったある社長がいた。それでも、その数字の信頼度は統計的に見て約95%に達する。つまり、それだけで誤りのない判断を下すための資料として十分なのだ。細部にとらわれず、大枠をつかむことが経営判断では重要だということを、その言葉が端的に示している。
私が経理以外の経営書類をすべて千円単位、あるいは百万円単位でまとめるべきだと主張しているのは、こうした理由による。細かい数字に囚われることなく、全体像を一目で把握できるようにすることが、経営判断において何よりも重要だと考えているからだ。
その社長は、この手帳をただ持ち歩くだけでなく、あらゆる場面で開いて数字と対話している。銀行に行った際にも、この手帳を確認しながら話を進めるため、具体的で的確な情報をもとにした会話が可能だ。その姿勢が銀行側の信頼を得ているのだろう。
数字に強い社長が経営する会社は、不思議というより、ほぼ例外なく業績が良い。それは、悪い数字が出た際に、社長が即座に状況を把握し、迅速に対策を講じるからだ。数字を的確に読み取り、適切な行動を取るそのスピード感が、会社を成功に導く原動力となっている。
K社長も同じだ。手提げカバンの中には常に長期経営計画書と短期経営計画書が入っている。これらの書類は、計画と実績を比較対照できるように工夫されており、どんな場面でも即座に状況を確認し、判断できるようになっている。この習慣が、K社長の経営の精度とスピードを支えているのだろう。
社長と喫茶店に入っても、お茶を飲みながらその計画書を取り出し、「あれはこうだ」「これをこうすればこうなる」と具体的に話を進める。その真剣な姿に触れるたび、私はこうした社長が大好きだと感じる。彼らの神経労働は、ほぼ例外なく一日24時間続いている。常に会社の未来を考え、動き続けているその姿勢が、本物の経営者たるゆえんだ。
それにもかかわらず、業績に大きな差が生まれるのは、経営者の力量や運だけでなく、常に自社の数字を正確に把握し、それを基に判断し行動するかどうかが、極めて重要な要因であることは間違いない。数字を武器に経営を進めるか否かが、成功と停滞を分ける大きな要素となるのだろう。
「どうも私は数字に弱くて」と言う社長に出会うことがあるが、そんな時、私は情け容赦なく指摘することにしている。
「それは、運転手が『僕はどうも運転が苦手で』と言っているのと同じだ。会社を運営して金を生み出さなければならない社長が、数字に弱くて務まるわけがない。数字を理解せずに、どうやって金を生み出せる? 分からないなら、勉強するしかないでしょう」と、厳しく言い切る。
経営において、数字を軽視する言い訳は通用しない。それが私の信念だ。
L社長はこう語ってくれた。
「私も数字に弱く、このままではとても社長の役目を果たせないと思い立ち、妻と娘の三人で夜間の簿記学校に通い始めました。おかげさまで、先日、二人とも簿記三級の資格を取得することができました。」
その言葉からは、自分の弱点を認め、それを克服しようとする強い意志が感じられる。家族とともに学び、努力を積み重ねるその姿勢は、まさに尊敬に値する経営者の姿だ。
簿記だけで会社のすべての数字が分かるわけではないが、数字を理解するための基礎的な素養としては極めて重要だ。それに加えて、私がL社長を評価したいのは、その努力と行動力だ。自分の弱点を認識し、それを克服するために自ら動き、具体的な行動に移すその姿勢は、経営者として非常に価値のある資質だと言える。
頭が少し光り始めた社長が、奥さんと娘さんと並んで真剣に講義を受けている姿を想像すると、なんとも微笑ましい気持ちになる。社長の努力はもちろん立派だが、そんな社長を支え、一緒に学びに励む奥さんも実に素晴らしい。家族ぐるみで前向きに取り組む姿勢が、より一層の敬意を感じさせる。
O社長やK社長のように、数字を常に携え、手帳に財務データを記録している経営者の姿勢は、まさに優れた経営の要諦です。O社長が手帳に描いた表は、試算表や損益計算書、売掛金明細や主要な得意先ごとの売上高など、重要な項目ばかりです。数字は千円単位で、正確さよりも「読みやすさ」を重視している点も経営判断には的を射た方法です。経営に必要なのは大まかな動向を迅速に把握することで、詳細な数値はかえって判断を鈍らせることがあります。O社長がその手帳を携え、数字と絶えず向き合っていることで、常に対策を考え続けているのも納得です。
同様に、K社長も長期・短期の経営計画書を持ち歩き、実績と計画を常に比較しながら改善策を練っています。このように、数字を味方につけた経営者の姿勢が、会社の業績向上につながる重要な要因であることがよくわかります。
一方、「数字に弱い」と言う社長に対しては厳しい指摘が必要です。数字がわからない経営者は、自らの会社の健康状態を把握できないようなものです。L社長が簿記学校で簿記の基礎を学び直したエピソードには、数字に弱いと感じる経営者でも、その自覚を持って勉強することで改善しようとする強い意思が見えます。こうした経営者の姿勢こそが、社員や家族にも良い影響を与えることでしょう。
数字に強い社長ほど、経営の舵取りを的確に行えるのです。
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