S鉄工の社長は、創業者として一代で会社を築き上げ、デッチ奉公から身を起こして業界トップの企業に成長させた人物だ。その手腕と情熱は見事で、個人的に非常に尊敬している経営者の一人だ。
背は高く、肩幅が広く、その姿はまさに偉丈夫そのものだ。目には、これまで経験してきた辛酸をすべて飲み込んだような深みが宿り、どこか静謐さを感じさせる。人柄を表す言葉は「仏さま」以外に見当たらない。人間がここまで崇高な品性を持つことができるのかと、思わず感嘆せずにはいられない。その話に耳を傾けると、ただただ圧倒され、自然と頭を垂れるばかりだ。
この社長が犯した唯一の誤りは、その立派すぎる人柄から生まれたものだった。社員への深い思いやりが形となった社宅の提供が、その原因だというのだから、世の中とはなんとも皮肉なものだ。
創業当初から苦労を分かち合ってきた社員たちに対し、社長は感謝の念を込めて次々と社宅を建て、安い家賃で貸し出していた。しかし、彼らが定年を迎えたとき、その善意が思わぬ形でやっかいな問題を引き起こすことになった。
社宅である以上、定年を迎えたら退去するのが当然のルールだ。しかし、会社のために20年、40年と尽力してきた社員を、定年だからといって追い出すのは非情すぎる。一方で、彼らには新たに土地を購入し、家を建てるだけの経済的な余裕はないという現実が立ちはだかっていた。
かといって、アパートに移るとなれば、権利金や敷金を用意し、数万円の家賃を支払う必要がある。しかし、再就職して収入が減る状況では、そんな負担を背負うのはとても現実的とは言えない。そうせざるを得ないとしても、その姿を見た若い社員たちは、自分たちも将来同じ境遇になるのではないかという不安を抱いてしまう。
しかし、退去してもらわなければ、社宅に入る権利を持つ新しい社員たちが待機しており、彼らの希望を叶えることができない。現実として、安い家賃の社宅は社員にとって大きな魅力であり、それが福利厚生の一環でもある。新しい社員たちは「なぜ自分たちには社宅を貸してくれないのか」と不満を抱くことになる。この状況は、まさに板挟みといった感がある。しかも、これがすべて社長の善意から生まれた問題であるだけに、なおさら解決が難しいのだ。
社宅を安易に建てると、こうした問題に直面することになる。独身寮のように、結婚すれば自然と退去する仕組みなら問題は少ないが、家族ぐるみで住まわせる形式は慎重に検討すべきだ。特に、自宅を離れ遠隔地で勤務する必要がある場合を除けば、家族向けの社宅は避けた方が賢明だろう。むしろ、社員が自らの持ち家を持てるような仕組みを導入し、個人の財産となる形を支援する制度が求められるのではないだろうか。
社長という職業は、何をするにも先を見通し、そのさらに先まで考えて手を打たなければならない。本当に骨の折れる大変な役割だと、つくづく感じざるを得ない。
S鉄工の社長は、社員を深く思いやる真心から社宅を建設し、長年安い家賃で提供してきました。しかし、その善意がかえって社内に複雑な問題を生んでいます。定年を迎えた社員たちは、社宅を出る必要があるものの、新たな住居を用意する経済力がなく、社宅を出て行くことが難しい状況に陥っています。さらに、若い社員たちはその状況を見て、自分たちも将来同じ立場に置かれるのではと不安に感じています。
こうした問題は、家族ぐるみの長期的な社宅制度が抱えるリスクを示しています。社宅は一見、社員の魅力や福利厚生の一環として機能するものの、長期的には「持ち家制度」の導入など、社員が自ら資産を持てる仕組みの方が合理的かもしれません。社員の生活と将来を見据えた制度設計が、結果的に会社と社員双方の利益を守る手段となり得るのです。
社長の立場は、善意や短期的な魅力を提供するだけでなく、長期的な展望を持って制度を構築することが求められます。このように、会社の制度が社員の未来に与える影響まで考慮することが、社長の大切な責任の一つであると言えるでしょう。
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