F電化の社長は、後継者に対する考え方、もっと具体的には自分の息子について、以下のように考えている。息子を社長にしたいという思いは、親としての自然な感情だ。ただし、それは息子自身が社長としての資質を備えている場合に限る。息子にその資質があるかどうか、あるいは資質を身につけさせるために何が必要かについて、具体的に検討している。
息子が大学を卒業した後、最低でも十年間、場合によっては二十年間、他人のもとで働かせるつもりだ。その間に息子の言動を注意深く観察し、何とかやっていけそうだと判断した場合には、新しい会社を設立し、その社長に息子を据える計画を立てている。
資金は親として用意するが、設立に関わる準備や手続きについては息子自身が主体となって動く。必要な援助はするが、あくまで主役は息子だ。この段階で、事業を立ち上げる難しさを身をもって経験させる。それ以降は、直接的な支援は一切しない。経営の相談があれば、ヒントを与える程度にとどめる。それ以上は息子自身が考え、乗り越えるべきだという考えだ。
もし息子に社長としての能力がまだ不十分であったり、全く備わっていなかったりして会社が倒産するような事態になった場合は、一度だけその後始末をすべて引き受ける。他人に迷惑をかけることだけは避けるという覚悟だ。その失敗を息子自身が反省し、学びに変える姿勢を見せれば再び社長業を任せることを考える。しかし、改善の兆しが見えず、適性がないと判断した場合は、別の道を歩ませる決断をする。
親としての愛情と、社長として果たすべき社会的責任の両方を重視するF電化の社長の考え方には、共感を覚える。中小企業の多くは実質的に同族経営であり、後継者の問題は想像以上に複雑で多面的だ。後継者の育成や選定には、経営能力だけでなく、家族としての情や責任が深く絡み合う。これらを乗り越えるためには、冷静かつ現実的な視点が求められる。
企業が永続的に存続するべきだという社会的要請と、親として息子や親族の誰かに後を継いでほしいという自然な願望を両立させるのは容易ではない。この問題は、単なる理屈や親としての愛情だけでは解決できない複雑さを持つ。企業の基本理念が社会性に根ざしていることは疑いないが、それだけでは人間としての感情や現実的な課題に対応するのは難しい。このバランスをどう取るかが、後継者問題の本質的な難しさを物語っている。
「同族経営はいけない」という理論は、一見すると明快に思えるが、実際には非常に曖昧だ。同族経営を頭ごなしに否定するのは筋が通らない。同族経営そのものが悪いわけでもなければ、非同族経営が自動的に優れているわけでもない。重要なのは、経営が同族かどうかではなく、経営者や後継者としての資質や能力があるかどうかに尽きる。問題の本質は、経営の形式ではなく、そこに携わる人間の力量にある。
興味深いことに、同族経営から脱却しようとしている社長の同族には、優れた後継者候補がいることが多い。一方で、同族経営を既得権のように捉えている社長の後継者候補は、残念ながら能力や資質に欠ける場合が少なくない。この現象は、経営に対する姿勢や考え方が、後継者の質にも影響を及ぼしていることを示しているのかもしれない。
この現象は、優れた経営者が優れた後継者を求めて努力していることの証左だと言える。一方で、凡庸な経営者は後継者選びにおいても同様に浅慮であり、その結果として適切な後継者を育てられないことが多い。経営者自身の資質や考え方が、後継者の質にも直接的な影響を与えることを物語っている。
社長としての責務は、企業の永続性を確保するために、後継者を誰にするべきかを深く検討することにある。同族を含めた幅広い視点で適任者を探し、慎重に決定しなければならない。そして選ばれた後継者には、経営者としての資質や覚悟を養うための帝王学を徹底的に叩き込み、企業の未来を託せる人物へと育て上げる覚悟が求められる。
親としての情に流され、わが子のかわいさに目を曇らせて、企業が果たすべき社会的使命を見失うようなことがあってはならない。それを肝に銘じ、自らを厳しく律する覚悟が、経営者には求められる。企業の未来を担う後継者選びにおいては、親の情よりも社会的責任が優先されるべきである。
F電化の社長は後継者について、親の情と社長としての責任を冷静に考えている。息子に社長としての資質がなければ、無理に後継者にしないという意志を示している。具体的には、息子を大学卒業後に他の企業で少なくとも10年、場合によっては20年働かせ、自社での安易なキャリアではなく、他人のメシを食わせることで厳しい現実を学ばせる。もしその経験の中で成長し、経営者としての能力が見込まれるようであれば、新たな会社を設立し、そこを任せるという計画だ。
この社長の姿勢には、親としての愛情だけでなく、経営者としての責任が明確に示されている。同族経営であっても、単に血縁だから後を継がせるのではなく、企業の社会的責任を考え、息子が本当にふさわしい経営者となるかを見極めている。たとえ失敗しても、そこから学ぶ姿勢があれば再挑戦を認めるが、それでも結果が芳しくなければ他の道を歩ませる考えである。
後継者問題は中小企業にとって非常にデリケートな課題であるが、この社長のように、同族経営だからこそ一層の慎重さをもって後継者を選ぶべきである。同族経営が悪いわけではなく、重要なのは、経営者としての能力を持つかどうかという点である。優れた経営者は優れた後継者を探し、企業の社会的使命を果たすことに徹するものであり、ここに企業の継続性と繁栄の鍵がある。
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