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社長自身を動機づける

F社の社長であるS氏は、経営への意欲をほとんど失いかけていた。病気の影響で約1か月半の入院を余儀なくされ、その間を含む約2か月間、会社の経営に直接関わることができなかった。その結果、業績は悪化し、赤字に転落していた。

父親から業績不振の会社を引き継いで以来、数年にわたる苦闘の末、ようやく軌道に乗り始めた矢先に、再び赤字に転落する事態となった。病気を乗り越えたばかりで、体力も気力も十分ではない状況だっただけに、再び赤字を抱える会社を前にして経営への意欲を失いかけたのも無理のないことだった。

ある日、偶然目にした経営者セミナーの案内状を手に取り、半ば気晴らしのつもりでそのセミナーに参加することにした。そして、そのセミナーで講師を務めていたのが、他でもないこの私だった。

講師の話に耳を傾けるうちに、社長の中に眠っていた経営者としての自覚が呼び覚まされ、再びやる気が湧いてきた。そして、その勢いのままに、経営について相談に乗ってほしいと依頼を受けることになった。私はその申し出を快諾し、喜んでサポートすることを決めた。

社長はさまざまな悩みを私に打ち明けてきた。その一つひとつがもっともな内容であり、真剣な思いが伝わってきた。私は、それらの悩みを解決する最も効果的な方法は、経営計画をしっかりと立てることだと説き、短期経営計画の策定に着手することとなった。

まず取り組んだのは利益計画の策定だった。社長が目標とする利益を基準に、その達成に必要な条件を具体的な数字として設定していった。その数字を目の当たりにした瞬間、社長の頭脳は一気にフル回転を始めた。

次に取り組んだのは、その数字を実現するための具体的な方策だった。何が可能で何が不可能なのか、不可能なものをどのように克服するか、といった課題に正面から向き合った。その結果、社長の頭脳はフル回転し続け、一日が終わる頃には完全にグッタリとしてしまった。それほどまでに、この作業は頭脳にとって極めて重い負担を強いるものだった。

頭脳の重労働は、販売計画の策定においても一切スピードを緩めるわけにはいかなかった。利益計画で掲げた数字が実現不可能であるならば、目標とする利益を得られないことが事前に明らかになるからだ。そのため、販売計画でも徹底的な検討と具体的な戦略立案が求められた。

というのも、人件費や経費といった固定費は、会社の業績にかかわらず、売上が増加しようが減少しようが、毎月必ず一定額が発生するうえに、さらにボーナスの支払いも必要になる。これらの全額をまかなったうえで、さらに利益を確保するだけの売上を達成する必要がある。しかし、その売上を上げるための条件が整っていないとしたら、経営者として悠長に構えている暇は一瞬たりとも許されない。

だからこそ、何としても売上を上げるために、社長として自分が何をすべきかを徹底的に考え抜く必要があるという結論に至るのだ。

S氏は一転して闘志を燃やし始めた。その理由は二つある。一つは、現状を正しく把握したことで、何をどうすれば結果がどう変わるのかを明確に理解できるようになったからだ。もう一つは、課題に取り組む中で、利益を上げる可能性が少しずつ見えてきたからである。

これまで何をどうすればいいのか分からず途方に暮れていた社長が、今や自社の進むべき道と自分の行動指針を明確に手に入れることができた。こうして社長は、自信を取り戻し、経営に全力で取り組む姿勢を取り戻したのだった。

当然のごとく、業績は上向き始めた。この成果が社長と社員の大きな励みとなり、さらなる努力とエネルギーを注ぎ込むという好循環が生まれたのである。

次に取り組んだのは、長期経営計画の策定だった。社長が描いている未来像を基に、具体的な数字を組み立てていく作業が進められた。その過程で、重大な事実が明らかになった。現在の事業構造のままでは、3年後に行き詰まりが避けられないという現実だった。

どうしても新事業を開発しなければならない状況だった。社長は再び意欲を燃やし、その課題に全力で取り組む決意を固めた。S氏はこう語った。「もしもこの事実に気づかずにいたら、その時が来たときには、もはや何も手の打ちようがなかったでしょうね。でも、三年後のことだから、今から行動を起こせば、まだ間に合う可能性があるんです。」

S氏はこう続けた。「一倉さんが言う『優れた未来を築くために、今日ただ今何をしなければならないかを決めるのが社長の仕事だ』という言葉の意味が、今になって本当によく分かりました。その『今日何をすべきか』を見つけ出すための道しるべが、長期経営計画なんですね」と語った。

ここまで来れば、もはや心配は無用だった。私としても、安心してその行く末を見守ることができる。F社の長期的な方向性は明確に定まり、今では社長と社員が新たな意欲に燃えながら、この路線を力強く進んでいる。

この章で描かれているF社の社長S氏の事例は、経営において社長自身をどう動機づけるかの重要性を示しています。S氏は病気を経て一度は経営意欲を失いかけましたが、経営計画の策定を通して再び自信を取り戻し、会社を導くために再び力を注ぐようになりました。このプロセスを通じて、S氏は自らの目標を明確にし、具体的な数値計画によって「何をすべきか」を理解し、それが彼の行動の指針となりました。

S氏が経営計画に取り組む過程で、数字を具体化することにより、自社の現状や課題がはっきりと見えるようになりました。その結果、社長自身が自信を持って経営と向き合うようになり、社員との間にも好循環が生まれ、業績が上向くきっかけをつくることができたのです。

さらに長期的な経営計画を策定する中で、S氏は将来的な事業の限界に気づき、早期のうちに新事業の開発に乗り出すことができました。このように、経営計画は単に会社の成長だけでなく、社長自身の動機づけや気づきにも大きな影響を与えるものです。

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