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だれか経営学を知らないか

社長という役職は、本当に大変なものだと感じる。見方によっては、最も割に合わない仕事かもしれない。そんな社長たちと常に向き合い、相談役としてサポートするのが自分の仕事だ。

社長の苦しみや迷い、忙しさ、孤独――そういったものを肌で感じ取るのが自分の立場だ。社長の悩みは尽きることがない。それにもかかわらず、その悩みに共感し、解決のヒントを与えてくれる存在は驚くほど少ない。

一方で、社長の性格的な欠点や、マネジメント理論への理解不足を批判する声は大きい。世の中にはマネジメントに関する書物が山ほど存在するが、それらがすべての答えを提供しているわけではない。

経営学の専門家や経営コンサルタントを名乗る人は多い。しかし、社長という役割の本質や、その役割をどう全うすればいいのかを的確に示してくれる存在は、驚くほど少ないのが現実だ。

そういったものは、むしろ社長の関心を企業の内部や目の前の業務に向けさせる傾向が強い。その結果、社長本来の使命から意識を逸らしてしまう危険性のほうが圧倒的に高い。

さらに、それらは企業内の人々に社長の役割について誤った認識を植え付け、的外れな批判を引き起こす原因にもなりかねない。

社長という職業は、それほど多くの人々に理解されるものではない。だからこそ、社長という立場は常に孤独と隣り合わせだ。

自分の仕事を通じて得た、わずかながらの企業経営の実態や社長の生態に基づき、あえて社長の役割について考察しようと思った。その中で、少しでも社長の業務に役立つヒントや示唆を提供したいという思いが、この本を書く動機となった。

とはいえ、社長の広範な業務すべてを網羅することは不可能だ。そこで、この本では、私自身が最も重要だと痛感している「経済的成果の創造」に焦点を絞り、その基本的な考え方について述べることにした。

同時に、企業内の人々が枝葉末節のマネジメントテクニックにばかりとらわれるのではなく、企業経営の本質を理解し、社長の立場を少しでも理解して補佐できるような指針の一助となれば、という願いも込めている。

もう一つの思いとして、世に経営コンサルタントを名乗る人々に対し、あえて不遜を承知でこの本を通じて一石を投じたいという意図もあった。

それは、私が訪れる会社の多くで、経営コンサルタントに対する不信感が非常に強い現実を目の当たりにしてきたからだ。「コンサルタントの指導を受けたが、まったく効果がなかった」という声を頻繁に耳にするのである。

その原因は、コンサルタントが自分の専門分野のテクニックを振りかざし、それを一方的に企業に押し付けているところにある。

企業の本当のニーズや、社長の切実な悩みに耳を傾けようとせず、自己満足的な態度に終始している点に問題がある。むしろ、それ以前に「経営とは何か」を全く理解していないことこそが、根本的な原因だと言えるだろう。

経営において、管理のテクニックが重要であることは否定できないが、それはあくまで第二義的な位置づけであるべきだという点を考慮してほしい。企業経営の本質は、すべてが「結果」に集約される。優れた結果を生み出した考え方と行動だけが正しいと評価されるのである。

良い結果が得られない限り、どれほど管理水準が高くても、どれほど意図が正しくても、それらはすべて無意味なものに終わる。この現実をしっかりと見つめてほしい。

経営学とは一体どのような学問なのだろうか。現在、日本で「経営学」として扱われているものは、テーラーの科学的管理法に端を発し、主にアメリカで発展してきた学問だ。その内容は、企業内の「人」に関わる問題や、人の活動における効率的な方法や科学的な手法を総括したものと考えられているようだ。

誰がこのようなものを「経営学」と名付けたのかは知らない。しかし、その大半は「管理学」と呼ぶべきものであり、本来の意味での経営学とは明らかに異なるものだ。

経営学ではないものを「経営学」と呼んだことによる混乱と弊害は、計り知れないほど大きい。その結果、多くの人々がそれを本物の経営学だと誤解し、会社を倒産させるまでには至らなくても、大きな損害を被ったり、人々の考えを誤った方向に導いたりしてしまったのだ。

実を言えば、私自身もその一人だった。当時、それらの理論に熱中し、熱心な信者となって技法を身につけることに夢中になった。そして、それを会社経営に適用すれば業績が向上し、会社が発展していくと信じて疑わなかったのだ。

私は懸命に、自分が身につけた技法を仕事に応用していった。太平洋戦争中、中島飛行機で働いた経験は、苦しいながらも懐かしい思い出として残っている。一人当たりの生産性を最大で五倍に引き上げたこともあった。

戦後も私は、生産技術者として働く中で、作業改善や治具の改良、レイアウトの合理化などに取り組んできた。その成果は決して私一人の力ではなく、関係者全員の協力によるものだが、それでもわずか二年間で作業者一人当たりの生産性を三倍にまで引き上げたことがある。

さらに、資材管理責任者として、混乱を極めていた外注・購買業務を完全に軌道に乗せることにも成功した。従来の追番管理方式に自分なりの工夫を加え、システムを素朴なほどに簡素化した結果、少人数でほぼ完璧な進度管理が可能になった。これにより在庫は大幅に削減され、倉庫はほとんど空っぽになったにもかかわらず、欠品はほぼ皆無という状況を実現した。

この方式は、これまでにいくつもの会社に導入され、目を見張るような成果を上げてきた。「一倉式追番管理方式」と名付け、自分でも少し誇りに思っている独自の手法だ。

下請け企業として、生産性が向上し、外注や購買が円滑に進んでいれば、問題はないはずだった。それにもかかわらず、会社は倒産してしまったのだ。

これらの合理化施策には、会社の倒産を防ぐ力など全くなかった。この経験を通じて、私の胸の中には、いわゆる「経営学」に対する疑念が、はっきりとした形を伴って広がり始めたのだ。

次に私は、ある小さな会社で工場長の職を得た。ところが、入社してみると、その会社はひどい赤字に苦しんでいることがわかった。小規模な企業だったため、私は社長に次ぐ立場となった。しかし、会社がこれほど赤字を抱えている以上、社長の経営能力が低いことは明らかだった。

実質的には、社長の役割を果たさざるを得ない状況だった。瀕死の状態にあった会社を立て直すため、私は必死に努力を重ねた。その結果、幸運にも黒字転換に成功し、さらなる発展への基盤を築くことができた。

この過程で、これまで学んできた経営学の手法はほとんど使わなかった。いや、むしろそれらを使っていたら、再建は不可能だったに違いない。この経験は、以前の会社での経験と結びつき、私の経営学に対する考え方を根本的に変えるきっかけとなった。そして、これまで買い集めて勉強してきた生産技術の専門書を、すべて売り払う決意をしたのだ。

これは決して、生産技術そのものを否定しているわけではない。生産技術が企業にとって非常に有力な武器であることは、私自身が駆使し、その効果を実感している。しかし、同時にその限界も痛感させられた。生産技術だけでは解決できない問題が、経営の現場には数多く存在するのだ。

私が考えたのは、生産技術に関しては、自分が取り組まなくても、もっと優れた人が無数にいるはずだということだ。そうであれば、その分野はそうした人たちに任せるべきだと判断した。

それよりも、あまり手が付けられていない「真に経営に役立つ経営学とは何か」を追求することこそ、自分の役割だと考えた。こうして私は、この時から「経営探求者」としての道を歩み始めたのだ。

それ以降、私は「経営とは何か」「会社はどうすれば発展し、なぜつぶれるのか」「経営者は何をすべきなのか」という問いを抱えながら、ひたすら考え続けてきた。その答えを追求することが、自分の使命だと感じていたからだ。

私が勉強の教科書として使ったものは、皮肉なことに、そして当然のこととして、いわゆる「経営学の専門書」とされるものはごくわずかだった。

私の学びの源は、経済学者や社会学者をはじめ、経営学者以外の学者や戦略家、小説家といった人々の知見だった。さらに、新聞や小説、伝記、講談、週刊誌といったものからも、貴重な情報や教訓を得ることができた。これらが私の思考を深める糧となった。

しかし、何よりも最も貴重な教科書となったのは、社長という存在そのものだった。社長の考え方や行動には、良い意味でも悪い意味でも、多くの教訓が詰まっており、それらが私にとって何にも代えがたい学びの源となった。

数多くの教訓の中から、いくつかの共通した考え方、つまり「原則」や「法則」と呼べるものが存在することが、次第に見えてきた。この原則こそが、本来の意味での経営学だと私は考えている。

これまでに私が得たものは、まだほんのわずかに過ぎない。しかし、それらは極めて貴重なものだと自負している。これから、その内容を述べていくつもりだ。

経営学に惑わされない「真の経営力」を求めて

「経営学」を自負する多くの手法や理論が溢れるなか、真の経営力が何かを見極めることは容易ではありません。これまでの経験を振り返ると、経営学と呼ばれるものの多くが実際の経営現場において逆効果をもたらすことも少なくなかったのです。専門的な技術や理論を学び、熱心に取り組んだ結果、思いがけず会社に損失をもたらすことさえありました。私自身も「経営学の信者」として突き進みましたが、その技法が会社の発展に直結するという思い込みが、いかに浅はかだったかを痛感しています。

実務の現場で、私は生産性向上の取り組みや管理体制の合理化を進め、大きな成果を上げましたが、皮肉なことにそれでも会社の存続を守ることはできませんでした。この体験から、私は経営学の本質に疑問を抱き始め、理論だけでは会社を守れない現実に気づきました。

やがて工場長として再び経営の現場に立つ機会を得たとき、私は経営学の手法をほとんど封印し、純粋に「人」と「現場」の力に目を向けました。最終的に、その方法が黒字転換への道を切り開く結果となったのです。この過程で学んだことは、経営学や生産技術に依存するだけでは足りず、時にはその枠を超えた視点が必要だということでした。

その後、私は「経営探求者」としての道を歩み始め、経営とは何か、そして真に有効な経営とはどうあるべきかを模索し続けました。私が経営を学ぶにあたり、教科書としたのは必ずしも経営学の専門書ではなく、むしろ、経営者の行動や考え方、小説や伝記などからの学びでした。その中で見えてきたのは、「経営とは原則を持ちつつ柔軟に人を活かし、現場に適応する姿勢である」というシンプルな結論です。

経営者にとって最も大切なのは、型にはまらない「人間としての柔軟さと信念」です。

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