赤字に苦しむT製作所は、約150名の規模を持ちながら、営業部門には部長と呼ばれる担当者が一人いるだけという、極端に営業を軽視した企業だ。
社長自身は営業を軽視しているつもりはなく、自社の技術力だけで経営を成り立たせられると考えていた。しかし、営業部長が一人では何も手が回らず、電話の前に座って顧客からの注文を受けるだけで手一杯の状態だ。要するに、実態は「受注部長」に過ぎないのだ。
そのような状況のため、主力製品の売上が思うように伸びず、操業度の不足を補うために、同業他社が敬遠するような特注品を受けることで何とかしのいでいた。
特注品とはいえ、特別に納期が長いわけではなく、受注のたびに煩雑な強度計算を伴う設計が必要となる。その結果、12名の設計要員を抱えていても対応しきれない状況に陥っていた。
日頃から関係のある得意先からの依頼である以上、高く売るわけにもいかず、「予算はこれだけしかない」といった低い指値で押し付けられることもしばしばだった。
この特注品が購買や外注の活動の80%以上を占め、製造部門の業務の20%にも及んでいた。それにもかかわらず、そこから得られる付加価値は全社の10%以下にとどまっていた。
こうした経営構造そのものが赤字の根本原因となっていた。しかし、社長はこの経営構造を自社の特色であり、むしろ強みだと信じ込んでいたのだ。
私は、製品分析の結果をもとに、赤字から脱却するための具体的な方策を社長に提案した。
- 特注品の受注を控え、主力製品の販売拡大に注力すること。その実現には、営業活動の強化が不可欠である。
- 特注品の受注を減らすことで余力が生まれる設計陣を活用し、営業部長と協力して新製品の研究開発を進めること。
これらが必要であると説いたが、社長にとってこれは全く予想外の提案だった。今までの経営方針とは正反対の内容だったからだ。
それだけに、私の勧告を社長はなかなか納得しようとはしなかった。しかし、最終的な決め手となったのは製品分析で示した具体的な数字だった。その説得力には抗えず、社長もついに方針転換を決断した。そして、結果的にその転換が功を奏し、赤字から黒字への転換を実現することができたのである。
方針転換に際して特に難航したのが営業部門の増強だった。私は新規採用に頼るのではなく、まず社内のスカウトで補うべきだと強調した。人手不足の時代に、小規模な企業へそう簡単に有能な人材が集まるはずもない。仮に応募があったとしても、採用する前に「どこか問題がある人間かもしれない」と慎重に見極める必要があったからだ。
社内スカウトのターゲットにしたのは製造管理部門だった。現場事務所には15名ほどが机を並べて仕事をしているが、その人数は明らかに多すぎる。彼らの仕事内容を詳細に調べなくても、不必要な業務が含まれていることは容易に想像がついた。本来必要な仕事をこなすには、2〜3人いれば十分なはずだからだ。
現場の責任者は、「うちはあんなに大勢の扶養家族を抱えているんです。これじゃいつまでたっても楽にはなりませんよ」と愚痴をこぼしていた。私は、現場事務の人員を適正化し、削減によって浮いた人員と経費を営業活動に振り向けるべきだと進言した。ただし、削減した人員をそのまま営業に回せと言っているのではない。社内スカウトによる配置転換で空いた穴を埋める工夫をすることも必要だった。
社長は「では、何人減らせるか調べてもらいたい」と言った。だが、私は「そんな調査では意味がありません。それより、社長と私の二人で帳票類を直接見てみましょう」と提案した。そして、「今日の仕事が終わったら、現場事務所の帳票類を全部三階の会議室に集めてください。今夜は徹夜です」と続けた。社長は「えらいことになったな」と苦笑しつつも了承した。
その晩、私たちは会議室に山積みになった帳票類に取り掛かった。とはいえ、実際に調べたのは社長一人で、私はその様子をニヤニヤしながら眺めているだけだった。
社長は帳票類を一つひとつ確認し、必要か不要かを判定していった。その間、驚いたり、呆れたり、時には怒ったりと忙しい表情を見せていた。そして、意外にもその作業はたった二時間で終わってしまった。
結果は驚愕の内容だった。調べた帳票類のうち、実に85%が不要と判定されたのである。
この例で示されるのは、T製作所がいかに無駄な業務や不必要な人員を抱えていたか、そしてその「扶養家族」に似た余剰人員が経営に負担をかけていたということです。営業部門が弱体化していたため、得意先の言いなりになり、利益を生まない特注品を請け負わざるを得ない状況にありました。それは結果的に、手間のかかる業務を増やし、設計や製造リソースを無駄に消費していたのです。
その状況において、従来の考え方を大幅に転換し、営業活動を強化し、特注品依存から脱却して主力製品の拡販に力を注ぐことで、会社は赤字から黒字へと回復しました。さらに、社内の不要な業務や人員の見直しにより、不要な業務を削減し浮いた人員を営業に振り向け、会社のリソースを効果的に使う方向へとシフトさせました。
この事例は、経営者が企業内部のムダを見極め、必要な改革を自ら推進することで、会社の収益性や効率が大幅に向上する可能性を示しています。
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