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能率に目がくらんで

P社は、中堅クラスの電線メーカーだ。かつてはかなりの実績を上げていたものの、競争の激化に伴い、収益性は次第に悪化していった。

P社の社長は、現行の事業ではどんなに改善を試みても、増え続ける人件費や経費を賄うのは不可能だと感じている。このため、将来の収益を拡大するためには新規事業の開発が不可欠だと考え、開発部門を設置して新商品の研究開発に着手した。一方で、社長のこの方針に真っ向から反対しているのが会長である。

会長の主張は、「新商品の開発だなどと聞こえのいいことを言いながら、もう数年も研究を続けているが、いまだに具体的な成果は何も出ていないではないか。いつ形になるかもわからないような新商品の研究に時間と資金を注ぐよりも、もっと堅実に収益を上げられる方法を考えるべきだ」というものだ。

「我が社は電線メーカーだ。もし電線の直径のばらつきをたった1ミクロンでも減らすことができれば、毎月何百万メートルも生産しているのだから、浮いてくる材料費の節約額は相当なものになる。こうした課題がまだ山積しているのに、それを放置して新商品の開発に手を出すのは軽率で浮ついた考え方だ」というのが会長の意見だ。

会長の意見は一見もっともらしく聞こえるが、実際には観念論に過ぎない。P社は創業以来数十年にわたり、コスト削減を最優先課題として取り組んできた。その中でも特に重要なテーマの一つが、電線の直径のばらつきをなくし、さらに規格の下限ぎりぎりに収めることであったし、それは現在も続いている。

しかし、この課題は技術的にほぼ限界に達しており、これ以上ばらつきを減らそうとすれば、逆にコストが増大する段階に来ている。会長にはこの現実が理解できておらず、それにもかかわらず観念論を振りかざしているのだから厄介だ。この手の人間は、効率や合理化、コスト削減以外の視点を持つことができないのである。

そうした発想に囚われている限り、増え続ける人件費や経費を永続的に賄い続けることは不可能だという現実に気づかない。能率の亡者となり、結果として自らの会社を破綻へと追い込むことになるのである。

能率向上というものは、初期段階では確かに大きな効果をもたらすが、やがてその効果は次第に減少し、最終的には能率向上のための投資が、その成果で賄えなくなる段階に達する。一方で、人件費と経費は確実に上昇し続ける。その増大を吸収しつつ利益を出すような収益は、既存の事業ではどんなに工夫しても実現不可能だ。だからこそ、増大するコストを補い利益を確保するには、新商品や新事業の開発が不可欠なのである。

B社はエアクリーナー用フィルターの専門メーカーだ。かつては主に自動車用フィルターを手掛けていたが、近年では公害防止装置向けフィルターの売上比率が徐々に高まってきた。この新分野の商品は非常に高い収益性を誇り、自動車用フィルターの低収益を補う形で、全体として良好な業績を維持していた。

ところが、B社の社内報を見て驚かされた。そこに掲載されている記事は、社長をはじめ、能率、コスト、品質の話題ばかりで、公害防止用フィルターに関する記事は一言も触れられていなかった。さらに、これまでの社内報でこの分野に対する社長の方針が掲載されたことがあるかを確認すると、驚くべきことに、一度もないというのだ。

では、公害防止用フィルターに関する社長の方針はどうなっているのかと尋ねると、驚いたことに「そんなものはない」という答えが返ってきた。そもそも、公害防止用フィルターは「継子」のような存在であり、相手から勝手に注文が来るから仕方なく対応しているだけだ、というのが社長の見解だったのだ。

私は呆れ果ててしまった。公害防止用フィルターは、B社にとって願ってもない新商品だ。この分野は成長産業であり、さらに高収益をもたらしている。加えて、B社の市場多角化を実現するという極めて重要な役割を果たしている商品なのである。それにもかかわらず、この扱いとは信じられない思いだった。

せめて社内報には、「我が社の新商品として公害防止フィルターが誕生した。この分野にも自動車用と同様に力を注ぎ、これを企業の新たな成長の柱とする。自動車用フィルターと公害防止フィルターという二本柱の確立により、企業の安定性がさらに向上した」というような内容を記載するくらいの姿勢があってもいいのではないかと思う。

B社の社長にとって重要なのは、作業の能率や商品の品質だけであり、会社の将来の安定を担保する「商品構成」や「新事業」には関心がない。そこに見えてくるのは、技術者としての視点に偏った「職人経営」の姿だ。

職人経営の恐ろしさは、市場の変化や顧客の要求を完全に無視し、ただひたすら能率、コスト、品質だけを追求し続ける点にある。どれだけ能率が向上しようと、コストが削減されようと、品質が優れていようと、それだけでは商品の斜陽化を防ぐことはできないという基本的な事実が理解されていないのだ。市場の動向や顧客のニーズに目を向けることなど、初めから考えの外にあるのがこの経営の致命的な弱点である。

B社の場合、たまたま市場の変化が幸運にもプラスに作用したために問題が表面化していないだけの話だ。しかし、もし市場の変化がマイナスに作用したとしたら、何の手立ても打てず、赤字転落から倒産へと一直線に進むことは避けられないだろう。この偶然に依存した経営は、極めて危ういものだと言わざるを得ない。

「能率主義」を捨て、「顧客主義」に徹することこそ、企業が存続するための基本条件である。顧客主義に徹することで初めて、社長の関心が「我が社の事業」のあり方そのものに向けられるようになる。市場や顧客のニーズを第一に考え、その変化に適応し続ける姿勢こそが、長期的な安定と成長を可能にする鍵である。

さらに、顧客の要求の変化を的確に捉えることが、いかに重要であるかが認識されるようになる。顧客の要求が変化したとき、それが自社にどのような影響を及ぼすのかを深く考えることで、現状のままでは企業としての持続が難しいという現実に気づかざるを得なくなる。この認識こそが、新しい方向性を模索し、事業を進化させる原動力となるのである。

能率に目がくらんで ― 新たな成長の道を探る視点

能率とコストを追求することは、企業の基盤を支える大切な要素です。しかし、それに固執し過ぎて市場や顧客の変化に目を向けなければ、企業の成長どころか存続すら危ぶまれることがあります。P社やB社の事例から学ぶべきことは、どんなに現行の効率化が優れていても、未来を見据えた新事業や商品構成へのシフトが必要だという点です。

1. 能率追求だけでは限界がある

P社は電線メーカーとして長年、能率向上やコスト削減に尽力してきましたが、社長が「新しい収益源を見つけなければならない」と判断したのに対し、会長はさらなる効率化で解決すべきだと主張しました。会長の考えには一理あるものの、現状の効率化努力が限界に近づいており、さらなる向上には高いコストがかかるだけでなく、既に効果も薄れている状態でした。つまり、過度な能率主義にこだわり、現実を見ていない姿勢が問題だったのです。

2. 成長産業への新たなアプローチ

B社の場合は、偶然にも公害防止装置の需要が高まり、会社の新たな成長の柱となるフィルター事業が芽生えていました。しかし、社長はその分野を重要視せず、「たまたま注文があるから」という姿勢で受け流していました。このように、企業の新しい成長の可能性を無視し続ける姿勢は、職人経営と呼ばれる「現状維持に固執する経営の罠」に陥る原因となります。

3. 顧客主義への転換の重要性

市場や顧客の変化に敏感になることは、企業の将来を支える鍵です。B社は、公害防止フィルターが同社にとって大きな成長の機会となっているにもかかわらず、それを活用せず、ただ効率やコストに目を向け続けていました。このような場合、能率追求を一度離れ、顧客のニーズに耳を傾ける顧客主義に目を向けるべきです。顧客の期待と市場動向を把握することが、長期的な企業の安定と成長を支えるために欠かせません。

4. 現在と未来のバランス

能率とコストを追求することが即効性のある策である一方、企業の将来性を見据えた新事業や新商品の開発は長期的な投資です。P社やB社にとって、現在の能率向上も重要ですが、未来のために新しい収益源を探る視点が欠かせません。短期的な効率向上と長期的な成長のバランスを取ることが、経営の健全性を保つための重要な戦略といえるでしょう。

結論

効率化は企業運営の基本ではありますが、能率だけに囚われていては市場の変化や顧客の期待に応えることができません。能率主義を脱して、顧客主義を基軸にした成長戦略を打ち立てることで、企業は市場の変動にも柔軟に対応し、持続可能な発展を遂げることが可能です。

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