T電気は中堅の重電メーカーで、他社には真似できない製造技術を誇るだけでなく、新製品の開発でも実績を積み重ねている。開発部門には試作工場があり、研究員たちが自らのアイデアや設計をここで形にしている。この手法自体は珍しいものではないが、同社の特徴の一つと言えるだろう。これにより、研究員が机上の空論に陥らず、実際の現場との乖離を防ぐことができている。
T電気の新商品開発方針は以下のように整理されている。
- 専門性が高く、用途の幅広い製品を目指す
- 開発は自社主体で行う
- 大規模な装置産業的アプローチは避ける
- 電気分野に特化する
- 三〜五年後を見据えた展望を持つ
- 重点テーマは五つに絞る
- 五つのうち、二つは具体的な開発研究を進め、残りの三つ以下は調査や資料収集に留める
- 開発を進める二つのテーマのうち、成果が上がった方に全力を集中させる
- 開発の結果が不調であれば、そのテーマを切り捨て、次のテーマに移行する
さらに、付随する方針として、開発要員の質を最優先し、必要であれば外部からのスカウトも積極的に行う。
この方針は、社長の考えを具体的かつ明快に反映しており、こうした明確な方向性の表現が、方針を現場に浸透させるうえで極めて重要である。
特に注目すべきは、「有力テーマを五種類に限定する」という点だ。開発テーマというものは放っておけば次第に増殖していく傾向がある。その主要な原因は、営業部門から多種多様な課題や要望が次々と持ち込まれることにある。このような状況を野放しにすると、テーマが際限なく増え、収拾がつかなくなってしまう。したがって、明確に数を絞り込むことは、開発の効率を保つための極めて重要な策と言える。
優れた成果を生み出すためには、ただ闇雲に取り組むだけでは意味がない。対象を明確に絞り込み、そこに資源を集中投下することこそが成果を達成するための核心である。効率的かつ効果的に取り組むことで、限られたリソースを最大限に活用することができる。
ソニーで研究所が設立された際、井深大は初代研究所長にこう伝えたという。「研究所長の最も重要な役割は、どの研究テーマを採用するかではなく、どの研究テーマを捨てるかにある」。この言葉もまた集中主義の本質を表している。優れた経営者は、あれもこれもと手を広げるのではなく、焦点を絞り込むことが成果を最大化する鍵であることを深く理解している。
T電気の社長も、この「集中の原則」をしっかりと理解している。そのためこそ、数々の開発を成功に導いているのだ。特に興味深いのは、二つのテーマを並行して進めつつ、その中で進捗が優れている方に全力を注ぐという戦略だ。この柔軟かつ効率的な手法は、リスクを分散しながらも最終的にリソースを一点集中させることで、大きな成果を狙う合理的なアプローチである。
社長の説明はこうだ。「一つのテーマに絞って進めた場合、それが失敗したときには、次のテーマに着手するのに第一歩から始めなければならない。これでは時間がかかりすぎる。だから二つのテーマを並行して進める。そして、その中で成功の見通しが立った方に全力を注げば、開発活動を最も効率的に進められる。」この発想は、経験から培われた実践的な知恵であり、失敗のリスクを軽減しつつ成果を最大化する優れた戦略と言える。
Y社は金属の表面処理剤を製造する企業であり、新商品開発の対象は主力商品の脱脂剤と脱錆剤に明確に絞られている。そのため、Y社の開発方針は、いわば商品開発における具体的な条件の設定として表現されている。
その内容は以下の通りだ。
- 自社のリソース(人、物、金、時間)を最大限に活用でき、全社的な販路拡大が可能で、市場シェアを大きく伸ばせる製品を対象とする。
- 開発費は売上高の0.5〜0.6%以内(研究員1人当たり1日1万円のコスト基準)。
- 市場ニーズに基づく「シンデレラ商品」で、会社の命運を賭けるべきものについては、1の条件に関係なく開発を推進する。
この方針は、Y社が自社資源を効果的に活用しつつ、市場での競争力を高めるための実践的な枠組みを示している。また、「シンデレラ商品」という特例を設けることで、革新的な商品や大きな市場機会を逃さない柔軟性を確保している点が特徴的だ。
Y社では、新商品の開発プロセスを段階ごとに明確に定め、それぞれに具体的なチェック項目を設けている。その手順は以下のように整理されている。
1. マーケットニーズの調査
- 市場調査や刊行物を通じた情報収集
- トップやミドル層の得意先訪問から得られる情報
- 営業員が持ち帰る現場の声
- 技術者が研究過程で発見した新技術
2. 新商品候補のストック
- アイデアをリスト化し、潜在的な候補を蓄積する。
3. 新商品開発テーマの決定
- 市場規模と顧客基盤:顧客数や市場の大きさを評価
- 性能と特徴:顧客の要望に基づくものであること(自己満足的な開発は排除)
- 価格設定:顧客にとってのメリットと自社の利益を両立する価格
- プロジェクトチームの編成:適切な人員配置
- 研究方針の確立:製造原価の目標を初期段階で設定する場合と、研究過程で決定する場合の2通り
- 予算と期限の設定:プロジェクトの枠組みを明確化
- 中間チェックの間隔:進捗確認の頻度を決める。
4. 開発研究の実施
- 開発マニュアルに基づく手順
- 基礎研究の実施
- 計画書の作成(詳細な内容と日程を含む)
- 中間チェックの実施(討議と併せて進行状況を確認)
- テーブルテストによる初期検証
5. モニターテスト
- テスト先の選定
- テストデータの作成と分析
- 最終確認(使用説明書の確認を含む)
6. 発売計画の立案
- 名称の決定:顧客が覚えやすく、社内での管理も簡便なもの
- 価格の設定
- 発売時期の選定
- 宣伝計画の策定
チェック項目の意義
このようにプロセスごとにチェック項目を明確化することで、作業の抜けや漏れを防ぎ、スムーズで効率的な新商品開発を実現する。この体系化された手順は、組織としての開発力を高める賢明な方法といえる。
よくある失敗例として、商品自体は完成したものの、箱や梱包材の手配が遅れたことで、発売時期を無駄に遅らせてしまうケースが挙げられる。こうしたミスは、商品そのものにばかり注意が向き、発売に必要なカタログ、価格表、梱包といった周辺準備が後回しにされることで起こりがちだ。
こうした問題を防ぐためには、手順やチェック項目を明文化しておくことが非常に有効だ。一度明確にルールを決めておけば、それ以降の新商品開発にも同じ基準を適用できるため、効率が向上し、ミスの発生も抑えられる。「手間がかかる」と面倒がらずに、必ず文書化して体系的に管理すべきである。これが、発売準備の万全を期すための基本であり、安定した開発プロセスの鍵となる。
T電気やY社の例からわかるように、効果的な開発方針の構築には、「集中と明確化」が鍵です。以下に、開発方針を作成するための基本的な要素をまとめてみます。
1. 開発テーマの明確化
企業のリソースは限られているため、開発テーマを厳選し、優先順位をつけることが重要です。
- テーマ数の限定: 最重要テーマを5つ程度に絞り、重点的に取り組む。
- 並行開発と集中: 成功の見通しが立ったテーマに全力投球し、リソースを集中的に投入する。
2. 開発の対象と範囲を明確にする
- 事業領域の絞り込み: T電気のように「電気関係に絞る」といった事業範囲の明確化。
- 装置産業的なものを避ける: 製品の種類や規模感も、リソースと収益を見越して明示します。
3. マーケットニーズの把握と確認
- 市場調査と情報収集: 営業部や顧客からの情報を収集し、ニーズを正確に捉える。
- 開発テーマの評価基準: 市場規模や収益性、競合優位性など、テーマを選定するための基準を設定する。
4. 開発フローの標準化とチェックリストの活用
- 開発プロセスの明文化: 各工程を標準化し、手順やチェック項目を文書化。
- チェックリストの導入: Y社のように、細かい点(梱包やカタログ作成)までチェックリストで管理する。
5. 社内外のリソース活用
- 必要なスキルと人材確保: 開発要員は質を重視し、必要であれば外部の専門家やスカウトも視野に入れる。
6. 時間軸を持った開発
- 中長期的視点: 3〜5年先を見越した開発計画を策定し、企業の未来の収益に寄与する方針を立てる。
7. 社内の明確な指針と共有
- 開発方針の共有: 開発方針を具体的でわかりやすい形で社内に伝え、全員の理解を得ることで、統一した行動を促す。
このように、開発方針は具体的かつ現実的な内容でなければなりません。
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