MENU

新技術を活用する

第四章で述べたアキタのVプロセスは、単に画期的な新技術というだけでなく、その応用方法の卓越さが際立っている。その仕組みは、まさに完璧に近いものと言えるだろう。

私がVプロセスの話を久保社長から聞いた際、最初に投げかけた質問は「周辺特許はいくつあるのか、そしてどの国に特許出願しているのか」という内容だった。その問いに対する久保社長の答えを聞いた瞬間、思わず舌を巻いた。

周辺特許は約150件、さらに現在出願中のものが50件ほどあるという話だった。特許というものは、基本特許だけでは守り切るのはほぼ不可能だ。基本特許を中心に、それを十重二十重に囲む周辺特許で防御を固めるものだからだ。その結果、さすがの三菱重工ですらこの特許を突破できない状態にあるらしい。聞けば、三菱の技術陣によって破られない特許というのは極めて少ないと言われている。その三菱が手も足も出ないというのだから、驚嘆に値する。

周辺特許は、単に基本特許を防御する役割にとどまらない。その有効期間が基本特許の実質的な有効期限を延長する役割も果たしている。それにもかかわらず、久保社長は「この特許の実質有効期間は8年だと考えて対策を立てている」と述べていた。この慎重さと計画性には驚かされる。その周到さは、特許を海外に出願する戦略にも表れている。どの国でどのように特許を取得するかを綿密に計画し、競争相手の動きを封じる布石を打っているのだ。

外国への特許出願について久保社長は、「鋳造工場を建設される可能性のある国はすべて対象にしている」と語っていた。その徹底ぶりを示す一例が、ルクセンブルクへの特許出願だ。もしこの国で特許を取っていなかった場合、他国の企業がルクセンブルク籍の会社を設立し、そこでVプロセスを展開されたら手の打ちようがなくなる。そうした事態を未然に防ぐため、あらゆる可能性に目を配っているのだ。このような戦略的な視野が、この技術を支える盤石の特許網を形作っている。

次に事業方針について述べる。以下に箇条書きで説明を進める。

  1. Vプロセスによる製造は、自社では一切行わない。 この方針は極めて賢明だ。特許は永続的なものではなく、いずれ期限が切れる。そうなれば、多くの企業が一斉にこの技術を用いた生産を開始するだろう。塩ビのブローホール成型法がその典型的な例だ。もし自社で製造を行っていたなら、特許切れの瞬間に競争力の源泉をすべて失い、限界生産者として市場の中で埋もれてしまうリスクが高い。最悪の場合、かつての小さな鋳物工場に逆戻りする可能性も否定できない。その未来を見据えた上での選択と言える。

「特許の有効期間中に稼げばいいのではないか」と思うかもしれない。しかし、いくら努力しても、特許の有効期間内における生産能力には限界がある。設備投資をどれだけ増やしたとしても、元々の規模が小さい以上、その成果はたかが知れている。短期的な利益を追求するだけでは、長期的な競争力を失うリスクを回避することは難しい。

潜在需要は莫大であり、自社での生産ではその数千分の一、あるいは数万分の一程度しか供給できないだろう。それほどの需要が存在するにもかかわらず、自社生産に固執するのは、労多くして功少なく、さらには大きなリスクを伴う愚策と言える。久保社長の選択は実に理にかなっている。他社へ技術を供与し、その対価として許諾料やロイヤリティを得るというビジネスモデルを採用しているのだ。この方針により、潜在需要の巨大な市場を広くカバーしつつ、自社のリスクを最小限に抑えることが可能になる。

これは非常に賢明な戦略だ。自社には生産設備を持つ必要がなく、特許が切れた際にも、失うのはロイヤリティ収入だけで、それ以外の打撃はほとんどない。それどころか、他社への技術供与を選ぶことで、日本国内だけでなく世界中の鋳造会社が潜在的な顧客となる。その結果、許諾料やロイヤリティとして得られる収益は、自社で製造を行った場合の利益とは比較にならないほど大きなものとなる。この仕組みにより、自社製造では到底及ばない規模の収益を確保できるのだ。

  1. 自社で行うのは、以下の活動に限定する。
  • Vプロセスの設備技術の向上研究と用途開発
  • Vプロセスを活用した新商品の開発と鋳造方案の作成

新商品は鋳造方案とセットで他社に製造販売権を供与し、その対価として許諾料とロイヤリティを得る仕組みだ。この方法は実に巧妙と言える。原材料や工賃を売るといった低収益な業務は一切排除し、頭脳集団として機能することに徹しているのだ。効率が高く、収益性にも優れた活動に絞ることで、無駄を徹底的に排し、最大限の利益を確保する戦略がここにある。

  1. 頭脳集団化とその強化のため、研究所を大胆に拡充する。

この方針のもと、一万数千坪に及ぶ広大な敷地を購入し、研究所の拡充に充てる決断が下された。こうした大規模な投資が可能なのも、特許の活用による安定した収益があればこそだ。これにより、さらなる技術開発や用途の拡張が可能となり、頭脳集団としての基盤が一層強固なものとなる。これは、長期的な競争優位を確立するための重要な一手である。

  1. 研究対象をVプロセスに限定せず、自由な発想による新技術や商品の開発に注力する。

Vプロセスの特許がいずれ切れることを見越し、それに代わる新たな収益源を創出するための研究を開始するという方針だ。この柔軟かつ先見的なアプローチは、特許切れ後のリスクを回避し、事業の持続的な成長を支える礎となる。特定の技術に依存するのではなく、多様な可能性を追求することで、将来の市場を見据えた強い競争力を構築しようという意図が見て取れる。

  1. Vプロセスの機械の製造権は特定の業者に与える。ただし、販売先はVプロセスを供与した企業に限定する。

形式上は製造権の供与だが、実態としては委託製造に近い形態である。業者は自由に販売する権利を持たず、あくまで供与先に限定された市場にのみ販売できるためだ。この仕組みにより、供与先との技術的・商業的な統制が保たれ、機械の供給に伴う許諾料やロイヤリティも安定的に得られる。自由販売を許さないことで、競争の無秩序化や技術流出のリスクも回避できる戦略的な取り組みだ。

以上がその骨子である。開発した技術を基に、最小限の投資で最大限の収益を上げるという、極めて優れた事業方針だ。このような方針を打ち出せた背景には、まず市場を注意深く観察する鋭い洞察力がある。そしてもう一つは、久保社長が脳漿を絞り尽くし、血のにじむような努力を重ねて築き上げた戦略的思考の賜物である。この二つが見事に融合した結果が、現在の独創的で効率的な事業モデルを生み出しているのだ。

方針を推進する上で最も重要なのは、他社への技術供与の方法である。この部分を誤れば、業界全体が混乱に陥る可能性があるからだ。そのため、通産省もこの技術のスケールの大きさを重視し、行政指導の方針を明確に打ち出していた。その内容は、「ロイヤリティを取ることは認めるが、基本技術として全ての企業が自由に利用できるようにすべきだ」という完全公開方式であった。この指針は、技術の普及と市場の健全な競争を同時に実現しようとするものであり、業界全体の利益を考えたものである。

しかし、これは役人特有の「実際を知らない観念論」に過ぎない。もしこの方針がそのまま実行されたなら、業界全体は蜂の巣をつついたような大混乱に陥るだろう。日本人の気質として、業界全体の調和や他社の立場を考慮せず、自社の利益や都合だけを優先して突き進む傾向が強い。そんな状況下で完全公開方式を採用すれば、競争は過熱し、秩序を失った無制限の乱戦が繰り広げられることは目に見えている。このリスクを考慮せず、机上の理論だけで進めるのは極めて危険だ。

大企業が中小企業の分野を無秩序に荒らし尽くすことは、容易に予想できる事態だ。そうなれば、業界全体のバランスが崩れ、中小企業が壊滅的な打撃を受けるのは避けられない。この現実を踏まえ、久保社長は通産省の基本方針には表向き従う姿勢を見せつつも、その具体的な運用方法については独自の考えを提示し、通産省を説得する道を選んだ。こうして、自らの戦略を貫きつつも、行政との調和を図るという巧妙な対応を実現したのだ。

社長が打ち出した具体策の第一は次の通りだ。

  1. 零細企業や小規模企業、ならびにその商品を対象から外す。

この方針の具体例として挙げられるのが、高岡の置物や南部の鉄器などの地場産業だ。これらの業種において、特定の企業にのみVプロセスを許諾すれば、他の業者が競争に敗れ、存続が難しくなることは明らかである。地場産業のような小規模な伝統工芸をVプロセスで淘汰するようなことは決して許されない。そこで、こうした業者や商品については、どの企業にもVプロセスの使用を認めないという決断を下した。この方針は、業界全体の公平性を守るだけでなく、伝統的な文化や地域の価値を守ろうとする立派な態度を示している。

  1. 許諾を与える企業は、信用と実績のある優良企業に限定し、業界に混乱を招かないように対象商品を厳密に規定する。

技術許諾を受けた企業であっても、自由に好きな商品を製造できるわけではない。許諾された範囲内で、あらかじめ決められた品目だけを製造することが許される。この制約を設ける理由は明確だ。大企業が中小企業の分野にまで手を伸ばし、例えばフェンスのような中小企業向けの商品まで大量生産を始めれば、中小企業が打撃を受け、業界全体のバランスが崩れることになる。そこで、フェンスのような製品は中小企業の許諾品目とし、大企業の進出を防ぐ。この方針により、中小企業を守りながらも技術の普及を進めるバランスの取れた仕組みが実現されている。

この巧妙な「交通規制」によって、業界の混乱を未然に防ぎながら、許諾を受けた各企業には十分なメリットを与え、同時に消費者の利益も確保するという絶妙なバランスが実現している。技術の普及、業界の秩序、そして消費者への恩恵をすべて両立させたこの方策は、まさに見事というほかない。

外国への許諾においては、各国で影響力のある商社を選び、その商社をエージェントとして指定する方針を採用している。しかし、エージェントが権利を抱え込んだまま動かない事態が起こる可能性もある。このような場合、その商社自体が障壁となり、その国での展開が滞るリスクが生じる。

これを防ぐため、久保社長はあらかじめ自らの行動の自由を確保している。エージェントが動かない場合には、直接その国で活動を展開するか、新たに別のエージェントを選定することが可能な仕組みを整えている。このように、どのような状況にも対応できる体制を備えている点に、社長の用意周到さと先見性が際立っている。

さらに注目すべき点は、特許を守る責任を特定の大企業に担わせる仕組みが構築されていることだ。許諾時の契約によって、特許侵害という厄介な問題が発生した場合、その対応はその大企業の責任で行われるようになっている。この手法により、自社が直接特許侵害のリスクに対応する負担を軽減しながら、特許の保護を確実に実現している。

このように、技術の展開におけるリスク管理を徹底し、抜け目なく体制を整えている点に、久保社長の緻密な戦略と巧みさが改めて浮き彫りになる。

Vプロセスは、そのスケールの大きさから見ても、極めて画期的な発明だ。そして、その可能性を最大限に引き出し、効率的に活用する久保社長の手腕によって、この技術は優れた成果を生み出している。技術の開発はもちろん重要だが、それをいかに運用し、収益化し、業界全体に調和をもたらすかという戦略も同様に重要である。久保社長の事例は、技術そのものの価値と、その活用法の巧妙さが如何に重要であるかを鮮やかに示している。

しかし、どれほど優れた技術であっても、活用の道を知らなければその効果を実現することはできない。技術開発を活用するという作業は、技術を生み出すことそのものとは異なる難しさを伴う。その難しさの本質は、活用が外部に向けたものである点にある。外部の状況やニーズを正確に把握し、それに応じた適切な戦略を立てなければ、技術は有効に活用されない。外部の環境を的確につかむ力こそが、技術活用の成否を決定づける鍵となるのだ。

だからこそ、社長には私が繰り返し言う「外に出よ」という言葉の真意を理解し、実践してほしいのだ。スケールの大きな優れた技術を持っていても、その活用方法を知らなければ、技術の価値は十分に引き出せない。その点で、Vプロセスは見事に活用された好例だ。

ここで、Vプロセスとは対照的に、優れた技術を持ちながらも、その活用方法を知らなかったために成果を上げられなかった事例を紹介したい。この対比を通じて、技術の運用と活用の重要性について深く研究していただきたいと思う。

F社長から、別会社で進めている新技術の実用化がうまくいかないという相談を受けた。どうも社長という立場の人たちは「別会社」という仕組みに特別な魅力を感じるようだ。しかし、まだその技術が成功するのかどうか、海のものとも山のものとも分からない段階で別会社を立ち上げるのは得策ではない。そうした無計画な展開は、資源の分散や管理の複雑化を招き、技術の可能性を見極める前に大きなリスクを抱えることになる。

とにかく、会社を訪問し、現物を見せてもらったうえで、技術のいきさつを詳しく聞いた。それは、ある街の発明家から権利を買い取った技術で、全く新しい方式を採用した低騒音の削岩機だった。外見や構造からは従来の削岩機とは一線を画す設計思想がうかがえ、確かに興味深い発明ではあった。しかし、実用化の難しさや市場性を踏まえたうえで、どのような課題があるのかを探る必要があった。

従来の削岩機はエアーコンプレッサーを使用するため、「タッ、タッ、タッ」という激しい排気音が発生する。この騒音はユーザーにとって大きな悩みの種であり、現場では騒音公害として厳しい批判を浴びている。特に都市部や住宅地に近い現場では、この問題が顕著であり、削岩機の騒音を低減する技術の必要性がますます高まっている状況だ。

新型の削岩機は、エアーと油圧を組み合わせることで、エアーを機械内部で循環させる設計を採用している。このため、従来機で問題だった「タッ、タッ、タッ」という排気音が完全になくなり、聞こえるのは破砕音だけだ。さらに、この方式はエネルギー効率が高く、構造もシンプルであるため、小型軽量化が可能になり、製造コストや販売価格を抑えられる。加えて、維持費も低いため、経済的な利点が多い。この技術は従来機の課題を一挙に解決する革新性を備えているといえる。

排気音を出さない方式の削岩機は、アメリカとドイツにもそれぞれ一つずつ存在している。しかし、これらはどちらも大がかりな構造を持ち、価格が高く、維持費も嵩むという課題がある。それに対して、E社の新型削岩機は、小型軽量であるうえに価格も維持費も抑えられており、これらの競合製品と比較して、あらゆる面で優れているとされている。この技術的優位性が本当に市場で評価されるかどうかは、今後の展開次第だが、少なくともポテンシャルは非常に高いと言える。

一見すると良いことずくめのように思える新型削岩機だが、うまくいかない理由は砕く対象物の性質にある。削岩機が相手にするのは、硬さや密度が異なるコンクリートや自然の岩石といった非常に多様で予測が難しい素材だ。それぞれの材質が持つ特性に応じた破砕力や効率を求められるため、設計上の工夫だけでは対応しきれない課題が浮き彫りになっている。

特に自然の岩石は、硬度や内部構造が不均一なため、一律に効果を発揮するのは難しい。この多様性に対応できないと、製品としての実用性に限界が生じ、結果的に市場での評価も低下してしまう。この点が克服すべき最大のハードルとなっているのだ。

特に自然の岩石は硬度が均一ではなく、想定通りの性能を発揮することが難しい。この点が販売の大きなネックとなっている。当初はエンジン付き車両に削岩機を搭載し、最終商品として完成形を目指していた。しかし、車両自体の設計や製造が思うように進まず、結果的に実用化が困難となった。

現在では方針を変更し、削岩機をユニットとして既存の土木機械に取り付けられる形態にしている。このアプローチにより、製品の柔軟性が向上し、既存機械を活用する顧客のニーズにも応えやすくなった。ただし、この転換がどの程度市場での評価を改善できるかは、まだ未知数だ。

このユニットは現在、月産30台ほど製造され、土木機械メーカーに販売されている。収益性は良好で、一定の需要を獲得しているものの、性能面での問題が多く、これが大きな課題となっている。

具体的には、削岩対象の岩石やコンクリートの硬度の違いに対応しきれず、ユーザーが期待するパフォーマンスを十分に発揮できないケースがある。そのため、顧客からのクレームや改良要求が相次いでおり、これが販売の継続性や市場拡大の妨げとなっている。製品の根本的な性能向上が求められている状況だ。

このユニットの開発には、すでに3年もの間、「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を重ねているが、対象が自然の岩石やコンクリートといった予測不能な素材であるため、対応に苦慮している。相手が自然物であるがゆえの不確実性が、性能の安定化を妨げているのだ。

これまでに投入した開発費はすでに2億円を超え、資金面での負担が大きくなっている。このままでは資金が尽きて事業が立ち行かなくなるという危機感が漂っている。技術的な打開策や新たな市場戦略を早急に見出さなければ、事業継続そのものが危ぶまれる状況に追い込まれている。

一通りの事情を聞いた私は、これは非常に困難な状況だと感じた。問題の本質は、F社長が事業経営の基本を全く理解していない点にある。事業とは何か、その構造や運営の本質を知らないまま進めているのだ。もちろん、誰も社長に事業経営を具体的に教えた人がいなかったのだろうから、責めることはできない。しかし、このままの状態が続けば、事業は破綻するか、早晩断念せざるを得ないだろう。

経営に必要な基盤となる視点や判断力が欠けたままでは、どれほど良い技術を持っていても、それを持続可能な事業として成り立たせることは難しい。F社長にとって、今が転機であり、根本的な見直しを迫られているのは明らかだった。

私は、まず事業そのものの原則について説明する必要があると感じた。F社長に対して、正しい事業認識の重要性を説き、それを基盤にして第一歩からやり直す必要性を強調した。

事業とは、単に良い技術や製品があれば成功するものではない。それをどう市場に適合させ、持続的に利益を上げられる仕組みを作るかが鍵だ。そのためには、対象とする市場や顧客のニーズを深く理解し、それに応じた製品の設計、販売戦略、コスト管理を徹底することが欠かせない。

F社長が抱える問題は、技術や製品そのものではなく、それを事業として成り立たせるための視点や計画が欠けている点にある。だからこそ、まず事業の基本を理解し、そこから新たに構築し直す必要があるのだ。これを最優先に進めることが、今後の成功への第一歩であることを伝えた。

以下に、特許を事業化する際の要点を箇条書きにしてまとめる。

  1. 特許を事業化する際は、特許が切れた後のことを発想の原点とする。
    特許を取得した瞬間に、それが特許庁からの「販売保証書」であるかのように錯覚する経営者が多い。この誤解は危険であり、特許が切れた後の競争環境を見据えた事業計画が必要だ。
  2. 特許取得だけに安心せず、長期的な事業戦略を構築する。
    特許を取ったことで満足し、他の戦略や準備を考えずにただ商品化を急ぐのは失敗のもとである。
  3. うまくいかない原因を「品質・性能・価格」の改善だけに求めない。
    多くの経営者は、売れない原因を製品の品質や性能、価格の問題に限定し、改善さえすれば売れると思い込む。しかし、この考え方は「天動説」のような狭い視野に過ぎない。市場や顧客のニーズ、競争環境を広く見渡す必要がある。

特許取得は事業化の出発点に過ぎず、長期的な視野で戦略を練り上げることが、事業成功の鍵となる。

事業はそんなに簡単なものではなく、もっと根本的な視点から考えなければならない。特に特許を活用した事業においては、その特許が有効期限を持つことを常に念頭に置く必要がある。特許の期限が切れれば、その法的効果は失われ、市場は自由競争の状態に戻る。だからこそ、事業の発想は「特許が切れた時に何が起こるか」を起点としなければならない。

特許の保護がなくなった時、自社がどのようなポジションを維持できるのか、競争相手がどのように動くのか、そして顧客はどのように反応するのか。このようなシナリオを想定し、特許の有効期間中に自社が競争優位を築くための準備を整えておくことが、長期的な事業成功の鍵となる。これを怠れば、特許が切れた瞬間に競争力を失い、事業が崩壊するリスクを抱えることになる。

E社の特許は非常に優れたものであり、しかも市場規模が極めて大きい。F社長によれば、そのマーケットは年間1,000億円にも達するという。このような巨大市場を背景にすれば、特許が切れた瞬間、特許切れを待っていた企業が一斉に参入してくるのは火を見るよりも明らかだ。

こうした状況下では、特許の保護がある間にどれだけ市場での地位を確立し、競争優位を築けるかが決定的となる。単に製品を売るだけでなく、ブランド力を高める、技術の次世代版を準備する、顧客との信頼関係を深めるといった戦略を講じる必要がある。また、特許切れ後も他社が簡単に追随できないよう、特許に依存しない独自の強みを構築しておくことが重要だ。特許の存在に甘んじているだけでは、この大きな市場の中で生き残ることは難しいだろう。

もしE社が自社工場で製造を行っていたとしたら、特許が切れた瞬間に競争環境が一変し、E社は一気に限界生産者に転落してしまうだろう。競合他社が大量生産に乗り出す中で、コスト競争や市場シェア争いに巻き込まれ、これまで積み上げてきた利益や資源をジリジリと食いつぶすことになる。最終的には経営が行き詰まり、市場から姿を消す運命をたどる可能性が高い。

特許切れのリスクに備え、競争環境で生き残れるだけの規模に成長するためには、少なくとも10年以上の準備期間が必要だ。しかし、ゼロからスタートしたE社が、特許の有効期間内にその規模に到達するのはほぼ不可能といえる。特許の恩恵に依存するだけでなく、特許切れ後の未来を見据えた柔軟な戦略がなければ、E社の存続は危ういものとなるだろう。

この状況を考えると、E社が自社生産・自社販売を行う選択は避けるべきだ。特許を他社に使わせ、その対価として許諾料やロイヤリティを得る仕組みを基本方針とする必要がある。これによって、製造や販売に伴うリスクを回避しながら、特許の価値を最大限に活用することができる。

しかし、中小企業の社長には、特許を取得するとそれをしっかりと抱え込み、自社で製造・販売する以外の選択肢を考えない人が多い。このアプローチは、特許が有効な間は利益を生むかもしれないが、特許切れ後のリスクを全く考慮していないため、事業の持続可能性を著しく損なう可能性がある。

特許を単なる「自社利益の盾」と考えるのではなく、広く他社と共有し、収益の一部として取り込む視点を持つことが、長期的に競争力を維持する鍵となる。これこそが、特許を真に事業化するための賢明な戦略と言える。

これは市場というものを十分に考慮していないから起こる問題だ。市場の規模が自社の生産能力や事業規模と比較して小さい場合には、特許が切れた後に他社が参入してきても、競争の影響は限定的であり、大きな危険には至らない。しかし、マーケットが非常に大きい場合は状況が全く異なる。

市場が大きいほど、多くの競合他社が特許切れの瞬間を待ち構えており、一斉に参入してくる。その結果、自社は相対的に競争力を失い、コスト競争やシェア争いの中で限界生産者に転落してしまうリスクが極めて高い。このような状況では、自社生産・自社販売を選ぶことは事業存続にとって極めて危険な賭けとなる。

市場の大きさに応じて、特許の活用方法を柔軟に考え、他社に技術を供与して収益を得るといったリスク分散型の戦略を採用することが、特許を事業化する上での賢明な選択と言える。特に大規模な市場では、特許切れ後の競争を見越した計画を立てることが不可欠だ。

だからこそ、市場規模が大きい技術については、自社製造・自社販売にこだわるのではなく、他社に技術供与をして、その対価として収益を得る仕組みを採用すべきだ。市場が大きい分だけ、技術供与によって得られる許諾料やロイヤリティも膨大なものとなる。

この戦略により、製造や販売に伴うリスクを回避しつつ、特許技術を効率的に収益化できる。さらに、多数の企業に技術を供与することで市場全体の技術普及を促進しつつ、自社は安定した収益基盤を築ける。このように、マーケットの大きさを逆手に取り、最小のリスクで最大の収益を得ることができるのだ。

特許の価値を最大限に引き出すには、市場の特性と自社の規模を冷静に見極め、リスクとリターンのバランスを考えた事業モデルを構築することが不可欠である。

  1. 別会社は特許を活用する「頭脳集団」として機能しなければならない。

特許を活用する最善の道を考えた場合、最終的にたどり着く結論は「頭脳集団」という形態である。この頭脳集団の役割は、以下の2つに重点を置くべきだ。

  1. 性能向上の研究
    特許技術の性能をさらに高めるための継続的な研究を行う。これにより、競争力を維持し、新たな市場ニーズにも対応できる技術基盤を構築する。
  2. 用途開発
    特許技術の新たな応用分野を探求し、市場の拡大と多角化を図る。この活動は、特許切れ後も市場で優位を保つための重要な戦略となる。

開発された製品については、技術とともに製造・販売権を他社に付与し、その対価としてロイヤリティを得る。この方式により、自社は製造や販売に伴うリスクを回避しつつ、収益を安定させることができる。

また、試作工場としての役割を担う現在の自社については、必要な人材を技術供与先の企業からも出してもらう形で、効率的な運営を図ることも可能だ。このような形態に移行することで、リスクを最小限に抑えながら、特許の価値を最大限に活用する持続可能な事業モデルを構築することができる。

この事業構想を進める場合、新たに生まれる特許権を共同所有とすることで、特許の保護に関わる負担を共有する形が理想的だ。共同所有とすることで、特許を守る責任を相手企業にも担わせることができる。こうした仕組みによって、特許切れ後も事業を続けられるかどうかの判断がしやすくなり、継続する価値があれば事業を維持し、そうでなければ計画的に解散する選択肢も取れる。

さらに、自社の研究員については、あらかじめ共同研究を行っている企業に引き取ってもらう約束を取り付けることができれば、組織再編時の負担を大きく軽減できる。こうした取り決めを事前に行うことで、将来的なリスクをほぼ完全に回避し、安心して事業を展開できる体制を整えることが可能になる。

また、この事業構想を推進する際の用途開発については、次のような勧告を行った:

  1. 市場のニーズを徹底的に調査する
    技術が適用可能な新しい分野を開拓するため、ターゲット市場の動向や潜在的ニーズを深掘りする。
  2. 既存技術との統合を考慮する
    新たな用途を模索するだけでなく、既存の関連技術と組み合わせることで付加価値を高める。
  3. 用途ごとに専門パートナーを見つける
    開発した技術を最適に活用できる専門分野の企業と連携し、用途別に収益化の道筋を明確にする。

このような多角的なアプローチを取り入れることで、特許の持つ可能性を最大限に引き出し、持続可能な事業基盤を確立することができるだろう。

「現在、たった一種類のパワーだけに頼っているのは、単品に過ぎず、事業として成立し得るものではない。三年間も研究を続けているにもかかわらず、進展が乏しいのは問題だ。硬い岩に対応する性能で課題があるのなら、まずパワーアップしたモデルを試作し、テストするべきだ。

さらに、逆の発想で、よりパワーの小さいモデルの用途も検討する必要がある。たとえば、軽作業や特殊な環境での利用を想定した市場ニーズが存在するかもしれない。最低でも三段階程度の異なるパワー設定を持つモデルを開発し、それぞれの用途を調査・検証するべきだ。この多様性がなければ、事業としての幅を持たせることができず、競争力を失う可能性が高い。」

と提案した。これにより、製品ラインアップを拡充し、市場ニーズに柔軟に対応できる事業体制の構築を目指すことができる。

私の勧告に従い、パワーの大きなモデルを試作してテストを行った結果、これまで抱えていた問題が驚くほど簡単に解決してしまった。要するに、問題の本質は「パワー不足」に過ぎなかったのだ。

これにより、製品性能に対する顧客の不満や用途の制約が解消され、製品の市場適応性が一気に向上した。この結果は、技術的な調整がいかに事業全体に大きな影響を与えるかを示している。単一の課題に囚われず、柔軟に対応策を模索する姿勢の重要性が改めて実証されたといえる。

この技術の応用可能性を調査したところ、予想以上に多岐にわたる用途が見つかった。特に、パワーの小さなモデルは私自身が見ても非常に興味深い分野での活用が期待できるものが多かった。この結果は、これまでの研究が用途開発においていかに浅薄であったか、抜け穴だらけであったことを明らかにしている。

しかし、この事業構想を直ちに推進することはできなかった。理由は、総代理店制を採用していたためであり、その総代理店に完全に首根っ子を押えられている状態だったからだ。総代理店制のもとでは、技術や製品の自由な展開が制約され、新たな用途開発や市場拡大の障害となる。この構造を変えない限り、事業構想を実現することは極めて難しい状況にあった。

何から何まで「ヘマばかり」と言えばその通りかもしれないが、こうしたケースは決して珍しいものではない。私のもとに寄せられる新商品の事業化に関する相談の中にも、似たような事例がかなりの割合で含まれている。

多くの企業が、技術や製品の開発段階では熱意を持って取り組むものの、市場分析や用途開発、販売戦略の構築といった事業化のプロセスを疎かにしがちだ。その結果、計画が思うように進まず、後になって大きな修正が必要になるケースが後を絶たない。こうした問題は、技術そのものの優劣に関わらず、経営や事業運営の視点が不足していることに起因する場合が多い。

新技術の活用は、ただ開発するだけでなく、その特許や技術をいかに事業として効率的に収益化し、長期間にわたって有利に活用できるかが肝心です。以下は、成功するためのポイントとその失敗例から学べる教訓です。

1. 特許の周辺を固めて防御する

  • 周辺特許の確保:基本特許だけでは不十分であり、その周辺を守るために多くの関連特許を取得し、競合が参入できないようにすることが重要です。
  • 広範囲での特許申請:可能性のある各国に特許を申請し、意図的な迂回を防ぎます。例えば、ある国に拠点を置かれることで競合が参入するのを防ぎ、長期的な収益の確保を狙います。

2. 自社製造より技術供与で利益を得る

  • 他社への技術供与:自社での生産には限界があり、特許が切れた時には市場競争で限界生産者に陥る可能性が高い。多くの企業へ技術供与し、許諾料とロイヤリティによって収益を得る方針が効果的です。
  • 低リスクで高収益を目指す:生産設備や工賃の低収益部分には手を出さず、知識集約型の収益構造を築くことに集中します。

3. 将来のための研究と頭脳集団化

  • 研究所の強化と拡充:頭脳集団としての役割を持つ研究所を設立し、既存技術だけでなく、他の新技術や商品を開発することを重視します。これは特許期限切れに備えた収益基盤の維持に必要です。
  • 多様なアイディアの許容:特許が切れた時のために、別の収益源を育成する自由な発想を支援します。

4. 業界と社会に配慮した技術供与

  • 零細企業や地場産業の保護:混乱を避けるため、特定の小規模な業者には技術供与をしない方針を徹底します。業界全体のバランスを考慮しながら技術を広めることが重要です。
  • 厳密な許諾条件:許諾企業に生産できる商品を限定し、競争が過度に激化しないように制約を設けることで、業界や中小企業の利益を守ります。

5. 失敗から学ぶべき点

あるさく岩機の事例では、新技術の性能が優れていたものの、マーケットの適切な検討が不足し、苦戦を強いられました。この例から、以下の教訓が得られます:

  • 特許切れ後のシナリオを想定:特許が切れた時の事業への影響を十分に予測し、将来を見据えた活用方針を取るべきです。
  • 用途の幅を拡大する:単一用途のみに依存せず、複数のパワーやサイズバリエーションで市場開拓を進めることで、収益を多角化します。
  • マーケットの大きさとリスクを考慮:自社製造・自社販売にこだわらず、マーケット規模と自社の生産能力を見極め、他社との連携やロイヤリティ収入で利益を最大化する方法を検討します。

結論

技術開発の成功は、市場や将来の状況を視野に入れ、最小限のリスクで最大の収益を得る戦略が欠かせません。これには、特許の守り方や技術供与の方法、さらに継続的な研究開発と用途の拡大が含まれます。技術そのものの革新も重要ですが、企業としての継続的な収益を得るためには、長期的なビジョンと周到な計画が必要です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次