計量米びつの開発元は浜松市にある富士製作所だ。当初は金物屋の販売ルートを利用していたが、売上は微々たるもので、なかなか伸びなかった。試しに米屋の販売ルートに切り替えてみたところ、状況は一変し、売上が急激に伸び始めた。
米びつが鉄製であることから、金物屋で売るのが当然と考えられた。しかし、これはいわば「天動説」のようなものだ。店側は商品を陳列するところまではするが、それを一つ一つ手に取って来店客に説明し、「どうですか?」と売り込むことまではしない。何百と並ぶ商品の中で、特定の一つをお客様に勧めるようなことは、金物屋の性質上あり得ないのだ。さらに重要なのは、計量米びつが「これまで世に存在しなかった商品」であった点だ。その新しさゆえに、売れなかったというわけだ。
一方、米屋では状況が違う。米の戸別配達が日常業務であるため、配達時に車に米びつを積んで行き、顧客一人一人に説明するのはそれほど手間ではない。この直接的なアプローチが可能だったからこそ、計量米びつは米屋を通じて売れるようになったのだ。
「今まで世の中になかった商品」は、「お客様一人一人に直接説明しなければ売れない」という特性を持つことを忘れてはならない。誰かがその商品について説明しなければ、そもそもその存在すら顧客には伝わらない。新しい価値を持つ商品ほど、その価値を伝える努力が必要になるのだ。
新商品の販売戦略として興味深い例が、武田薬品が発売した「いの一番」だ。同社は製薬会社であり、一般的な食料品の販売ルートを持っていなかった。しかし、ビタミン強化米「ポリライス」の販売を通じて米穀店との流通経路を築いていたため、「いの一番」の販売に際しても米穀店のルートを活用した。この戦略は、製薬業界で培った販売戦術を活かし、徹底的に考え抜かれた結果と言える。
どの販売チャンネルが適しているかは、実際に試してみなければ分からないのが現実だ。事前にいくつかの候補となる販売チャンネルを選定したなら、次にすべきは、それらを実際に試して結果を確認することだ。このプロセスがいわゆる「市場実験」と呼ばれるものである。試行錯誤の中で得られるデータこそが、最適な戦略を見極める鍵となる。
複数の販売チャンネルを同時に試すことには、比較が容易で結果の判定が迅速に行えるという大きな利点がある。市場実験では、商品の特性に応じて、地域、販売チャンネル、店舗、対象業種などの条件をあらかじめ絞り込み、一定期間その条件下で販売活動を展開する。その結果を分析し、どの方法が最も効果的であるかを見極めるのが目的だ。
結果の判定に関しては、明確な基準が存在しないと言ってよい。なぜなら、どれほど商品力が高くても売れ行きが鈍い場合がある一方で、最初は順調に売れているように見えても、その後全く売れなくなるケースもあるからだ。販売の成否は商品そのものだけでなく、タイミングや市場環境、販売戦略など、複数の要因が複雑に絡み合うため、一概に評価することは難しい。
市場実験や販売チャンネルの評価に際して、全く基準がないのでは困る。以下に一般的な判定基準を挙げてみる:
- 市場実験で順調な売上を記録したチャンネルは、売上が振るわないチャンネルより優れている
成果が出たチャンネルは、他よりも適性が高いと見なすべきだ。 - 消費財や業務用品など、流通業者を通じて販売する場合
1年または1シーズンの試行で売れ行きが芳しくないチャンネルは不適と判断する。 - 適性がないと判断したチャンネルは変更する
販売チャンネルを変えても売れ行きが改善しない場合、それは「商品力がない」と考えるべきだ。 - エンドユーザーへの直販の場合
2年間試行しても成果が上がらなければ、それは「経営者の自己満足の産物」である可能性が高いと見なす。
おおよそこのような基準で判定するのが現実的だろう。
ただし、これらの基準が絶対的なものではないことを念頭に置く必要がある。「天動説病」に陥り、自ら売る努力を怠れば、どれだけ商品力があっても売れない可能性がある。また、価格政策が市場に適合していない場合も考えられる。さらに、大器晩成型の商品については、単に熟成期間が不十分であるだけかもしれない。これらの要素を見落とさないようにしなければならない。
だからこそ、社員の報告や数字だけに頼らず、社長自身が外に出ることが求められる。流通業者の意見を直接聞き、流通の現状を自ら確認し、さらにエンドユーザーの声に耳を傾けることで、より正確で実践的な判断が可能になる。このような現場感覚を取り入れた上で、販売チャンネルを見極めることが重要だ。販売チャンネル選定の誤りに関するもう一つの実例を挙げてみよう。
U社は、自社の優れた技術を活かし、電磁式燃料ポンプを開発した。ちょうど同じ地域にバーナーを製造するメーカーがあり、両社の社長が親しい間柄だったことが契機となり、そのバーナーメーカーと総発売元契約を結ぶことになった。
しかし、そのバーナーメーカーは限界生産者であり、生産量が限られていたため、燃料ポンプの販売数は思うように伸びなかった。そもそも限界生産者である以上、製品を広く市場に流通させる能力を持ち合わせておらず、販売チャネルとして適切ではなかったのだ。
そんな中、燃料ポンプの優れた性能に注目した業界ナンバーワンの企業が、U社に対して購入の申し入れをしてきた。しかし、U社はすでに総販売権を他社に譲渡しており、その会社が商売敵であるナンバーワン企業に商品を供給する可能性は皆無だった。結果として、せっかくの大きなチャンスを逃すことになったのである。
どれほど技術が優れていても、「作ること」しか知らない会社は、こうした事態に陥りがちだ。このような経営スタイルを「職人経営」と呼ぶ。名前こそ「会社」だが、その実態は単なる「工場」に過ぎない。作ることに専念し、売ることの重要性を理解しない限り、どれほど優れた技術であっても、それは無用の長物になってしまう。ビジネスにおいては、技術の裏付けと同じくらい、販売戦略を考える力が重要である。
幸いなことに、U社は総発売元と協議した結果、「ダミー」を通じて販売するという突破口を見いだした。この方法により、業界ナンバーワンの企業に商品を提供する道を開くことができた。しかし、この対応策がなければ、せっかくの大きなビジネスチャンスを逃してしまうところだった。柔軟な発想と交渉力が、この危機を乗り越える鍵となったのである。
こうした職人会社の社長たちは、自らの技術が下請加工にしか活かされない現状に強い不満を抱いていることが多い。そして、口を揃えたように「自社商品を持ちたい」と語る。それは、下請加工が生む低収益性から抜け出し、自社の技術を直接市場で活かしたいという願望の表れだ。そこで彼らは、あれこれと新製品を考案する。しかし興味深いのは、これらの社長たちが「新商品」とは言わず、あくまで「新製品」と呼ぶ点である。製品づくりに重点を置き、市場視点を欠いていることを暗示しているようにも見える。
ところが、こうして完成した新製品を、彼らは決して自ら売ろうとしない。販売は問屋や代理店に丸投げで、「流通業者に任せておけば自然に売れる」と信じ込んでいる。まさにここが問題であり、この姿勢こそが多くの職人会社を行き詰まりに追い込む原因だ。優れた技術や製品があっても、それを市場に届ける努力を怠れば、成果は決してついてこない。販売の重要性を軽視する限り、どれほどの技術があっても、競争の中では埋もれてしまうだけである。
多くの場合、形式的に営業部門を設けて販売を任せようとするが、それで売れるほど世の中は甘くない。もしそれで簡単に売れるなら、販売に苦労する会社など一社も存在しないはずだ。そして、営業部門に売れない理由を尋ねると、「過当競争で無理だ」といった言い訳が返ってきて、それ以上の努力をする気配はない。結局、その新製品は十分な販売活動がなされないまま、日の目を見ることなく市場から消えていく。それは、技術や製品の問題ではなく、経営者の販売への本気度の欠如が招いた結果である。
下請加工という業態は、事業経営で最も重要で、最も難しく、そして最も苦しい「販売」という活動を回避できる、いわば「ぬるま湯」的なものだ。一番困難で苦しい部分を避けている以上、低収益であることは当然の結果であり、その状況を親会社のせいにするのは筋違いだ。親会社こそが、この困難で骨の折れる販売活動を担い、市場での競争に立ち向かっているのだ。その現実を直視せずに、下請けの立場で不満を抱くのは、自らの努力不足を認めない言い訳に過ぎない。
下請けの低収益から抜け出したいのであれば、販売という「難行苦業」に挑み、それに耐える覚悟が必要だということを理解してほしい。販売の苦労を避けながら、高収益だけを望むような新製品など、この世には存在しない。利益を上げるためには、作るだけではなく、売るという最も厳しいプロセスを乗り越える努力が不可欠である。それを避けていては、どれほど優れた技術を持っていても、大きな成果を得ることはできない。
新商品が売れるかどうかは、適切な販売チャンネルの選定に大きく左右されます。チャンネル選びを間違えると、どんなに優れた商品であっても売上が伸びないケースが多くあります。
販売チャンネルの重要性と選定の注意点
- 顧客への直接的なアクセスが必要
- 新しい商品や「世の中になかった商品」は、お客様に一人ひとり説明が必要です。富士製作所の「計量米びつ」の例でも、米びつを金物屋に置いても売れなかったものが、米屋のルートで売ると売上が急増しました。米屋は顧客と直接コミュニケーションをとれるため、お客様への説明が容易だったのです。
- 販売チャンネルの実験が必要
- どのチャンネルが最も効果的かは、実際に試してみなければ分からないことが多くあります。市場実験によって、複数のチャンネルを比較し、どれが適しているかを判定することが重要です。例えば、武田薬品の「いの一番」は、米屋のルートを使ったことで成功しました。
- 過去の依存にとらわれない
- 商品に関する「先入観」や「既存のチャンネル依存」から脱却する必要があります。製造業などで見られる「職人経営」は、自社製品を代理店任せや問屋任せにして、販売チャンネルを間違えるケースが多く見受けられます。
- 販売チャンネルを再評価する
- 商品が売れないときは、チャンネルを再評価する必要があります。適切なチャンネルでない場合や、販売活動が不十分な場合、新しい販路を模索するか、商品力自体を見直すべきです。U社の燃料ポンプの例では、販売権を適切な先に与えなかったことで、市場機会を一時失いかけました。
まとめ
販売チャンネルの選定は、単に商品を「置く場所」を決めるだけでなく、実際に顧客に価値を届けるための道筋です。市場実験を行い、複数のチャンネルを試しながら、顧客にとって価値が伝わるようなチャンネルを見極めることが、持続的な売上向上に不可欠です。
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