K社はF県I市に拠点を置く食料品問屋だ。社長は、低マージンの食料品販売だけでは事業の限界があると感じ、模索を続けていた。そんな中、運よくある商社からクロレラの全県における独占販売権を獲得することができた。
いよいよ販売開始が決まり、商社の営業部員が販売指導に訪れた。まず、F県の地図を広げ、行政区分に基づいて全県を碁盤目状に区分した。次に、それぞれの地域ごとに人口を調査し、人口規模に応じて代理店(サブ代理店)と特約店(小売店)の設置基準を定めた。この地域には代理店を何社、小売店を何社置く、といった具合に具体的な販売網を計画していった。
代理店と特約店の募集は、要所で説明会を開催し、業者名簿をもとに案内状を送る、という方法で進めることになったらしい。この話をK社長から聞いたとき、思わず吹き出してしまった。まるで天動説そのものだ。こんなやり方で代理店や特約店が集まるなら、太陽が西から昇るだろう。販売を専門とする商社でありながら、販売の本質をまったく理解していないことが露呈していた。
私はK社長に、「商社の言うことだから、とにかく試してみなさい。そうすれば結果が分かる」と伝えた。その後の半年間で、十数回にわたって説明会が開催されたが、そこで得られた成果は代理店が一社、特約店が三社という状況だった。かろうじて確保した代理店を通じて、特約店にはとりあえず一ケースずつ商品を持ち込んだものの、肝心の返り注文はいつまでたっても来ることがなかった。
泰山鳴動して鼠一匹すら出てこない。そこでK社長にこう告げた。「新商品の販売というのは、そんな生易しいものじゃない。きれいごとや観念論では通用しないということは、今回の件で十分に理解できただろう。自分たちの手で泥まみれになりながら売り切る覚悟が必要だ」と。そして、その「泥まみれになって売る」という具体的な方法とは、以下のようなものだ。
まず最初に、K社内でクロレラ専属の販売員を一人決める(人数が多ければさらに良い)。この販売員は社長直属のポジションとし、クロレラ販売以外の業務には一切関与させない。これは、320ページに記載されたA社の手法と同様のやり方だ。次に、I市内で特約店候補を一店舗選定する。候補としては、K社が既に取引している既存の得意先を利用するのが適切だろう。
その店舗に社長自ら出向き、「仮の特約店」として協力をお願いする。そして、クロレラを一ケース持参し、「店頭に陳列しなくても構わない」という条件で、どこかに保管してもらう。小売店の視点に立てば、売れるかどうかも分からない商品を限られた売り場スペースに並べるのは現実的ではない。この点を理解せず、無理に陳列を求めると、小売店側から反発を受けることになる。いわゆる「天動説的発想」に囚われた人間は、こうした現場の感覚を理解できず、かえって関係を悪化させる。
次に、住宅地図を用意し、仮の特約店を中心に半径500メートルの円を描く。この円を仮特約店のテリトリーと設定する。そして、その範囲内の家庭を徹底的に訪問していく。ただし、これは売り込みではない。クロレラのチラシに仮特約店の印を押したものを用意し、「新しくクロレラを取り扱うことになりました」という内容の営業案内として挨拶状を配布するのだ。
この段階で、絶対に売り込みをしてはならない。売り込みを試みると、訪問のハードルがどうしても高くなり、訪問一件あたりにかかる時間も増える。単なる挨拶だけにとどめておけば、そうした障害は発生しない。気軽に訪問を重ねることで、地域内での認知を徐々に広げていくのが目的だ。
訪問数は1日400軒を目標とする。隣接する家を順に回るため、1軒あたりの訪問時間を平均1分とすれば、合計で400分。一日8時間(480分)の活動時間に対して、80分の余裕が生まれる。この計画に基づき、最初の1カ月間は同じ家庭を2回訪問する。その後、普及率が10%に達するまでは毎月1回の訪問を続ける。普及率が10%に到達した段階で、次のステップを見据えた新たな計画を立てる。この具体的な作戦を提案したわけだ。
この計画については、仮特約店に事前にしっかり説明し、了承を得ておく必要がある。しかし、K社長は欲を出し、「売れるなら売っても構わない」と言って現物を販売員に持たせてしまった。
その結果、1日に回れる家庭がわずか60軒に減ってしまった。訪問効率は大幅に低下したが、面白いことに、このやり方でも少しずつ商品が売れ始めた。1日に数個程度の売上が上がり、月間で計算すると約10万円の売上になる計算だ。
K社長からの質問は、「売れた商品のマージンを小売店と自社でどのように分ければよいか」というものだった。これに対して、私ははっきりと答えた。「一円たりとも取ってはいけない。そのテリトリーは仮特約店のものだ。もしあなたの会社がマージンを取るようなことをすれば、『特約店だと言いながら、実際には自分たちで売り上げを取っている』と不信感を持たれることになる。それは避けるべきだ」と。
月に一度、売上のマージンを仮特約店に直接持参する。その際、「どことどこの家で購入されたか」をリストとして伝え、「一個が一カ月分の分量なので、なくなる頃を見計らって声をかけてみてはいかがでしょうか」と提案した。このように、特約店が次の販売機会をつかみやすくなるサポートを行うことで、信頼関係を築き、継続的な売上につなげる戦略を勧めたのだ。
仮特約店は、何もせずにマージンが得られるだけでなく、「クロレラは売れる商品だ」という好印象を持つようになる。このタイミングを見計らい、こう提案した。「お客様が直接買いに来るかもしれませんから、先に預けてある商品を陳列してみてはいかがでしょうか。それから、こちらにポスターを用意しましたので、貼っていただけるとありがたいです」と。この提案は効果的で、実際に店側も応じてくれた。
この作戦は専任者を増員しながら展開し、まずI市で、次にO市、Y町といった具合に順次エリアを広げていった。そして、普及率が約5%程度に達すると、戸別訪問を中止しても自然と売上が伸びていくことが判明した。効率的な初期アプローチが、長期的な販売拡大につながることが実証されたのだ。
こうした販促活動を約1年続けた結果、まだ県内の半分の地域にすら到達していない段階で、クロレラはK社の単品売上トップの商品に成長した。さらに、商社が設定した販売目標をも軽々と突破するという驚異的な成果を収めた。私自身、この結果には目を見張る思いだった。計画的かつ徹底的な取り組みが大きな成功を生んだのだ。
新商品とは、このように、文字通り自らが泥まみれになって売るものだ。「流通業者に売らせるだけで十分」という天動説的な発想に囚われている限り、売上を伸ばすことは永遠にできない。自ら動き、汗をかき、現場で直接消費者に向き合う覚悟がなければ、新商品の成功などあり得ないのだ。
このような作戦は、初期段階では非常に効率が悪い。売上も徐々にしか増えず、目に見える成果が出るまでに時間がかかる。しかし、あるタイミングを境に、売上が順調に伸び始める。その「発生期」の非効率な努力と辛抱が、やがて「成長期」の到来によって報われるのだ。一度成長期に入れば、効率的な販売促進活動が可能となり、拡大のスピードが加速していく。
こうして、F県全域に販売網が完成した時、ようやく商社が最初に計画していた理想的な状態が実現した。しかし、これは血のにじむような努力の末に作り上げたものであり、初めから何の苦労もなく得られるかのような錯覚を抱いていたこと自体が間違いだった。それこそが、いわゆる「天動説的発想」の落とし穴だ。販売網を築き上げるというのは決して容易なことではない。その現実をしっかりと理解し、肝に銘じるべきである。
新商品の販売網を構築するには、地道な活動と継続的な努力が不可欠です。単に流通業者や小売店に依頼するだけではうまくいかず、特に初期段階では、会社自身が積極的に動いて市場を切り開くことが求められます。以下の方法が効果的です。
1. 専任販売員の配置
- 新商品に専念する販売員を専任し、他の商品や業務を任せず、その商品に注力できる体制を作ります。これは特に社長の直轄下で指導し、徹底的に支援することが重要です。
2. 仮特約店の活用
- 既存の取引先を「仮特約店」とし、初めは販売陳列を求めず、在庫として預かってもらいます。商品が売れた場合には、特約店に報告し、店側にも収益が発生することを確認させます。これにより、特約店は販売の意欲を持ちやすくなります。
3. 周辺住民への丁寧な案内
- 特約店の周辺地域に挨拶を兼ねた案内状を配布し、定期的な訪問で地域住民に商品を認知させます。営業案内のみで、売り込みの圧力はかけず、商品の存在を周知させることを優先します。
4. 段階的なエリア拡大
- 最初の地域での普及率が安定したら、次の地域へ拡大します。普及率が上がるほど、自然に売上が伸びるため、初期の労力が効率的な拡販活動へと変わります。
このように、販売網は「自らドロドロになって売る」過程で徐々に形成されるものです。血のにじむような努力の末に築いたネットワークは、結果として強力で持続的な販売網へと成長します。
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