近年、コンピュータの普及は目覚ましい進展を遂げている。その主な要因は、小型化と低価格化にある。この進化が多くの人々の関心を引きつけ、コンピュータの魅力をより一層高めている。
しかし、普及しているとはいえ、実際にこれを使いこなしている人はごくわずかで、形ばかりでも有効活用している例ですら少ないのが現状だ。これほどの可能性を秘めた道具が十分に活かされていないのは、実に惜しいことだと言える。
その原因は、コンピュータの本質を理解しないまま過剰な期待を寄せたり、適切でない使い方をしている点にあると言える。
そこで、本章では、コンピュータを効果的に活用するために、経営者として押さえておくべき最も基本的なポイントについて触れることにする。
コンピュータのハードウェア(機械技術)の進化は目を見張るものがある。性能はおよそ2年ごとに3倍に向上し、サイズや価格は半減するとさえ言われている。
最近のパソコン(パーソナルコンピュータ)は、その記憶容量だけを見ても、10年前の中型コンピュータに匹敵するレベルに達している。それに加え、ディスプレイ装置(ブラウン管)まで備えているのだから驚きだ。いずれパソコンが、かつての大型コンピュータ、さらには超大型コンピュータにも匹敵する性能を持つようになるのは間違いないだろう。
このように猛スピードでハードウェアの性能が向上している一方で、ソフトウェア、特に事業経営に関連する分野ではほとんど進歩が見られない。他の分野では目覚ましい発展を遂げているにもかかわらず、この分野に限っては依然として「原始的」と言える状態にとどまっている。奇妙と言えば奇妙だが、ある意味では当然とも言える状況だ。では、なぜこのように進歩が停滞しているのか。その理由は大きく二つある。
一つ目の理由は、コンピュータの専門家が事業経営についての知識を持っていないことだ。これ自体は無理もない話である。なぜなら、経営の専門家であるはずの社長ですら、事業経営を本当に理解していないケースが少なくないのだから。事業経営を知らない人間が、事業経営に役立つプログラムを作れるはずもない。
それにも関わらず、多くの人々が「コンピュータこそが事業経営の近代化・効率化・高度化を実現する万能の道具だ」と信じ込んでいる。この誤解が、現場での不適切な利用や過剰な期待を生み出している。
事業経営を理解していないにもかかわらず、本来は計算事務に専念すべきところを、「MIS」(マネジメント・インフォーメーション・システム、つまり経営情報管理)や「戦略会計」といったよく分からないシステムを作り上げ、「自分たちこそがコンピュータを使った経営高度化の担い手だ」と気負っているのだから、手に負えない。実際のところ、MISの中身は「経営情報管理」とは程遠く、単なる日常業務の情報管理に過ぎないのが現状だ。
もう一つの理由は、社長自身がコンピュータについて無知であることだ。社長にとって、コンピュータはまるで「神聖不可侵」の存在のように映っている。ハードウェアもソフトウェアも、社長にとっては全く理解不能な代物であり、そのためにコンピュータに対して具体的な指示や注文をつけることができないのである。
コンピュータを導入しなければ「時代の流れに乗り遅れる」という漠然とした不安に駆られて導入するものの、社長自身はそれをどう扱えばいいのか全く分からないのが現実だ。結局のところ、プログラマーの言いなりになり、彼らの好きなようにさせる以外に選択肢がないという状況に陥ってしまうのである。
事業を理解していないコンピュータ技術者と、コンピュータを全く知らない社長がタッグを組んで繰り広げる「コンピュータ革命(?)」では、企業内に導入された途端、コンピュータの独走が始まるのは避けられない。結果として、次々に「コンピュータ公害」とも言える問題が発生していく。これまでに挙げた例は、その中のほんの一部、まさに「九牛の一毛」に過ぎない。
会社にコンピュータが導入されると、瞬く間にコンピュータが社内で最も権威ある存在となってしまう。まるで絶対的な存在として崇められ、「コンピュータ大明神」とでも呼ぶべき状態になるのだ。
そして、次に偉くなるのはこの「コンピュータ大明神」に仕えるプログラマーで、その次が社長という妙な序列が出来上がる。その結果、最も重要であるはずのお客様の存在が完全に置き去りにされるという、致命的な過ちを犯してしまう。もはや「大明神」どころか、会社にとって「大疫病神」と化してしまうのだ。
会社の中では、たとえ社長であっても、すべての人がコンピュータの指示に従い、何をするにもお伺いを立てる状況に追い込まれてしまう。まるでコンピュータが絶対的な支配者として君臨しているかのような状態になるのだ。
さらに、コンピュータに協力しない者は、企業に対する忠誠心が足りないと見なされるようになる。このようにして、コンピュータの君臨と独走が進む中で、企業全体が本来の目的を見失い、業績の低下が次々と引き起こされていくのだ。
お客様が大至急欲しいと言ってきたとしても、在庫が十分にあるにも関わらず、コンピュータの都合で「出荷指示書が明後日でなければ発行できないので、それまで待ってほしい」と言われてしまう。顧客の要望よりもコンピュータのスケジュールが優先される、まさに本末転倒な事態が起きてしまうのだ。
売れないと分かっている商品であっても、コンピュータの都合で品物の入れ替えができず、どうすることもできない状況に陥る。こうした事態が続けば、「コンピュータなんて無いほうがマシだ」という主張が説得力を持つのも無理はない。コンピュータが効率化を妨げ、企業の柔軟性を奪ってしまう典型的な例だと言える。
さらに、コンピュータ公害とまでは言えないものの、事業経営に全く役に立たない資料が次々とコンピュータから吐き出される様子を見ると、私はつい「紙屑製造機」という称号をコンピュータに与えたくなってしまう。これでは効率化どころか、無駄を増やしているだけだと言わざるを得ない。
その紙屑の量は驚くほど膨大で、毎日毎日、経営の妨げとなる無意味なデータが際限なくコンピュータから吐き出されている。この状況を目の当たりにすると、ユーザーの無知さにも呆れるが、それ以上にコンピュータメーカーに対して深い疑念を抱かざるを得ない。「なぜお客様の役に立つソフトウェアやサービスを提供しないのか」と問いただしたくなるのだ。メーカーは単に機械を売るだけでなく、本当に顧客の事業に貢献する手段を考えるべきではないだろうか。
しかし、そんな公憤も実際には的外れであり、「コンピュータがどのように役立つのか、あるいは役立たせるべきなのか」を事前に検討せずに購入するユーザー側にこそ、根本的な問題があると言える。役に立つ使い方が分からないのであれば、そもそも購入しなければいい話なのだ。ユーザーがその責任を果たさずにただ導入していることが、問題の発端なのである。
このような実態を放置すれば、害悪はさらに拡大していくのは避けられない。そこで、すでにコンピュータを導入している会社の社長、あるいはこれから導入を検討している会社の社長に対し、コンピュータがどのような機械であるのか、そしてそれを事業経営にどのように役立てるべきかについて、最も基本的な理解を持ってもらいたいとの願いを込め、この章を設けることにした。
コンピュータが企業経営において「役に立たない」とされる理由は、以下の要因に集約されます。
1. 経営と技術の乖離
コンピュータ技術者(プログラマー)と企業経営者の間には理解のギャップがあります。技術者は高度なシステム開発を得意とする一方、経営の現場を深く理解しているわけではなく、実際のビジネスニーズを反映したプログラムを設計することが難しいとされています。このため、開発されるシステムが現場の運用に適合せず、実際に必要な情報を提供できないままになりがちです。
2. コンピュータの過信と盲信
社長や経営層がコンピュータを深く理解していない場合、コンピュータの指示に従うことが経営合理化だと思い込んでしまいます。この結果、現場に適合しないシステムが「必ず正しい」と誤信され、コンピュータに頼りきりになって柔軟な対応が失われます。例えば、出荷の遅延や、データの遅れなどが発生しても、「コンピュータが言うなら仕方ない」という形で企業のスピードや柔軟性が犠牲になることが増えてしまいます。
3. 目的と手段の混同
コンピュータは効率化のための手段ですが、導入自体が目的化してしまうことがあります。効率的に顧客のニーズに応えることや業績向上といった目的が忘れられ、単にシステムを稼働させ、定期的にデータを出力することに重きを置かれてしまうのです。このように目的が見失われると、コンピュータから出力される大量のデータが、実用的な意図を持たない「紙屑」に成り果てることがあります。
4. 経営者の学習不足と意識の欠如
社長や経営者がコンピュータやその導入目的について知識不足であると、システムの使い道や、必要な情報の種類、情報活用の方法を指示できません。そのため、経営の本質的な要件を満たさないシステムが構築され、結果的に企業が本来意図する成果を得ることができません。
5. コンピュータ中心の意思決定と顧客軽視
コンピュータ導入によって生じる「管理システムへの服従」や「顧客無視」の傾向も問題です。たとえば、コンピュータのシステムに従うために顧客の急ぎのニーズを後回しにする、あるいは顧客対応が遅れるといった事態が起こります。このような「コンピュータ大明神」の体制が、企業の競争力を損なう原因にもなっています。
まとめ
結局、コンピュータが役に立たない理由は、「企業の経営視点と技術視点の統合が図れていないこと」、また「経営層がシステム導入の目的を深く理解していないこと」にあります。コンピュータは本来、適切に活用すれば効率化や情報活用に大いに役立つものです。しかし、その本質を理解し、活用する意識を持たなければ、経営に役立つどころか「企業の大明神」として不必要な支配力をもつ存在になりかねないのです。
企業においてコンピュータを本当に有効活用するためには、経営者がその可能性と限界をよく理解し、コンピュータが企業の目的達成にどのように寄与するべきかを明確にした上で導入しなければなりません。
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