会社の業務は、単に縦の指令系統だけで成り立つものではない。なぜなら、仕事というものは部門間を横に流れる性質を持っているからだ。
営業部門で受注された案件は、製造部門の生産計画に組み込まれ、その計画に基づいて購買部門で必要な資材が調達される。入荷した物資は検査部門で検収を受けた後、倉庫部門に保管される。その後も、倉庫、製造、検査、配送、経理といった部門間で現物の流れ、伝票の流れ、金銭の流れの三つが並行して進み、最終的に決済をもって完結する。
つまり、異なる指令系統を持つ部門間で二つの流れが生じるわけだ。そして、業務の渋滞は、まさにその部門間の接点で最も頻繁に発生するものだ。
従来のマネジメント思想は、縦の指令系統を重視する一方で、部門間の業務の流れをほとんど無視していると言っていい。実際、職務分掌規定を見れば明らかだ。それぞれの部門が担うべき業務だけが記載されており、部門間の連携については何も触れられていない。この規定自体が、前述したような致命的な欠陥を抱えているのだ。
その結果、多くの企業で業務の流れが非常に非効率になっている。これが、さまざまなトラブルを引き起こす根本的な原因となっている。そして、それらのトラブルは解消されることなく、同じような性質の問題が何度も繰り返されているのが現状だ。
これは単なる「ムダ」という単純な問題では終わらない。その影響は最終的に顧客にまで及び、結果として顧客の信頼を失い、業績不振を引き起こしているのだ。この状況を打開するには、業務の流れに焦点を当てた処理基準を策定し、それを徹底的に実行することが必要だ。
具体例として、N社で行われた取り組みを挙げよう。同社で頻発していた重大なトラブルの一つが、顧客から依頼された修理品の処理だった。納品の際、配送車の運転手が修理品を引き取るが、その際の修理依頼伝票の扱いが杜撰で、伝票があったりなかったりする状況が常態化していた。
運転手は修理品を現場に持ち込み、「おーい、○○様からの修理品だ」と声をかける。製造部のスタッフは「そこに置いておいてくれ」と軽く返すだけで、そのまま放置されることが珍しくなかった。さらに悪いことに、修理品から部品を取り外し、それを新品製品に流用してしまうことすらあった。修理どころか、顧客の信頼を損なう行為が繰り返されていたのだ。
やがて修理品は行方不明になり、得意先から督促の電話が入るが、業務担当者はまったく状況を把握しておらず返答に困る。初めて聞いた話であるため、「ただいま担当者が不在で詳しいことは分かりません。どの型を何脚お預かりしたのでしょうか」と、逆に得意先に聞き返す始末。結局、新品を代品として無償で納品するという対応が繰り返されていた。これにより金銭的な損失が発生するだけでなく、顧客からの信用も失うという悪循環が続いていたのだ。
このような状況を放置することはできないため、運転手、業務担当者、検査係、製造責任者を集め、それぞれの意見を聞きながら、明確な修理品処理の手順を定めた。その結果策定された「修理品処理規定」は以下のとおり。
修理品処理規定
一、現品引取り
1. 当社で引き取る場合
- 現品受領者
修理依頼票がある場合はそれを業務係に提出。ない場合は、受領者が依頼者に代わり伝票を作成(正式な伝票が発行されるまでは仕切票で代用)。
受領者は現物に荷札(記載内容:日付、依頼先社名、口数)を付け、修理品置場に保管。 - 業務係
修理依頼伝票を基に修理指図票(二部複写)を作成し、修理依頼票と共に部長へ提出して承認印を受ける。
2. 修理品が送られてきた場合
- 業務係
現物を開梱し、荷札を付けて修理品置場に保管。その後、修理指図票を作成し、送書と共に部長へ提出して承認印を受ける。
二、現品処理
- 業務係
修理指図票と現物を検査課へ送付。 - 検査課長
検査係に現物の検査を実施させ、主な修理箇所を修理指図票に記入させる。検印を押印し、修理指図票の「副」を検査課で保管。修理指図票の「正」と現物を製造課へ送付し、現物は所定の位置に配置。 - 製造課
修理指図票に指定されていない不良箇所も含め、修理を実施。修理完了後、使用した材料と工数を修理指図票に記入し、現物と共に検査課に返送。 - 以降の処理
正規製品と同様のフローで対応。
三、一般事項
- 伝票なしで現品の授受を行わない
伝票の記載内容は必ず現物と一致させること。 - 責任の転移
各課係の責任は、次の課係が指定した場所に伝票と現物を運搬し終えた時点で移る。
この規定により、各部門の責任範囲が明確化され、修理品処理の混乱を防ぐ仕組みが整えられた。
なんとも泥臭い規定に見えるだろう。しかし、この規定を実施した瞬間から、これまで頻発していたトラブルがまるで嘘のように解消されたのだ。それだけではない。予想もしなかった興味深い現象が起き始めたのである。
修理品を引き取るのは配送係(兼運転手)だが、会社に戻ると、修理品置場に現物を下ろし、修理依頼票を業務係に渡してこう言うのだ。「確かに渡したぞ。これで俺の責任は果たしたからな」と。
受け取った業務係は、それまで手掛けていた仕事を中断し、急いで修理指図票を作成する。そして検印をもらうと同時に、現品を持って検査課へ駆け込むような勢いだ。「課長さん、品物はあそこに置いておきました。指図票もここに置きました。これで私の責任は終わりですからね」と念を押す。検査係も同じような反応を示す。気づけば「あっ」という間に、現品は製造現場に運び込まれてしまう。まるで責任を早く手放そうとするリレーのような状況だ。
この規定が大きな効果を発揮したのは、その内容が的を射ていたからだ。その要点は以下の三つに集約される。
- 仕事の流れと担当業務の明確化
業務プロセス全体を整理し、それぞれの担当者が何を行うべきかを具体的に定義したことで、混乱が減少した。 - 現物の取扱いの明確化
修理品の取り扱い方法を詳細に規定することで、物品の紛失や誤処理を防ぎ、業務のスムーズな進行を実現した。 - 責任の転移点の明示
各担当者の責任範囲がどのタイミングで終了するかを明示することで、責任の曖昧さを排除し、確実な引き継ぎが行われるようになった。
この三点により、規定が単なる形式的なルールにとどまらず、実際の業務において効果的に機能する仕組みとなったのだ。
最末端の仕事は、ほとんど完全に近い反復作業で構成されている。だからこそ、このように標準化が可能となり、同時に責任の所在を明確に定めることができるのだ。このアプローチを取ることで、異なる部門を順々に流れていく業務が滞りなく進行し、効率的かつ確実な処理が実現する。
会社の日常業務は、最末端の仕事が積み重なって成り立っている。最末端の仕事が円滑に進めば、それ以降の作業は単なる「後始末」に過ぎなくなる。そして、その後始末すら標準化しておけば、日常業務におけるトラブルはほぼ消滅する。問題の発生しない仕組みを作ることで、業務全体がスムーズに回るようになるのだ。
このような仕組みが整備されて初めて、顧客の要求に応じた計画や予定の変更、納期に間に合わせるための突貫作業、行事や催事への対応、さらには突発的な事態への対応といった「変化に対応する行動」が迅速かつ的確に行えるようになる。業務の基盤が整っていることが、こうした柔軟な対応力を支えるのだ。
というのも、変化への対応は最末端業務の段階では、仕事の中断や切り替え、順序の変更といった単純な操作に収まるからだ。そして、これが可能となるのは、日常の繰り返し業務が平常時において円滑に進行していることが前提条件となる。さて、ここで重要なのは、このような規定をどのような業務について作成すべきか、という点だ。
まず第一に、クレームが発生した場合だ。クレームは、自社のどこかに問題や抜けがあることを示してくれる、いわば「有難いお叱り」だ。その内容を真摯に受け止め、どの部分が問題だったのか、どうすれば同様のクレームを防げるのかを徹底的に分析する。そして、適切な業務処理方法を見出し、それを基に処理規定を作成することが重要である。
第二に、繰り返し同じようなトラブルが発生する場合だ。このようなケースでは、根本的な原因を分析し、適切な処理規定を作成することで問題を解決する必要がある。ただし、これら二つの状況以外では、必ずしも規定を作る必要はない。
ここで一つ蛇足ながら付け加えると、それは責任の明確化の重要性だ。業務のどの段階で、誰がどの部分に責任を負うのかを明確にすることで、業務の流れがスムーズになり、トラブル発生時にも迅速かつ的確な対応が可能になる。
この例にあるように、最末端の業務は明確化が可能であり、さらに明確にすることに効果がある。理由は、それが繰り返し行われる仕事であるためだ。
これを事前に教育しておかなければ、誰も手をつけない状況が生じる可能性がある。その結果、思わぬ場面で顧客の信頼を損ねる危険性が出てくる。
「規定にないから自分は関与しない」という考え方は、官僚主義の兆しであることを認識しておく必要がある。責任明確化論は、組織内に官僚主義を蔓延させ、無責任な態度を取る者の責任逃れの隠れ蓑となる危険性を常に伴っていることを忘れてはならない。
仕事の流れを標準化することは、社内業務の円滑な遂行と品質向上に不可欠な要素です。多くの企業でトラブルが発生するのは、縦の指令系統(部門ごとの役割)にばかり注目し、横の業務フロー(部門間の連携)を軽視していることに起因しています。以下に、仕事の流れを標準化するためのポイントと実践例を紹介します。
仕事の流れの標準化の意義
仕事の流れを標準化することで、部門間の業務の滞りやトラブルが大幅に減少し、結果としてお客様へのサービス品質も向上します。各部門をまたがる一連の流れがスムーズであれば、全体の業務効率も高まり、企業の信用や業績にも好影響を与えます。
実践的な標準化の手順
- 業務処理基準を設定する
各部門の役割を明確にし、業務が次の部門へ引き継がれるポイントと方法を定めます。これにより、仕事の進行が各部門の責任範囲を明確にして管理され、滞りが発生しにくくなります。 - 具体的な例:修理品処理の標準化
- 現品の受け取り:修理品を受け取った担当者が、必ず修理依頼票を作成または確認し、荷札をつけて指定の修理品置き場に保管する。
- 伝票の処理と承認:業務係が修理指図票を作成し、部長の承認を得た上で検査部門へ回付。
- 修理と検査:検査課で修理箇所を記入し、検査完了後に製造部門へ回付。製造部門で修理が完了したら再度検査部門へ回付。
- 責任の明確化:各段階での作業の責任を明示し、担当者が次のステップに移行した時点で責任を引き継ぐ。
このような規定により、修理品処理のトラブルが解消され、さらには各担当者が責任を果たす意識を持つようになります。
標準化が効果を発揮する要素
- 業務内容と責任の明確化:業務の流れとそれぞれの担当者が行うべき仕事が明確であり、責任の移行点が示されていること。
- 現物と伝票の管理:現品や伝票が正しく処理され、部門間での引き継ぎが円滑に行われること。
標準化を適用すべきケース
- クレームの発生
クレームは業務フローの見直しを促すもので、トラブルが繰り返される部分には必ず何らかの抜けがある可能性があります。原因を分析し、トラブルが発生しないよう処理手順を整備します。 - 頻繁なトラブルの再発
繰り返し発生するトラブルは、業務が正確に遂行されていない兆候です。流れの標準化を行うことでトラブルの原因を除去し、業務が円滑に進むよう改善します。
責任明確化の重要性
最末端の繰り返し業務については責任の明確化が可能です。ですが、突発的な事態や初めてのケースには、規定に囚われるのではなく、その場で柔軟に対応することが求められます。このとき、関係者が責任を明確に認識し、迅速に上司へ報告するよう教育が必要です。
まとめ
仕事の流れを標準化し、部門をまたがる業務フローを改善することは、組織全体の効率化や顧客満足度向上に繋がります。また、標準化はあくまで基準であり、全ての業務が対応可能になるわけではないため、柔軟な対応も重視する必要があります。
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