一倉さん、うちでは社員に指示を徹底させることができず、困り果てている。社長である自分をピッチャーに例えるなら、投げたボールが返ってこないどころか、返ってきたと思えば全く別のボールが返されてくる始末だ。こんな状態では、いつまで経っても理想の会社には近づけそうにない。一体どうすればいいのか――これは、M社長がこぼした愚痴の一部だ。実際、社長の指示が社員に徹底されないという問題は、多くの経営者が抱える共通の悩みでもある。
その原因は、社長の意図が正確に役員や管理職に伝わっていないことにある。社長の指示がほとんど「口頭」で行われているためだ。
口頭で指示を受けた管理職は、それを耳で聞くだけで終わる場合がほとんどだ。指示内容をメモに取り、さらに復唱して確認するような役員や管理職は、ほんの一握りの例外に過ぎない。
さらに、耳で聞いただけで社長の意図を正確に理解し、それを頭に刻み込んで実行に移すことなど、大半の人間には到底できないことだ。
日々、次から次へとさまざまな情報が耳に入ってくる中、自分の業務に追われながら、それらを一つ一つ正確に記憶し、整理し、実行に移すことは、そもそも不可能な話だ。
だからこそ、「重要なことは文書にする」ことで正確性を担保する仕組みがある。公正証書や契約書、借用書などがその代表例だ。それにもかかわらず、なぜ重要な社長の指令が文書化されずに口頭で済まされてしまうのだろうか。
その理由は、「対外的なものではない」という点に尽きるのだろうが、実に不思議な話だ。対外的な内容が文書化されるのは、それがトラブル防止の手段であることが明白だからだ。
口頭だけでは、たとえ悪意がなかったとしても、記憶違いや忘却が起こる可能性がある。そもそも、口頭という手段自体が曖昧で不確実なものだ。その曖昧な方法で、重要な社長の指令が伝達される現状は、一体どういうことなのだろうか。
社長自身、口頭での指令が的確に実行されない現実を何度も痛感しているはずだ。それにもかかわらず、それを改めないのは、「社長の指令が的確に実行されなくても構わない」と社長自身が思っているのではないか、と皮肉を言いたくなる話である。
実際のところ、口頭での指令は独り言に過ぎないと言っても過言ではない。これを理解してもらいたい。私自身、会社勤めをしていた際、「長」という役職を任されたときから、どんな指令も必ず書面にして伝えるようにしていた。とはいえ、それは堅苦しい「文書」といった形式ではなく、大半が簡単な「メモ」によるものだった。
例えば、「十円収入印紙、百枚」という簡単なメモを女子社員に渡して買いに行かせる、というほど徹底していた。こうしなければ、下手をすれば郵便切手を買ってきてしまう可能性もあったからだ。
このような方法を徹底したおかげで、私の指令は驚くほど的確に実行された。「指令メモ」は、私にとって仕事を円滑に進める上で欠かせない存在だった。
だからこそ、私は声を大にして「指令メモ」を書くことを社長に強く勧めたい。メモを書く作業など、簡単な内容であれば数秒で済むし、長くても一分を超えることはほとんどないのだから。
つまり、秒単位の短時間で、大半の指令を的確に実行させるためのメモが作れるということだ。それだけではない。この方法には思わぬ副産物もある。それについては、Y社長の言葉を借りて紹介しよう。
「一倉さんのアドバイスを受けて、指令はすべて文書で出すようにしました。その結果、これまででは考えられないほど私の指令が徹底されるようになったんです。これだけでも素晴らしいことだと思っていたのですが、最近では、管理職たちが私のやり方を見習い、自分の部下に指令を出す際もメモを使うようになったんです」とY社長は語る。
社長の行動は、このように自然と部下や社内全体に伝わり、影響を与えていくものだ。まさに、社長の行動そのものが教育そのものと言える。私は「社員の行動は社長の鏡である」という考えを持っているが、これは数多くの会社をコンサルタントとして見てきた中で強く実感していることだ。社員というのは、文字通り社長の指導や姿勢を反映して行動するものなのである。
先に述べたことの繰り返しになるが、「いくら言ってもやらない」と嘆き、諦めてしまうのは、実質的に「社長の言うことはやらなくても構わない」という指導を自ら行っていることに他ならない。つまり、部下は正確に社長の指導通りに行動しているのである。
社長が口頭で指令を出し、それが正確に伝わらないことを理解していながらも、なお口頭で指令を出し続けるのは、「社長の指令は正確に伝わらなくても構わない」という意思を自ら表明しているようなものだ。
だからこそ、社員たちは社長の意思に忠実に従い、指令を軽く扱うようになる。覚えているか忘れているかは曖昧で、やるかやらないかも適当に処理してしまう。これが、社長の行動がそのまま社員に影響を与えた結果なのである。
だからこそ、社長が自らの指令を的確に実行させるためには、指令を「必ず書き残す」という行動を徹底しなければならない。その際、指令内容を秘書にメモさせ、それを必ず自らチェックする仕組みを作るべきだ。これは、自らの意思を確実に実施させるための、社長としての重要な行動なのである。
社長の指令が徹底されない原因として、口頭指令に頼りすぎていることが挙げられます。社員に指令が正確に伝わらず、理解に差異が生じたり、実施されなかったりすることが多く、その結果として社長が期待するような成果が得られないのです。この問題を解決するためには、指令を「文書化」することが非常に重要です。
以下に、文書指令の意義と効果的な方法について整理します。
1. 文書化の必要性
- 口頭指令はあやふやになりやすく、社員が正確に理解・記憶するのが難しいものです。
- 大切な指令が的確に徹底されるためには、文書で指示を残すことで社長の意図が明確に伝わり、社員も迷うことなく実行できます。
2. 実行の効果
- 文書で指令を出すことで、従業員は指令を明確に把握できるため、社長が期待する行動により確実に近づきます。
- 文書による指令は、社内の管理職にも影響を与え、彼らが自らの部下に指令を出す際にもメモを活用するようになるため、組織全体に正確な指令が行き届くようになります。
3. 実行例:指令メモ
- 指令をメモとして書くことを習慣化する。簡単な指令であれば数秒から数分で済み、効果は大きいです。
- 例えば、必要な物品の購入などの細かい指示もメモで行うことで、指令の意図が徹底され、ミスが減ります。
4. 社員教育としての文書化
- 文書化は社内のルール・文化としても浸透し、社員は「社長の指令は正確であるべき」という認識を持つようになります。
- 社長の行動は、会社の規範となるため、部下が指令を正確に理解・実施するための模範として、文書指令を一貫して行うことが教育効果を高めます。
5. 秘書や管理職との連携
- 社長の指令が的確に実行されるように、秘書や役職者にもメモ指令を共有し、社長が確認する仕組みを整えます。
- 指令の追跡や進捗確認も文書で記録し、実行状況をチェックする体制を構築することで、指令が確実に実行されているかどうかを管理できます。
社長が指令を文書化する習慣を取り入れることで、指令が徹底され、会社全体の動きが統一されると同時に、社員教育の面でも大きな成果が期待できます。
コメント