MENU

云わせてはならないこと

「俺は知らない」

D社長はこう語る。「管理職には『社長から直接聞いていないから俺は知らない』なんて言わないでほしい。社長は忙しい。誰かに指示を出したときに、それをいちいち全管理職に『こういう指示を出したから協力してほしい』なんて伝える余裕はない。そんなことをやっていたら社長の本来の仕事が進まなくなるんだ。」

だから、「社長からこういう仕事を命じられたから協力してほしい」と頼まれたときは、快く協力してほしい。社長から直接聞いていないことを理由に協力を拒んでしまえば、会社の仕事は何一つ進まなくなる。この点をよく理解し合い、互いに協力してほしい、と折に触れて管理者たちに繰り返し伝えている。

そのおかげで、最近では「俺は知らない」と言って協力を拒む管理職はいなくなった。D社長はそう語る。

A社の専務は、「社長が管理者に何を命じようと自由だが、俺は知らない」と公然と言い放っていた。人間というものは、どんな内容であれ、自分が直接上司から話をされないと「自分は無視された」と感じやすい。そして、A社の専務のような態度をとってしまうことがある。

D社長は、その点をしっかり理解しており、そうした問題が起こる前に防ぐ手を打っていた。この対応は非常に賢明であり、先を見据えた優れたやり方だと言える。

「それは不可能だ」

R社を見学した際のことだ。工場のあちこちに「本年度の目標・工数三割節減・製造部長」という貼り紙が掲示されていた。見学を終えた後、私は製造部長にこの目標について尋ねた。そのときの製造部長の答えはこうだった。

「工数三割節減。これに科学的な根拠はない。ただ、今年中にどうしても三割節減を達成しなければ、我が社は激しい競争に打ち勝ち、生き残ることができないと、製造部長として判断した。それだけだ」と製造部長は語った。

さらに続けて、「私は課長たちに、この目標を達成するために何をすべきか、それぞれが考え、計画書を提出するように指示した。私の役割は、その計画をチェックし、実現可能なものかを確認することだ。しかし、これが簡単な話ではない。工数の節減は今年が初めてではない。会社創立以来、この十年間、毎年行ってきた。それでもさらに三割の節減を求められている。

一筋縄でいくものではない。だから課長たちは口々に『あれは無理です、これも難しい。その理由はこれこれです』と訴えてくる。」

「私は絶対にこれに耳を貸さない。一つ一つ理由を聞けば、確かにもっともな理由があることはわかりきっている。もっともな理由を聞いてしまえば、私も人間だ。『できないものは仕方がない』と言いたくなる気持ちが湧く。また、そうすれば『話のわかる部長だ』と評価されることもわかっている。」

「しかし、私が話の分かる部長になってしまったら、会社はどうなるのだ。私には、鬼のような製造部長になる以外の道はないのだ。だからこそ、どんな理由があろうとも、部下に目標達成を徹底的に要求し続けなければならない。」と製造部長は力強く語った。

私は深い感銘を受けながらその場を後にした。この製造部長は、後に見事な成果を上げ、若くして役員に抜擢されることとなった。そして、R社の社長の懐刀として、社内外でその名を知られる存在となったのである。

S社は陸運会社であり、そのF営業所は長らく赤字続きだった。そんな中、新たにT氏が営業所長として赴任してきた。T氏が立てた赤字脱出計画の一つに、借りている900坪の倉庫を600坪に縮小し、300坪分の家賃を削減するという対策があった。

これに対し、社員たちは口々に「とても無理です」と反発した。しかし、T氏は一切妥協せず、「何が何でもやり遂げろ。柱を切り取ってでも、壁にカンナをかけてでも実現しろ」と、鬼のような要求を突きつけ続けた。そして、社員たちはその指示を受け、ついに見事にそれをやり遂げたのである。

「成せば成る、成さねばならぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」という歌は、時代を超えて今なお生き続けている。社員というものは、何か新しいことや困難なことを命じられると、決まって二言目には「できません」と口にするものだ。これはある意味、人間の性分ともいえるだろう。しかし、そこで諦めずに、適切なリーダーシップと強い意志を持って押し通すことで、結果を出すことができるのだ。

これに屈してしまえば、企業間競争で敗北を喫することになる。だからこそ、妥協せず、あくまで要求し続けなければならない。しかし、このとき注意すべき点がある。それは、社員から「できません」と言われたときに、「そんなことはない、できるはずだ」と反論してはいけないということだ。

「できる」「できない」はあくまで主観の問題であり、この議論をしても決着がつくことはない。必要なのは、感情的なやり取りではなく、具体的にどうすればそれを実現できるかを冷静に考えさせ、行動に移らせることである。

社員が「できない」と思い込んでいる状況で「できるはずだ」と言い返しても、何も始まらない。社員が「できない」と口にするのは、多くの場合、責任を回避するための伏線に過ぎないのだ。つまり、社長や上司に命じられたことが万が一失敗した場合に備えて、「だから、あの時できないと言ったはずです」と言い訳を用意しているのである。

こうした心理に対処するには、「できる・できない」の議論に踏み込むのではなく、現実的な解決策を引き出し、社員が行動せざるを得ない状況を作ることが求められる。

だからこそ、初めて取り組む場合には、「できるかできないかなんて、やってみなければわからないだろう」という説得が重要になる。未知のことに対して「できない」と言い切る前に、まず挑戦させる機会を与えることが肝心だ。

一方、過去に試みて失敗したことを再度やらせる場合には、「もう一度、新しい工夫をしてみなさい」と伝えることがポイントだ。単に過去の方法を繰り返させるのではなく、新たな視点やアプローチで再挑戦させることで、突破口が見つかる可能性を広げるのである。

もう一つ、社員が社長の指示を拒む際に使う伝家の宝刀がある。それは「ムリですよ」という言葉だ。この言葉に対して「ムリではない」と言い返すのは、社長側の明らかな敗北を意味する。

なぜなら、「ムリかムリでないか」という議論は、完全な水掛け論に過ぎず、どちらも決定的な正しさを証明できないからだ。このような状況では議論が平行線をたどるだけで、物事は一向に前に進まない。重要なのは、この不毛な言い合いを避け、次の一手を考えさせるような対応を取ることである。

社員が伝家の宝刀を引き抜き、「ムリですよ」と身構えているのなら、まずその宝刀を叩き落とさなければならない。この対処法は意外と簡単だ。「そうだ、社長もムリだと思う」と、一度社員の主張を認めてしまえばよい。

社員の主張を受け入れることで、相手は意表を突かれ、それ以上反論する材料を失う。そして、宝刀を叩き落とした後は、こちらから攻めに転じる。「社長もムリを承知で頼むのだ。それでもやってくれ」と切り込む。このアプローチにより、社員の心理的な抵抗を和らげ、行動に移させることが可能になるのである。

これで完全に社長の勝ちである。「ムリを承知で頼む」と言われた社員は、反論する余地を失い、結果的にやるしかなくなる。社長が「ムリ」と認めた上で頼む以上、社員としてはもう何も言わずに行動するほか選択肢がなくなるのだ。この方法は、心理的な抵抗を自然と取り除き、前向きな行動へとつなげる巧妙な戦術と言える。

社員が「ムリですよ」と言うのは、実際には、万が一失敗した場合の責任回避のための予防線である。このときに「ムリではない」と返すのは逆効果だ。なぜなら、それは「できて当たり前。できなければ無能だ」と言っているに等しく、社員の心理的なプレッシャーを増大させるだけだからだ。

こうした状況では、社員が「ムリだ」という主張を取り下げることは期待できない。むしろ、反発心が強まり、状況がさらに膠着してしまうだろう。重要なのは、「ムリ」という主張を否定するのではなく、それを受け止めた上で、行動に導く別のアプローチを取ることである。

「ムリだ」と社長が認めることで、社員にとって状況は一変する。「できなくて当たり前」という前提ができるため、挑戦への心理的なハードルが下がり、「もしできたら大きな手柄になる」というポジティブな意識が生まれるのだ。

このような状況を作り出すには、単なる理屈ではなく、人間の心理を深く理解しておくことが重要である。社員の抵抗や不安を和らげ、挑戦する意欲を引き出すためには、この「心理」を的確に読み取り、活用することが成功への鍵となる。

観念論者は「ムリを言ってはいけない」と教えたがる。しかし、「ムリかムリでないか」を誰が、どのように判定するというのか。それは曖昧な基準に過ぎず、現実を無視した低能な発想以外の何物でもない。

実際の現場では、ムリかどうかを議論するよりも、どうやって進めるかを考えることが重要だ。ムリという言葉に囚われるのではなく、挑戦と工夫によって結果を引き出す姿勢こそが、企業や組織に求められる現実的なアプローチなのである。

「僕が社員に要求することは、正直なところ、自分でもムリばかり言っていると感じる。しかし、社長という立場では、ムリを言わざるを得ない。ムリを言わずにいたら、会社は立ち行かなくなる」と語ったのは、超優良企業を率いるI社長の言葉だ。

この言葉が示す通り、厳しい現実の中で企業が存続し続けるためには、過去にはできなかったこと、ムリだとされていたことを成し遂げていく必要がある。それを避けていては、競争の中で生き残ることはできない。挑戦の連続こそが企業の生命線であり、その旗を振るのが社長の責務なのである。

ムリを社員に要求するということは、決して社長の威厳を示すためでもなければ、社員を苦しめるためのものでもない。それは、会社の存続を図るために必要なことであり、ひいては社員一人ひとりの生活を守るための手段なのである。

企業が競争に勝ち残り、成長を続けるためには、時にムリと見える目標に挑戦しなければならない。それは決して理不尽な要求ではなく、全員がより良い未来を築くための挑戦であり、結果的に会社全体の安定と発展に寄与するものである。

D社長が語った「俺は知らない」と言わせないやり方や、R社やS社の事例から学べるのは、指示や指令が出された際の「協力意識」と「挑戦意欲」を引き出す方法です。協力や挑戦をためらう社員の反応には心理的な防御が働くことが多いものの、その背後には「責任を逃れる予防線」や「失敗への不安」があります。ここで社長が採るべき姿勢は、社員が防御的にならない工夫をしながら、困難な目標に挑戦させることです。

以下に、社長が取るべき具体的なアプローチを整理します。

1. 「俺は知らない」と言わせないための協力意識の醸成

  • 社内の役職者同士で、「社長から直接指示がない」という理由で協力を渋るのは、会社全体の成長にとってマイナスです。D社長のように、管理者へ事前に「協力を惜しまない」姿勢を徹底させることが重要です。
  • この方針が浸透することで、役職者は自身の立場を明確に認識し、責任感をもって「社長の代理として協力する」という意識が芽生えます。

2. 「できません」「ムリです」との向き合い方

  • 社員が「できません」と主張した場合、その言葉に反論するのではなく、まず「やってみなければ分からない」と前向きな姿勢を示すのが効果的です。
  • 「ムリです」と言われた際も、「社長もムリだと思うが、それでも頼む」という言葉で社員の心の負担を減らします。こうした声かけにより、社員は「できなくても良いが、やってみる価値がある」と考えるようになり、失敗の不安が和らぎます。

3. 挑戦を促す「ムリを承知でのお願い」

  • 会社の成長には、過去には難しいと思われた課題にも挑戦し、成し遂げる意欲を高める必要があります。ここで重要なのは、無理を押し付けるのではなく、社員の力を引き出す形で頼むことです。
  • 超優良会社I社長の言葉通り、社長としてムリなことを要求するのは、「挑戦と成長のため」であり、その先に社員の生活があることを伝えるのが肝要です。

4. 「ムリを承知で」の心理的なメリット

  • 社長が「ムリであると理解した上で頼む」という姿勢を示すことで、社員は達成できた際の「手柄意識」が芽生え、挑戦しやすくなります。
  • 結果として社員が挑戦の先に成功体験を積み重ねることで、会社全体の士気が上がり、業務改善や組織の団結が強まります。

結論として、社長は「絶対に無理」という言葉に真正面から否定せず、その上で挑戦してもらう意識を持って指示を出すべきです。このアプローチが、組織全体の成長と社員の自信、会社の存続に繋がるのです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次