昇給の決定方法について
R社を訪問した際、たまたまS常務との会話が昇給の話題に移った。S常務によれば、かつて自社でも合理的な賃金体系を目指し、人事考課制度を導入した経験があるという。しかし、その評価方法をそのまま昇給の基準に適用すると、大きな問題が生じ、実際にはとても使えるものではなかったとのことだ。
仕方なく、社員の氏名、現在の給与、学歴、年齢、勤続年数などを記載した一覧表を作成し、それを基に「勘」で昇給を決めているという。S常務曰く、「これが一番問題の少ない方法だ」とのことだった。
S常務の言葉は、人事考課に象徴される従来の業績評価法の欠陥を端的に示している。その根本的な問題点について改めて考えてみる必要がある。
業績評価法の評価項目を見てみると、積極性、熱意、仕事に対する理解、協調性、計画性、統率力、責任感といった要素が主な対象として挙げられている。
これらの項目は、明らかに貢献度や業績そのものではなく、本人の「資質」や「潜在能力」、あるいは「人物像」に関する評価に過ぎない。これらの要素が優れていれば、確かに良い業績を上げる可能性は高いかもしれないが、それはあくまで業績への期待値に過ぎず、実際の貢献度の評価や実績の測定とは異なるものだ。言い換えれば、業績評価と見せかけて、実際にはまったく異なる性質のものを評価しているに過ぎない。
それだけにとどまらず、評価方法そのものにも根本的な問題がある。というのも、これらの評価項目の一つ一つに一律で十点や五点といった点数が割り当てられており、その合計点で評価を行おうとする仕組みになっているからだ。この手法自体が本質的に矛盾をはらんでいる。
なぜ積極性、計画性、協調性といった異なる特性が、同じ十点で評価されるのか、その根拠は全く不明である。この評価基準を考案した人物も、その点について深く考えた形跡はないだろう。こうした点数設定は、便宜的に決めただけであり、それ以上の理由など存在しないと言ってよい。
さらに問題なのは、その点数が評価する側の能力や性格、偏見、感情といった主観的な要素に大きく左右されることだ。その結果、評価には大小さまざまな不公平や誤りが織り込まれることになる。このような不合理で不公平な評価を基に昇給の差をつけられるのは、評価される側にとってはたまったものではない。
現実には、こうした不合理や不公平は上司の裁量による調整である程度緩和されることもあるが、逆に拡大される場合も少なくない。しかし、その上司による調整もまた、結局は「勘」に頼ったものである。これが、現在行われている「業績評価」と称するものの実態であり、昇給の現状なのだ。では、昇給に対する正しい評価方法は存在するのかという問いが浮かぶが、残念ながら、それに対する明確な解答はない。
しかし、正しい評価方法が存在しないからといって、全員を一律に昇給させるわけにはいかない。社員それぞれの会社への貢献度が明らかに異なる以上、その差を無視するのは不可能である。
この問題に対する答えは何だろうか。正確な貢献度の評価ができない以上、結局のところ「勘」に頼るしかないのが現実だ。しかし、ただ「勘に頼っている」と認めてしまえば、今の時代の社員たちは到底納得しないだろう。これは、評価と昇給の難しさを象徴する問題と言える。
そのため、「勘に頼ってはいません。科学的で公平な評価を行っています」というジェスチャーとして「業績評価」を実施し、最終的にはそれを勘で修正する、という皮肉めいた方法が、伝統的な評価法として行われてきたのが実情だ。結局、表向きの公平さを装いながらも、内実は曖昧さに依存しているのが現状なのである。
しかし、皮肉を言っているだけでは問題の解決にはならない。現実には、どんな形であれ、勘に頼るよりも優れた評価方法を見つけ出し、実践しなければならないからだ。この課題に対して、どのようなアプローチが可能なのかを考えてみる必要がある。
まず第一に認識すべきは、「真に正しい評価は不可能である」という現実だ。人の貢献度や力量を完全に正確に評価することは、本質的に無理がある。ならば、この限界を受け入れた上で、どのような方法が最善なのかを考える必要がある。評価の絶対性を追い求めるのではなく、現実的かつ納得感のある方法を模索することが重要だ。
たとえ貢献度の正確な評価が不可能であったとしても、「会社に貢献する態度や行動とは何か」を具体的に考えることが重要だ。その上で、具体的で明確な評価項目を設定する必要がある。伝統的な評価法の意図は理解できるものの、抽象的すぎて実際には役に立たないという問題がある。そのため、評価項目は抽象性を排除し、観察可能で測定可能なものにするべきだ。例えば、「期限内に業務を完了する能力」や「チームメンバーへの具体的な支援の提供」といった、明確で行動に基づいた基準を設定することが求められる。
この評価には、社長自身の基準で見た本人の実績を組み合わせて、貢献度の評価点を算出する仕組みとなる。しかし、評価点といっても、そもそも数量化が難しいものを無理やり数値化する以上、そこには無理や不合理が生じるのは避けられないし、公平性を欠く可能性もある。それでも、この評価点を既定の昇給基準に当てはめ、最終的な昇給額を決定するのが実際の流れとなっている。
良い方法であれ悪い方法であれ、他に選択肢がない以上、このやり方で進めるしかないと受け入れるしかないのが現実だ。それが会社であり、世の中の仕組みというものだ。では、具体的な評価基準とはどのようなものが適切なのかを考えてみよう。まずは、管理職に対する評価基準から検討してみる。管理職は会社全体に大きな影響を与える立場にあるため、その評価基準も他の職種とは異なる視点が必要となる。
管理職に対する具体的な評価基準として、以下のような項目が考えられる:
- 目標達成能力
担当するプロジェクトや部署の業績目標をどの程度達成できているかを評価する。 - リーダーシップ
チームの指導力や、部下を適切に動機付けて成果を出せる能力を測定する。 - 意思決定の質
重要な判断を行う際のスピードや的確さを評価する。 - 問題解決能力
トラブルや課題に対する対応策の有効性を観察する。 - コミュニケーションスキル
上司、同僚、部下との円滑な意思疎通を図る能力を評価する。 - 部下の育成・指導
チームメンバーのスキル向上やキャリア発展に寄与する姿勢を評価する。 - 業務効率と生産性向上への貢献
自部署の業務効率や生産性を高める取り組みの成果を見る。
これらの基準は具体性を重視し、可能な限り客観的に測定可能な形で設定することが重要だ。また、評価基準が抽象的であれば、主観的な要素が入り込む余地が大きくなり、評価の公平性を損なう可能性が高くなる。この点を念頭に置き、実効性のある基準を整備していくことが求められる。
管理職の役割は「社長の意図を実現すること」である。この基本的な役割を踏まえれば、管理職の評価基準も、この点を中心に据えるべきである。社長の意図とは、会社の経営方針や目標を具現化し、組織全体の方向性を統一することであり、評価基準はその実現度合いを測るものとして設計される必要がある。
具体的には、以下のような基準が考えられる:
- 目標の実現度
社長が定めた方針や目標をどの程度達成できているかを定量的に評価する。 - 組織統率力
社長の意図をチームに的確に伝え、部下や関連部門を効率よく動かす能力。 - 経営方針への共感と実行力
社長の意図を正しく理解し、経営方針を具体的な戦略や行動計画に落とし込み、それを実行する力。 - 部下の方向付け
社長の意図を部下に浸透させ、日々の業務に反映させる力。 - 意思決定と問題解決
社長の意図を背景に、迅速かつ適切な意思決定を行い、予想外の課題にも柔軟に対応できる能力。 - 業績の最大化
社長の意図を基に、部署やプロジェクトの業績を最大化する努力と成果。 - イノベーションの推進
社長が求める新しい価値や改善案を積極的に提案し、実現させる能力。
これらの評価基準は、単なる行動評価ではなく、社長の意図を具体的な成果に結びつけることを重視するべきだ。この視点に基づいた評価項目を明確に定めることで、管理職の役割にふさわしい公正な評価が可能になるだろう。
以下に、管理職、監督職、一般職に対する具体的な評価項目を整理して示してみる。
管理職の評価項目
- 顧客対応
- 顧客の要求を最優先しているか。
- 顧客のために自己の部門の都合を無視できているか。
- 品質と納期を守るために努力しているか。
- クレーム処理を最優先しているか。
- 顧客のために他部門への協力を惜しみなく行っているか。
- 顧客定期訪問を計画通り行っているか。
- 環境・安全意識
- 環境整備を正しく行っているか。
- 清潔・整頓を常に指導しているか。
- 安全に常に心を配っているか。
- 方針実現
- 方針書の理解と実現に努めているか。
- 社長の指令を確実に実施しているか。
- 方針書に示された基準を守る態度を示しているか。
- プロジェクト管理
- プロジェクト計画書を作成し推進しているか。
- プロジェクト計画の実現に支障が生じた際に適切な対策を取っているか。
- 部下指導
- 部下に対する指導を行い、方針書の徹底に努めているか。
- 必要に応じて部下に「プロジェクト計画書」を作成させているか。
- 部下の方針違反や基準無視に対して厳しく注意・指導しているか。
- 正しい仕事のやり方を指導しているか。
- 指令・指示
- 指令や指示を的確かつ迅速に行っているか。
監督職の評価項目
- 顧客第一主義
- 顧客第一の行動を取っているか。
- 環境整備
- 環境整備に力を入れているか。
- 上司との連携
- 上司の方針を理解し、実現に努めているか。
- 計画性
- 三日間の仕事の予定を立てているか。
- 部下指導
- 部下への仕事の指示を的確に行っているか。
- 正しい仕事のやり方を丁寧に教えているか。
- 業務対応
- 仕事が遅れた際に挽回する努力をしているか。
一般職の評価項目
- 勤怠・規律
- 出勤状況はどうか。
- 始業・終業時刻を守っているか。
- 規定・規則を遵守しているか。
- 指示の実行
- 上司の指示をよく守っているか。
- 業務遂行
- 仕事を確実に行っているか。
- 後始末をきちんとしているか。
- 資産管理
- 物を大切に扱っているか。
これらの評価項目は、職種ごとの責任や役割に応じて具体的かつ測定可能な形で設定することで、公平性と納得感のある評価を実現する基盤となるだろう。
右のような評価項目は、「お客様の要求を満たすことが会社の最優先の務めである」という基本理念に基づいて設定されている。この点が極めて重要である。評価基準が何に基づくかを明確にし、その軸を共有することで、評価の妥当性や方向性が確立される。お客様の満足を中心に据えることで、評価項目が単なるチェックリストにとどまらず、会社全体の価値観や使命を反映したものとなる。
したがって、評価項目は社長自らが筆をとり、自身の言葉で書くべきである。これを他人任せにすることは、経営者としての怠慢以外の何物でもない。ここに挙げた評価項目がそのまま最適である必要はないが、重要なのは、社長自身の意図や理念が評価項目にしっかりと反映されていることである。この点を繰り返し強調したい。評価基準は、会社の方針や価値観を具現化するものであり、それを示す責任は社長にあるのだ。
これらの評価項目に一律で、たとえば「一項目十点」のような点数をつける必要はない。それどころか、そのようなやり方は誤りだと言える。一律に点数を割り振る根拠が何もないことは、先に述べた通りだ。では、どのように評価を行うべきか。ここでの答えは、「ウエート付け」を行うことである。
すなわち、各評価項目の重要度に応じて重みを設定し、項目ごとの影響力を差別化するという方法だ。たとえば、顧客満足に直結する項目には高いウエートを与え、周辺的な項目には低いウエートを設定することで、評価のバランスを整えることができる。これにより、評価がより現実的かつ合理的なものとなり、会社の優先事項に基づいた昇給基準の策定が可能になる。
ウエート付けの根拠は、社長が「これは特に重要だ」と感じる項目に大きな点数を与えるべきだという点に尽きる。それは、科学的な根拠に基づくものでもなければ、厳密に論理的なものでもない。しかし、それで構わない。事業経営とは、社長が意図する方向に会社を導くことであり、その意図が評価基準に反映されるのは自然なことである。
事業経営が人間によって行われる限り、評価基準や意思決定には「人間臭さ」が伴うのは当然のことだ。その「人間臭さ」が会社の個性を形成し、組織としての方向性を形作る。社長の価値観と意図が評価項目とウエート付けに反映されることで、会社全体が一体となって目指すべき方向に進むことが可能になるのだ。
ウエート付けによる点数の決定方法を具体的に示すと、この節で挙げた管理職の評価項目を例にとるとよい。たとえば、全体を100点満点として以下のように大枠を設定する:
- 顧客サービス:50点
- 環境整備:20点
- 社長の方針:20点
- 部下指導:10点
このように大枠を決めた上で、さらに各枠内の個別項目に対しても、割り当てられた点数を分割しつつ、再度ウエート付けを行う。たとえば、「顧客サービス」内の項目については、50点を基準に以下のように配分する:
- 顧客の要求を最優先しているか:20点
- 品質と納期を守る努力をしているか:15点
- クレーム処理を最優先しているか:10点
- 他部門への協力を惜しみなく行っているか:5点
同様に、他の大枠に割り当てられた点数も具体的な項目に配分し、それぞれの重要度を反映する。こうした方法により、評価のウエート付けを段階的に行うことができ、より現実的かつ社長の意図を反映した評価基準が構築できる。
このように大枠から細分化したウエート付けを行うことで、全体のバランスを保ちながら、各項目の重要性を適切に反映した評価が可能になる。
このような評価項目とウエート付けは、決して固定的なものではないという点を忘れてはならない。客観的な情勢が変化し、社内の事情も移り変わる中で、評価項目の重要性や実践の度合いも変わっていくからだ。評価基準を固定してしまうと、時代や状況の変化に対応できず、実情にそぐわないものとなってしまう。
たとえば、顧客サービスが重要視される時期にはそのウエートを高く設定し、環境整備が特に求められる局面ではその比重を増やすべきだ。また、新たな経営方針や市場動向が出てきた場合には、これを反映して評価項目そのものを見直すことも必要になる。
評価基準は状況に応じて柔軟に見直し、更新していくことで、現実の課題や会社の方向性に合致したものとなる。この柔軟性を持たせることが、評価制度を有効に機能させるための鍵である。
必要に応じて評価項目の変更やウエートの見直しを行うのは当然のことだ。たとえば、一般職の場合、初めは出勤状況に100点中50点を割り当てていたとしよう。出勤状況は、仕事をするための基本であり、本人の意欲や心構えを示す重要な指標といえるからだ。
そこで、まず出勤状況に大きなウエートを置き、それを改善することを目指す。その結果、出勤率が安定して高くなれば、点数配分を徐々に減らし、最初は40点、さらに20点へと下げる。ただし、他の項目と比較して依然として高い点数を維持する。このようにして浮いた点数は、他の既存項目や新たに追加した評価項目に再配分すればよい。
こうすることで、「出勤は社員にとって最重要事項である」という社長の意図を徹底できるだけでなく、ウエート付けの変更を通じて社員の意識や関心の方向を効果的に指導できる。また、この評価項目と点数は、毎期の始めに全社員に公表し、十分な説明を行う必要がある。これにより、評価基準が透明性を持ち、社員の納得感が高まるだろう。
従来の評価方式では、期首に評価基準の説明が行われることはほとんどない。それは、評価対象が力量や潜在能力といった抽象的なものだからであり、基準を発表する必要もなければ、発表しても意味がないためだ。このような無意味な評価方法が長年にわたって広く行われてきたことは、驚くべきことである。結局のところ、こうした方法はあってもなくても実質的な影響がないために長続きしている。そして、実際の評価や昇進の決定がすべて「勘」によって行われていることを如実に示している。
誤解を避けるために付け加えておきたい。私は「勘」による評価が間違いだと言っているのではない。むしろ、先に述べたように、どんな評価も最終的には「勘」に基づくものであり、良し悪しはあれど、評価の方法は「勘」以外に存在しないというのが現実である。
私が伝えたいのは、「最終的に勘に頼るとしても、だからといって無意味な評価を続けてよいということにはならない」という点だ。昇進、昇給、賞与は定期的に行わざるを得ない以上、評価が無意味なもので終わるのではなく、これを有意義なものにする努力が必要であるということである。
それは、何よりも社長の意図する方向に会社を導くための手段として評価を活用することだ。たとえ最終的に「勘」による判断であっても、それが単なる個人の力量や能力を漠然と評価するものではなく、確固たる方式に基づいたものでなければならない。評価は、会社全体の目標と方向性を具体化し、社員をその目標に向けて動かすための有効な仕組みであるべきだ。
評価をどうするか
評価法に関して、「これが絶対に正しい」という方法は存在しない。結局のところ、社長が思う通りに行えば、それで十分なのである。そもそも、貢献度を正確に数字で表すこと自体が不可能な話だ。それを承知の上で数字を用いるのは、あくまで方便として最も実用的な手段が他にないという理由によるものにすぎない。数字は完全な指標ではなく、評価を形式化するための道具として使われるに過ぎないのだ。
最も常識的な評価法としては、昇進・昇給・賞与を目的に定期的に実施する形が考えられる。その流れとしては、以下のような段階的な手順が一般的だろう。
- 一般社員の評価
直接の上司である下級管理職(または監督職)が評価を行う。その後、中級管理職がその評価内容をチェックし、必要に応じて調整を加えて最終的な評価を決定する。 - 下級管理職の評価
下級管理職に対しては、その直接の上司である中級管理職が評価を行う。その内容を上級管理職が確認し、調整を加えて最終決定する。 - 中級管理職以上の評価
中級管理職以上についても、同様に上位の管理職が評価を行い、必要に応じてさらに上位者が調整しながら進めていく。
このように、評価が各階層で段階的に行われ、上位管理職が最終調整を加える形で進められることで、評価の妥当性やバランスが保たれる仕組みとなる。
もちろん、これが最善の方法というわけではなく、評価点そのものが結局は評価者の「勘」に基づいている点は否めない。上司によるチェックと調整が求められるのは、評価する人の好みや癖、偏りによって生じる個人間や部門間の評価のデコボコを均す必要があるからだ。このプロセスを通じて、評価の偏差を最小限に抑え、組織全体で一定の公平性を保つことが重要となる。
上司による評価法については、結局のところ、以上に述べたような方法が限界だろう。どれだけ工夫を凝らしてみても、まったく新しい独創的な評価法が発見されない限り、どの方法も一長一短であり、大差のない「五十歩百歩」の結果に落ち着いてしまうのが現実だ。
上司による評価ではなく、「自己評価」を取り入れるべきだという主張もある。この方法を実施している会社の実態を調査した経験がないため、具体的に賛否を論じる資格はない。ただし、書籍などから得た印象では、この考え方は「部下の自由意思を尊重する」という思想に基づいているようだ。
しかし、私の見解としては、「部下の自由意思を尊重する」という考え方は、実際の運用においては単なる「きれい事」に過ぎないと思う。現実のビジネス環境では、自由意思の尊重が必ずしも組織運営や評価の公正さに直結するとは限らないのが実情だ。
昇給・賞与については、僅差をつけるな
Y社を訪問していた際、人事部長から相談を受けた。「業績評価制度を導入してから、退職する社員が急に増えたように感じる。これは一体どういうわけなのだろうか」という悩みである。この現象は、業績評価制度の運用方法や評価結果の公正性、納得感の欠如が原因である可能性が高い。
評価結果が昇給や賞与に直結する場合、社員の間でわずかな点数差が実際の待遇の差に繋がると、不満を招きやすい。特に、僅差で昇給額や賞与が異なると、「自分はこれだけ努力しているのに、評価がこれだけしか反映されないのか」という不満が蓄積し、結果として退職につながるケースも少なくない。
社員間の競争を煽ることが必ずしも悪いわけではないが、僅差で優劣をつける運用は注意が必要だ。評価制度を機能させるためには、公平性だけでなく、社員が納得できる形での待遇差の設定が求められる。待遇の差を大きくしすぎず、僅差をつけない運用が、社員の満足度を維持し、離職率を抑えるために有効な手段といえるだろう。
毎年4月の昇給後、7月の賞与を受け取った後に退職する社員が多い一方で、12月の賞与後にはそれほど退職者が出ないという話だった。
昇給額の決定方法について尋ねたところ、「なるほど」と思った。賃金のランクが細かく設定されており、評価点のわずかな違いで昇給額に差が生じる仕組みになっていた。同じ同期でも僅かな差が生じることが原因ではないかと考えられる。(戦後世代の若者は、昇給額を平気で他人に教えるため、互いに差を知ってしまうのだ)。
社員にとって、この僅かな昇給額の差がどうしても我慢ならないのだ。人間誰しも少なからず自尊心を持っており、「自分はあいつよりも仕事ができるし、能力も上だ」と思っているものだ。それなのに、逆に差をつけられるとなれば、不満や屈辱を感じてしまうのは当然である。
しかし、さらに我慢ならないのは、その「僅かな差」である。「あいつと俺に、どうしてたった500円の差をつけるのか」という不満が生まれるのだ。この微妙な差が、社員のプライドを傷つけ、不満を大きくする原因となっている。
しかも、その差が少なければ少ないほど、かえって自尊心を深く傷つける結果となる。これが退職の原因となっているのだ。それにもかかわらず、この点に気づいていない、あるいは「考えて配慮しない」ことが問題の本質である。相手の立場に立てない限り、社員との関係だけでなく、あらゆる人間関係がうまくいかなくなるのは避けられない。
この姿勢は、やがてお客様の立場を無視し、お客様の要求を考慮しない態度へと繋がる。そして最終的には、お客様を失うという深刻な事態を引き起こしてしまうのだ。社員への配慮の欠如が、会社全体の信頼と顧客関係を損なう原因となる恐れがある。
評価点をそのまま賃金のランクに直接当てはめることは避けるべきだ。そもそも評価点は「勘」に基づくものであり、僅かな違いに大きな意味はない。では、どのようにすればよいのだろうか。
答えの一つは、昇給や賞与に関して一定の幅を設け、大まかなグループ分けを行う方法だ。同程度の評価を受けた社員には同じランクや昇給額を適用することで、僅かな差による不満を緩和し、公平感を持たせることができる。また、評価基準の意図や仕組みを社員に説明し、透明性を高めることも重要だ。これにより、評価制度の納得感を向上させ、不満を最小限に抑えることが可能となる。
まず第一に、入社後の3年間程度は昇給額に差をつけないことが重要である。入社直後に成果を出す社員が、その後伸び悩むケースもあれば、最初は期待外れと思われた社員が2年目、3年目にかけて徐々に成長することもある。前者は温暖地出身者に多く見られ、後者は東北地方出身者に多い傾向がある。このような差が出る可能性を考慮し、初期段階での昇給差を避けることで、不必要な不公平感を軽減することができる。
したがって、最初の3年間はじっくりと様子を見て、4年目に明確に差をつけるべきである。このようにすれば、優秀な社員はその評価に納得し、差をつけられた社員も現実を受け入れることができる。早急な判断を避け、成長を見極める期間を設けることで、公平感と納得感のある評価が可能になる。
この方法に不満を持ち、退職する社員が出る可能性もあるが、それは避けられないことである。そのため、入社時にこの方針を十分に説明し、理解を得ておくことが重要だ。あらかじめ方針を共有することで、後々の不満や誤解を最小限に抑えることができる。
この「ハッキリ差をつける」ということは非常に重要だ。3年間じっくりと観察した上での評価であれば、少なくとも1年だけで判断するより妥当性が高い。また、3年分の差を一度に反映させることで、より明確な基準となり、納得感を得やすい。以後も、1年ごとに見るより、2年から3年程度のスパンで評価し、差をつける方が効果的である。
ただし、特別に優秀な社員や特別に問題のある社員については例外的に早期に差をつけるのが適切であり、その場合には大きな差が生じるのも当然の結果と言える。柔軟な対応を組み込むことが、公平性と実効性を両立させる鍵となる。
繰り返すが、そもそも公平な賃金や公平な昇給などは実現不可能だ。だからこそ、評価をあまり技術的に細分化するよりも、評価点だけに頼らず、その他の要素を組み合わせた包括的な方法を考えるべきだ。こうした柔軟な仕組みこそが、社員にとっても組織全体にとっても納得感のある評価を生み出す鍵となる。
その意味で、この節で述べた私の考え方を一つの参考として受け取っていただきたい。私の考え方が必ずしもベストであるとは限らない。その点を誤解のないように理解し、あくまで参考として検討していただければと思う。
昇給に関する適切な評価方法と、報酬制度についての考え方が述べられています。以下に要点をまとめます。
昇給の問題点と評価方法の課題
- 従来の業績評価法の限界
- 一般的な業績評価法は、積極性や計画性、協調性などの抽象的な要素に点数をつけて評価するが、これらは実際の貢献度や業績とは異なり、曖昧で不公平な要素が含まれがちです。
- 評価基準が不明確であり、点数の根拠が明示されていないため、社員にとって納得しづらいものとなっています。
- 社長の勘による判断の限界
- 社長や上司の「勘」による判断も現実的には避けられませんが、透明性や公平性がないため、社員に不満を抱かせる要因となりやすいです。
- 評価にウエートをつける
- 各評価項目に「ウエート」をつけて重要度を調整することが推奨されます。たとえば、顧客サービスに50点、環境整備に20点など、会社の優先事項に応じて点数配分を決めることで、評価がより実態に即したものになります。
具体的な評価基準と評価項目の例
- 管理職の評価項目
- 顧客の要求を優先するかどうか、品質と納期を守っているか、他部門への協力姿勢、クレーム処理など、顧客視点を中心とした項目が推奨されます。
- 部下指導や社長の方針理解・実現力なども評価項目として含めるべきです。
- 一般職の評価項目
- 出勤状況、規定や規則の遵守、上司の指示を守る姿勢、仕事の確実さ、始業終業の時間の厳守など、基礎的な勤務態度を中心に評価項目を設定します。
- 評価項目の見直し
- 評価項目やウエート配分は固定せず、必要に応じて見直すことで、社内外の状況に応じた柔軟な対応が可能になります。
昇給・賞与における差のつけ方
- 僅かな昇給差は避ける
- 小さな昇給差は、社員の不満を引き起こしやすいため、昇給差はしっかりと大きくつけるべきです。僅かな差では社員の自尊心を傷つけることが多く、結果として退職につながることもあります。
- 新入社員には差をつけない
- 入社後の最初の3年間は、昇給差をつけず、成長や安定を待つのが望ましいとされます。3年後に実力や貢献度に応じた差をつけることで、社員も納得しやすくなります。
- 複数年のスパンで評価
- 昇給・賞与は毎年ではなく、2〜3年のスパンで評価して差をつけると公平性が増し、納得感が生まれます。年度ごとに異なる成果を踏まえた大きな差をつけることで、社員は自身の貢献度をより理解しやすくなります。
まとめ
- 昇給・賞与の評価において、最も重要なのは、会社が目指す方向に合わせた「貢献度」の評価基準を設定することです。
- 評価基準や項目は、あくまで会社の方針と顧客サービスの視点から設定し、社長の意図や理念を反映したものにする必要があります。
- ウエートを適切に配分し、必要に応じて柔軟に変更することで、貢献度評価と報酬に社員が納得しやすい制度を構築できるでしょう。
このような考え方を採用することで、昇給や報酬に対する透明性が増し、社員のモチベーション向上にもつながると考えられます。
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