T社は従業員が1300人を超える優良企業だ。およそ8年前に初めてT社を訪問したが、それ以来久しぶりに再び足を運んだ際、社長からこんな話を聞いた。
つい最近のことだ。この地域の警察で公安を担当する人物が突然T社を訪れ、こんな話をしたという。「7〜8年前、あなたの会社には過激な革命党員が37名も在籍し、その数はさらに増える勢いを見せていた。我々の見立てでは、このままではT社の倒産も時間の問題だと思われていた」。
ところが、最近では党員の数は7名にまで減り、その7名も他の社員からはほとんど相手にされていないという状況らしい。そこで公安担当者は、「一体どのような対策を講じたのか、ぜひ参考までに教えてほしい」といった趣旨のことを尋ねてきたそうだ。
これに対し、社長は「特別に何もしていません」と答えたそうだ。それは事実であり、文字通り特別な対策を講じていなかったのだ。当時、革命党員の数が増えていく一方で、事業の業績は振るわず、社長自身も迷い悩む日々を送っていたという。
私は社長に経営計画書の作成を提案した。その計画を練る過程で、まず社長自身が変わり始めた。そして、社長の変化に影響を受けて役員たちも徐々に変化していった。完成した経営計画は、しっかりとした内容の計画書としてまとめられ、全社員に向けて発表された。その瞬間を境に、社員たちの意識と行動が変わり始めたのだ。
2年、3年と経つうちに、会社の業績はまるで嘘のように好転していった。「うちの管理職は、今では社長が考えなければならないことを自分たちで考えてくれるようになりましたよ」と社長が私に話してくれたのは、ちょうどその頃のことだ。
会社が変革を遂げる中で、革命党員の数は徐々に減少し、最終的にわずか7名にまでなった。この7名は純粋なオルグ活動を続けていたが、いつしか社員たちからは全く相手にされなくなってしまったのだ。
L社を訪れたのは、ちょうど春闘の真っ只中の時期だった。社内の壁や窓という窓がアジビラで埋め尽くされ、赤旗があちこちに立てられ、まさに闘争の熱気に包まれている状況だった。
私は社長にこう申し上げた。「尖鋭な労働組合に対して、働きもしないで要求ばかりが人並み以上だという、まったく手に負えない連中だと思っているかもしれません。しかし、それは違います。すべては、あなた自身に原因があると考えなければなりません。社員たちは、こうした行動に出る以外に方法がない状況にまで追い詰められているのです。」
「今、あなたがすべきことは、社員を抑えつけることではありません。まずは自分自身の姿勢を正し、事業経営に全力を注ぐことです。そのためには、経営計画書という道具を活用し、自らの事業を深く見つめ直すところから始めなければなりません」と私は伝えた。
経営計画書の作成と顧客訪問を通じて、社長は大きな気づきを得た。そして3年後には、会社そのものが全く別物と言えるほどの大躍進を遂げた。月給やボーナスは世間相場を上回る水準に達し、それ以上に、社員たちが社長を心から信頼するようになったことが、最大の変化だった。
経営計画書には社長の明確なビジョンが示されており、そのビジョンが着実に実現されていく様子を社員たちは目の当たりにした。それによって、「社長の方針に従って努力すれば、会社は確実に発展する」という認識が社員の間に生まれたのだ。そして、かつて尖鋭的な労働組合の闘士だった者たちは、次々と会社を去っていったことは言うまでもない。
世の社長たちが社員に期待することの第一は、社員が懸命に働いてくれることだ。そして第二に期待するのは、社員が自己成長を遂げてくれることにある。世の中に溢れる管理者訓練や人材育成に関する文献やセミナーは、すべてこの二つの要素に焦点を当てていると言っても過言ではない。
しかし、これらの手法がどれほどの効果を上げているかとなると、多くの場合、社長の期待を十分に満たしているとは言い難い。それどころか、「期待した成果が得られなかった」「失敗に終わった」といった声も決して少なくないのが現実だ。
管理職に責任や職務を説くだけで動機づけられると思うのは誤りだ。同様に、社是や社訓、スローガン、さらには朝礼の説教で社員が懸命に働くようになると考えるのも大きな間違いだ。もしこれらの手法で社員が簡単に動機づけられるなら、誰も苦労などしない。それらが効果を発揮しない理由は、根本的に人間という存在の本質を無視しているからに他ならない。
社員は、自分の生活とその将来を、自らが働く会社に託している。この基本的な事実を無視して、何をどう動機づけようとするのか――これが私の主張だ。社員が最も関心を寄せているのは、会社の現在の姿だけではなく、むしろ会社の将来がどうなるのかという点に他ならない。
それにもかかわらず、ほとんどの会社は社員に対して何の答えも示していないのが実情だ。会社の将来がどうなるのか、そして社長がどのように考えているのかが示されなければ、社員が将来に不安を抱くなというほうが無理な話だ。
さらに、現在の業績も給与も芳しくない状況では、いくら社長が「働け、働け」と声を張り上げたところで、社員が心の底から懸命に働こうという気になるはずがない。社員の意欲を引き出すには、ただの気合ではなく、根本的な条件が整っていなければならないのだ。
そこに革命党員が付け込む隙が生まれる。「君たちがどれだけ懸命に働いても、結局は会社を太らせるだけだ。下手をすれば、会社が倒産して職を失うかもしれない。それどころか、まともな給与も支払わず、資本家のために君たちは搾取されているのだ」と、こうした主張が社員の不安や不満に響き、彼らを引き込む土壌となるのだ。
「こんな状況では、君たちはいつまでたっても報われることはない。だからこそ、組合を結成し、団結して資本家と闘う必要があるんだ」といった主張で、社員たちの不満をさらに煽り、行動に駆り立てようとするのだ。
「君たちの生活を守れるのは、君たち自身だ。他の誰にも頼ることはできない。あの会社では組合を結成してこう変わった、この会社では団結してこうなった。だから、君たちも団結し、資本家と闘わなければならない」というような扇動が、不安と不満を抱えた社員たちに響き、効果を上げるのだ。
そして、ある日突然、労働組合が結成される。社長にとっては完全に予期せぬ事態、まさに寝耳に水だ。組合ができた途端、社長に対して次々と要求が突きつけられ、事態は一気に緊迫したものとなる。
社長は、この状況にどう対応すべきか全く分からない。相手は交渉や運動のプロである一方、社長自身はその分野では素人同然だからだ。こうして組合との対立が深まり、会社内部の混乱が続く中で、業績の向上など到底望めなくなってしまうのである。
このような状況では、私の同情と共感は明らかに労働組合の側に向かう。社員の立場や気持ちは、かつて自分自身が会社勤めを経験しているだけに、痛いほどよく理解できるからだ。
私は、いくつもの会社を渡り歩いた「不良社員」だったが、その根本的な原因は、「この社長のもとにいても、自分の将来に明るい展望が描けない」と感じたことにあったのだ。
そして、会社を辞める決断をするまでの1年ほどは、悩みに悩み続ける日々が続いた。その結果、次第に仕事への集中力を失い、手がつかなくなってしまうのだ。特に年功序列型の日本の会社では、転職するということは、これまで積み重ねてきた年功をすべて捨てる覚悟を伴う。それだけに、決断には大きな葛藤が伴うのだ。
社長が会社の未来像を明確に示さない限り、社員が自分自身の未来を考えられるはずがない。社員の最大の不安はまさにここにある。将来の見通しが示されなければ、社員は不安に苛まれ、やがて意欲を失っていくのだ。
この不安を取り除くことは、社長の重要な責任だ。そして、その解決策は経営計画書を作成することにある。経営計画書は、会社の未来像を具体的に示す道具となり、それによって社員の不安が自然と解消されるのだ。だからこそ、経営計画書を作成し、それを社員に発表した瞬間から、会社が劇的に変わり始めるのである。
「先生、経営計画書を発表したら、社員たちが本当に驚いていました。『社長の方針だけでなく、会社の内情を何もかも包み隠さず、私たち社員に全部見せてくれるなんて本当に嬉しい』という声まで聞こえてきました。それ以来、社員たちの顔つきが変わり、生産も販売も一気に上昇し始めました。まさに経営計画書は“魔法の書”ですね」と、これはK社長が話してくれた内容だ。
K社では、業界全体がブームの反動で売上が3割以上も落ち込む中、驚くべきことに売上が6割も増加した。しかも、生産が追いつかないほどの状況になったのだ。この結果は、誰も予想し得なかった驚きの展開だった。
「先生、経営計画を発表してから、売上が急激に伸び始めました。注文が殺到し、既存のテリトリー内の需要をさばくのが精一杯で、テリトリーを広げるどころではありません。そこで、新工場を建設することにしました」と、これはI社長の言葉だ。不振が続いていた住宅業界の中で、このような状況が起こるとは誰も予想しなかったことだ。
「経営計画を作成してから、社員の意識がまったく変わりました。対前年比で販売目標を40%増と設定した時には、とても無理だと思っていましたが、それが実現しているのです。経営計画の威力には本当に驚かされます」と、これはS社長の言葉だ。その効果の大きさを実感させるエピソードである。
これらの例を聞いて、「本当なのか?」と思う人もいるかもしれないが、すべて事実である。しかも、これは私がこれまで関わってきた数多くの事例の中のほんの一部に過ぎない。これらの結果は、経営計画の力を示す一例にすぎないのだ。
このような成果が生まれるのは、経営計画そのものが強力な力を持っていることに加え、そこに社長自身の明確なビジョンと情熱がしっかりと込められているからだ。経営計画は単なる書類ではなく、社長の思いが反映された生きた指針となることで、社員の心を動かし、会社全体を変える力を発揮するのである。
私が初めてお手伝いに伺う会社の多くは、経営計画書そのものを作っていない場合がほとんどだ。仮に何かを作成していたとしても、それは到底「経営計画書」と呼べるような代物ではなく、計画というよりも単なる数字や目標を羅列しただけのものに過ぎないことが多い。
では、「本物の経営計画書」とは何かについては、私の「社長学セミナー」や、その内容を基にした書籍『社長学シリーズ』第2巻「経営計画・資金運用篇」に詳しく述べている。興味を持たれた方には、ぜひこれらを参考にして学びを深めていただきたい。
経営計画書は、社長自身に真の意味で事業経営の重要性を気づかせ、自らの心に「革命」を起こすためのツールである。同時に、それは社員にとっても、会社の将来に対する不安を取り除き、社長への信頼を深め、希望に満ちた意欲的な働き方を促す「心の革命」をもたらすものである。まさに経営計画書は、「革命の書」と呼ぶにふさわしい存在なのだ。
経営計画書を作成し、それを社員に公開することは、会社全体に強い影響を与える手段です。経営計画書は単なる業績目標や数値計画ではなく、社長のビジョンや方針を具体的に示し、社員が「会社の未来」を理解するための重要なツールです。この計画書が、なぜ社員に革命的な効果をもたらすのか、以下にまとめます。
1. 社員の不安を取り除く
多くの社員にとって、最も大きな不安は「会社の将来がどうなるのか」という点です。自分の働きがどこに向かうのかが分からない状態では、本気で努力しようという気持ちは生まれにくく、むしろ将来への不安や疑念を抱きやすくなります。経営計画書は、会社の方向性と社長の考えを具体的に示し、社員に安心感を与えることで、彼らのモチベーションを引き出します。
2. 社長のビジョンを共有し、目標に一体化させる
経営計画書を通じて、社長が持つビジョンや戦略が共有されると、社員は単に指示に従うのではなく、自分もそのビジョンの一端を担う「共通の目標に向かう仲間」としての意識が芽生えます。計画書に掲げられた方針に共鳴し、社員が自ら考え、行動するようになるのです。
3. 社員に主体的な意識を芽生えさせる
経営計画書が示す未来像に社員が共感すると、「この会社を良くするために、自分が何をすべきか」を主体的に考え、積極的に取り組むようになります。単なる指示や命令では生まれにくい、社員の自発的な行動が促進されます。
4. 実例が示す計画書の力
T社やL社、K社などの例からも分かるように、経営計画書によって経営が劇的に好転することがあります。社員にとっても、「会社が成長していく過程に自分が携わっている」という実感が大きな誇りとなり、ますます努力する動機になります。このように、計画書は社長の想いを社員に伝え、意識改革をもたらす「心の革命」を起こす道具です。
5. 社長にとっての覚醒
経営計画書の作成は、社長自身にとっても事業を根本から見直し、自分のビジョンと向き合う大切な時間です。計画書に自らの信念や経営目標を反映させることで、社長は自分の経営に対する自覚を一層深め、事業に対する確固たる意識を得ます。
まとめ
経営計画書は、社長のビジョンや経営方針を社員に伝え、共通の目標を持って進むための強力な手段です。これにより、社員は将来に対する不安が取り除かれ、信頼をもって努力するようになります。経営計画書の力は、会社を変え、社長と社員双方に心の革命をもたらすものです。
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