賃率とは「単位時間あたりに直接工が生み出す付加価値」として定義されるが、業種によってはこれを「単位あたり工賃」として扱う場合もある。以下では、単位あたり工賃についても賃率として表記していく。
例えば、溶接では溶接長を基準にして「1センチあたりいくら」、塗装では面積を基準に「坪あたりいくら」、染色では長さを基準に「1メートルあたりいくら」、プラント工事では「トンあたりいくら」といった具合に、一見すると非合理的にも思える積算方法が採用されている。
これらの方法は、多少の不合理があったとしても、実用性を優先しているに過ぎない。それ自体は構わないとしても、本質的な問題はそこではない。
要するに、この賃率というものは、一見理解しているようで実際には曖昧な存在だ。よくある誤解のひとつが、「付加価値率が高い方が有利だ」という考え方だ。この認識はかなり根深く、多くの場面で見受けられる。
次に挙げられるのが、売上高だけを基準に評価する考え方だ。売上高の規模に目を奪われ、収益性という本質が見過ごされるケースが多い。実際に、「付加価値率が10%しかない上に、必要賃率の5分の1以下」という極端な事例に直面したこともある。
こうした誤った考え方は是正されるべきだが、賃率の本来の意味を理解していながらも、それに真剣に向き合おうとしない経営者が意外に多いのが現実だ。その姿勢の甘さこそが、大きな課題と言える。
自社商品を持つ企業であれば、何だかんだ言いつつも、ある程度は自ら価格を決定する余地がある。しかし、加工専業の企業となると話は別だ。価格の決定権はほとんどの場合、得意先に握られてしまい、自主的な価格設定はほぼ不可能に近い。
その結果、過当競争の中で「低い賃率でも我慢せざるを得ない」という、一種の宿命的な考えが根付いてしまう。この宿命観が企業を赤字に追い込み、最終的には倒産へと至る道を作り出してしまうのだ。
これを回避するための策として、多くの経営者が取るのは、合理化や能率化、コスト削減、不良品撲滅といった低次元の対策だ。しかし、これらは労力ばかりがかかり、成果が乏しいことが多い。ようやく黒字化にこぎつけたと思えば、次には得意先からの「値下げ要求」を受け入れざるを得なくなる。結局、努力が報われず、同じ悪循環に陥るだけだ。
加工業者は、「この値段でできないなら、他に頼む」という得意先からの脅しに極端に弱い立場にある。これでは、まさに「賽の河原の石積み」のような状況だ。どれだけ努力しても、すぐに壊され、また一からやり直しを強いられる。この繰り返しが、加工業者の苦境を一層深めている。
こうした状況に陥っている根本的な原因は、「販売」、つまり加工業者の場合で言えば受注活動という、企業経営において最も重要でありながら最も難しい活動を放棄している点にある。この放棄は、経営者、特に社長としての職責を全うしていない怠慢以外の何物でもない。
その怠慢の結果として、「親企業からいじめられる」という状況が生まれる。これは多くの加工業の社長が実感として抱いている現実だ。しかし、親企業を恨むのは筋違いだ。採算が取れない仕事であれば、そもそも受けなければよいだけの話である。自ら進んで不利な条件を飲む選択をしておきながら、相手を責めるのは責任転嫁に過ぎない。
加工業の社長が取るべき正しい経営姿勢は、「採算の取れる仕事を自らの努力で見つけ出す」ことに尽きる。そのためには、営業活動に必要な人的資源を適切に配分し、社長自身が先頭に立って受注活動を全力で展開することが求められる。経営者としての責務は、ただ現状を嘆くのではなく、未来を切り開くための具体的な行動を起こすことに他ならない。
さらに、多くの引き合いを集め、その中から採算の取れる仕事を選択していくことが重要だ。その際の選択基準となるのが「賃率」であるのは言うまでもない。賃率を正しく理解し活用することが、会社の健全な経営を支える鍵となる。
この場合、必要となる経済計算は、増分計算を用いた「外注の増加」と「セールスマンの増員」の可否の判断だ。我が社の事業構造の目標としては、内作を「1」とするなら外作を「2」以上にすることを目指すべきである。このバランスを実現することで、受注量の増減に柔軟に対応できる弾力性を備え、企業の安全性を確保することが可能になる。こうした柔軟な経営構造を作り上げるのが、社長としての重要な役割である。
会社を危機に追い込む社長に共通するのは、「外注を減らして内作に切り替えれば収益性が向上する」「セールスマンを増やせば人件費や経費が増大して逆効果だ」といった短絡的な考え方だ。こうした発想が企業の柔軟性を奪い、結果的に経営を窮地に追いやることを、深く肝に銘じる必要がある。経営判断は目先の数字だけでなく、長期的な視点と全体のバランスを見据えて行うべきである。
賃率(単位当たりの工賃や付加価値率)は、特に加工業において企業の収益性を判断する重要な指標です。加工業では価格を自由に決定できず、低い賃率に甘んじる宿命を感じるケースが多いですが、この姿勢が会社の経営を圧迫し、赤字や倒産につながることが少なくありません。以下に、賃率管理と経営方針の考え方について要点を整理します。
賃率の正しい理解とその重要性
- 単位時間当たりの付加価値がカギ
賃率は付加価値を示す指標であり、売上高や表面的な付加価値率だけでなく、単位時間あたりの効率と実際の収益性に着目することが重要です。特に低い賃率で受注することが続くと、努力しても利益が残らない状況に陥ります。 - 加工業の宿命観を打破する
加工業者が受注活動を親企業に依存しすぎていると、低い賃率を受け入れるばかりで収益改善が見込めません。「引き合わない仕事は断る」「自らの努力で利益の見込める仕事を探す」という姿勢が重要です。 - 合理的な受注のための賃率の活用
賃率は、受注の可否を判断する指針です。受注活動を積極的に行い、収益性が確保できる仕事を選び取るべきであり、そのためには賃率の水準が基準となります。営業資源の配分を見直し、経済的な弾力性を持たせるために、外注やセールスマンの増加を検討する必要があります。 - 弾力的な事業構造を目指す
内作に偏りすぎず、「内作1に対して外作2以上」を目標にし、需要に応じた受注量の調整ができるようにすることが理想です。外注を増やすことによって、生産量の増減に柔軟に対応できる仕組みを整え、収益性と安全性の両立を目指します。
経営方針と賃率管理の意識
- 外注活用と受注活動の強化
賃率の改善には、引き合いのある仕事を選択的に受注する方針が必要です。営業の強化や外注の積極的活用によって、競争にさらされやすい内作に過剰依存せず、経営の柔軟性を確保することが肝心です。 - 経費と賃率を長期的視点で捉える
賃率の向上は、目先のコスト削減や単なる合理化で実現するのではなく、持続的な受注活動の努力によって支えられるものです。短期的な経費増を過度に恐れず、必要な投資と拡大戦略を計画的に進めることが、企業の安定と成長に寄与します。
賃率管理を徹底し、収益性を意識した事業運営を心がけることが、企業の持続的な成長と競争優位に繋がります。
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