MENU

スキー宿の原価計算

原価計算の実態を明確にするために、極端なケースを取り上げてみる。たとえば、あるスキー宿を想定する。この宿には、スキーシーズン中は月に300人の客が訪れるが、オフシーズンになると月に30人しか来ない。宿泊料金は1泊1000円だ。

月間の固定費は60,000円、変動費は1人あたり300円とする。このスキー宿の1人あたりの原価をシーズンごとに計算すると、第1表のような結果になる。

このように、すべての原価を単位あたり(客1人あたりや製品1個あたり)に割り振る方式は、「全部原価計算」(Total Costing)と呼ばれる。正式には、この割り振りを「配賦」と言う。

もし自分がこのスキー宿の経営者で、この原価計算の結果を見たとしたら、まず数字から明らかになるのは、シーズンによる収益構造の極端な違いだ。この差が事業の安定性を損なっていると感じるだろう。しかし、表の数字そのものから具体的な解決策を導き出すのは難しい。営者でも、数字だけで答えが出るわけではない。

あなたが、このスキー宿の経営者だったら、この原価計算を見て何を感じ、どういう手を打ったらいいと思いますか。残念ながら、いかに優秀な経営者といえども、この表の数字そのものからは、どんな手を打ったらいいかは出てこないのである。

この宿の経営者は、オフシーズンの宿泊料金を800円に設定した結果、80人の客を集めた。この場合の損益計算と原価はどうなるのか。前の2つのケースと比較して、第2表で検討してみよう。

これを見ると、シーズン中は月15万円の利益が出ているものの、オフシーズンには月39,000円の赤字が発生している。この赤字を解消または軽減するための手を考えるのが経営者の役割だ。しかし、すでに述べたように、客1人あたりの原価から具体的な解決策を数字的に導き出すことはできない。

つまり、単位あたりの原価計算は何の役にも立たないということだ。この無意味な単位原価を計算するためにコストをかける行為は、直ちにやめるべきである。

「しかし、原価がわからなければ困るのではないか」という疑問が出てくるのは当然だ。しかし、どれだけ必要性を感じたとしても、実際には単位あたり原価を前向きに計算することはできないのが現実である。

その理由は、全部原価計算の原則自体にある。「固定費を単位あたりに割り振る」という考え方が、この方法の根本的な問題点だからだ。

固定費は、売上高や販売数量に関係なく、一定期間内で固定的に発生する。一方で、その期間の売上数量は常に変動する。この変動する売上数量に対して変動しない固定費を割り振るため、単位あたりの固定費は毎回異なり、それによって原価も変動してしまう。

つまり、単位あたり原価は、売上数量が確定しなければ計算できないものだ。これは過去の結果をもとにした計算であり、未来の売上が不確定な状態では前向きな計算は不可能ということになる。

もし前向きに原価を計算しようとするなら、すべての商品について予想される売上数の範囲内で、あらゆる数量に応じた原価を計算しておく必要があるだろう。たとえ10個単位や100個単位の区切りをつけたとしても、結果的に数千通り、多ければ何十万通りもの原価を計算しなければならなくなる。

こんなことを現実に行うのは不可能だし、仮にやったところで得られるメリットはほとんどない。「骨折り損のくたびれ儲け」になるのが関の山だ。繰り返すが、単位あたり原価は事前に計算できないものだという事実を認識しなければならない。

「前向きの単位あたり原価は計算できない」という正しい認識を前提に、その上で何をすべきかを考える必要がある。そして、実際に取るべき方法は存在するのだ。

その方法を用いることで、スキー宿のオフシーズンにおける宿泊料金800円という設定が、十分な根拠をもって導き出せるようになる。その具体的な方法は以下の通りだ。

スキー宿の原価計算から見る経営の視点:単位当り原価にとらわれないアプローチ

スキー宿のようなシーズン性の強いビジネスにおいて、伝統的な単位当りの原価計算は、経営上の意思決定に役立たないどころか、誤解を生むことがある。このようなビジネスでは、固定費と変動費の区別を理解しつつも、単位当り原価に依存しない新たな視点での原価管理が必要だ。

単位当りの原価計算の限界

シーズンによって客数が大きく変動するスキー宿の場合、以下のようなことが発生する:

  • シーズン中:月に300人が訪れ、1泊あたりの宿賃が1,000円で固定費が60,000円、変動費が一人当たり300円だとすると、シーズン中の利益は月に約15万円になる。
  • オフシーズン:客数が激減し月に30人程度になると、固定費を割り当てた一人当りの原価が増大し、宿賃が同じ1,000円でも赤字となる。このため、経営者がオフシーズンのサービス料金として宿賃を800円に設定し、客数が80人に増えても、月に29,000円の赤字が発生する。

上記のように、単位当りの原価計算に基づいても経営判断には役立たないことがわかる。これは、固定費を人数に応じて割り当てることで一人当りの原価が変動してしまい、実態を正確に反映しないからである。

オフシーズンにおける新たな原価計算のアプローチ

単位当りの原価計算ではなく、シーズン全体の収支や固定費・変動費の総額を基にした柔軟な経営判断が求められる。このような場合には、以下の方法を用いることで、確実な意思決定が可能となる。

  1. シーズン全体での収支管理
    シーズンとオフシーズンを合わせた年間収支としての目標を設定する。シーズン中の収益でオフシーズンの固定費負担を軽減することを前提に、年間通しての黒字化を目指す。
  2. 変動費と固定費の総額で判断する
    客数にかかわらず発生する固定費と、客数に比例する変動費の全体的なバランスを考慮することで、単位当りの原価に縛られない経営判断が可能になる。
  3. 価格戦略の柔軟性
    オフシーズンには、固定費を無理に分配せず、変動費をカバーする程度の価格設定とし、顧客数の増加を狙う。これにより、客数が多少増えれば固定費の負担が軽減され、より持続可能なビジネスが可能となる。

スキー宿の事例から学べること

スキー宿のように季節ごとに需要が変動する業態では、単位当り原価に頼るだけでは不十分である。実務上は、シーズン全体での収益確保と固定費のカバーに焦点を当て、柔軟な価格戦略や収支管理を行うことで、安定的な経営が実現できる。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次