原価計算の方法と限界
商品の一個あたりの利益がどれくらいかは、多くの経営者が最も関心を寄せるテーマの一つだ。そのため、商品ごとに原価を算出し、売価との差を計算するという手法が用いられる。
ところで、この方法で本当に一個あたりの利益を正確に算出できるのかという疑問が残る。確かに計算自体は可能だ。ただし、それはあくまでも過去のデータに基づく「事後計算」に過ぎず、この結果をそのまま将来に適用することはできない。
「そんな馬鹿なことがあるのか」「もしそれが本当なら、原価計算なんて無意味じゃないか。到底納得できない」と感じる人も多いだろう。
確かにもっともな指摘だが、前向きの原価計算ができない理由については「スキー宿の原価計算」の項で触れた通りだ。ここでは具体的な例を使ってこの点を詳しく説明してみよう。(第5表)を参照してほしい。
全部原価計算の基本とその問題点
これは、一般的に最も広く採用されている計算法であり、原価計算の原則に忠実に基づいている。具体的には、固定費を売上高に比例させて按分している。
この表を見る限り、A商品の方が利益が大きいように見える。もしこの計算が正しいとするなら、B商品の販売をやめて、その分A商品を20個販売すれば、利益は180円になるはずだ。
本当にそうなるのかを計算してみた結果が〈第6表〉だ。驚くべきことに、利益は予想を大きく下回り、わずか30円にまで減少してしまう。
さらに詳しく内容を確認すると、製造原価が一個あたり5円増加している。その内訳を見てみると、変動費に変化はないが、固定費が5円上昇していることがわかる。加えて、一般管理費・販売費も2円50銭上昇している。その結果、総原価が合計で7円50銭増加してしまったことが判明する。
念のため付け加えておくが、変動費も固定費も実際には変わっておらず、計算に誤りやトリックも存在しない。(この点についての解明は後述する)では、いったい何が起きたのか。まるで狐にでもつままれたような感覚になるのではないだろうか。
もし、儲けが大きいはずのA商品だけを売った場合に利益が減少してしまうのなら、逆に儲けが少ないはずのB商品だけを販売した場合はどうなるだろうか。その結果を示したのが〈第7表〉である。
今度は利益が増加している。その理由は、製造原価と一般管理費・販売費が下がったためだ。これは、A商品のみを販売した場合の結果とは全く逆の現象だ。
一体どこで何が起きているのだろうか。儲かるはずの商品が儲からず、逆に儲からないはずの商品が儲かるとは……。では、「原価計算で儲かると出たものは儲からない。儲からないと出たものは儲かる」と決めつければいいのかというと、もちろんそんな極端な結論を出すわけにはいかない。
過去の原価は計算可能だが、その数字をそのまま将来の計画に当てはめることはできないという一例が、まさにこのケースだ。では、この現象の不思議をどのように解明すればいいのか。その答えを示したのが〈第8表〉である。
この表を確認すると、A商品もB商品も、売価や変動費には一切の変化がないことがわかる。次に注目すべきは製造固定費の総額だ。この金額は、各商品の一個あたりに割り当てられた固定費を、それぞれの販売個数に掛け合わせて算出し、会社全体の固定費総額としてまとめたものである。一目見れば明らかなように、三つのケースすべてで固定費総額は全く同額だ。
全く同じ原価であるにもかかわらず、それが異なって見える原因は、「固定費を単位当たりに割り当てる」という全部原価計算の原則に基づいている。この方法自体が、固定費を販売数量に応じて見かけ上変動するように見せかけてしまうのだ。
固定費と変動費の本質的な理解
固定費とは、以前に説明したように、売上や生産量に関係なく、「経営全体の総額」として一定の期間に比例して発生する性質を持つものである。つまり、A商品だけを作ろうと、B商品だけを作ろうと、あるいはA・B両商品をどのような割合で生産しようとも、固定費の総額そのものは変わらないのだ。
会社全体では一定である固定費を、数量が変動する各商品に対して、もっともらしく見えるが実際には誤った理論に基づいて按分することで、単位当たりの割当額が変動してしまう。その結果、本来変わらないはずの原価が、あたかも変わったかのように見える仕組みになっているのだ。
「数が増えれば原価が下がる」という考え方は、実際には、数が増えたことで固定費の総額が変わるわけではなく、固定費の単位当たりの割当額が減る、つまり商品一個あたりの固定費が低く見えるに過ぎない。固定費の総額自体は変わらないにもかかわらず、この現象が「原価が下がる」という錯覚を生み出しているのだ。ここに大きな誤解が潜んでいる。
その錯覚の原因は、変動費と固定費の特性を正しく理解していない点にある。この機会に、改めて変動費と固定費の特性を整理して復習しよう。
変動費の特性
- 売上や生産量に比例して発生する費用
例:材料費、直接労務費、販売手数料など。 - 商品を1つ多く生産または販売するごとに、追加で発生する費用。
- 数量が増えれば費用も増え、減れば費用も減る。
固定費の特性
- 一定期間内で総額が変動しない費用
例:設備費、賃借料、固定給、保険料など。 - 生産量や販売量に関係なく発生する。
- 数量が増えれば、単位当たりの負担額は減るが、総額は変わらない。
- 数量が減れば、単位当たりの負担額は増えるが、これも総額には影響しない。
この特性を理解していないと、固定費が分配の仕方によって変化するように見え、誤解が生じてしまう。変動費と固定費を分けて考えることが重要だ。
変動費は売上の増減に比例して変動する費用であり、固定費は売上に関係なく一定期間で発生する費用である。
固定費削減の限界と収益増大への道
多くの赤字会社を見てきたが、その決算書を確認すると、ほとんど例外なく製造経費や一般管理費・販売費の各勘定科目にチェックが集中している。それ以外の項目にチェックが入ることは少ない。この状況は、固定費に対する関心の高さを如実に示している。
それにもかかわらず、収益を増大させる具体的な策は何も持ち合わせていない。この状況では、赤字からの脱出は他力本願に頼る以外に方法がないと言えるだろう。
確かに、コスト削減による赤字脱出を試みるケースは多い。むしろ、更生会社の再建を託された社長が最初に手をつけるのは、たいてい減量策だ。そして、それが「定石」とされているのも事実である。
しかし、このような場合、まず対処するのは極端に肥大化した固定費の削減だ。ただし、それだけでは不十分であり、その後に必ず収益増大のための具体的な施策が打たれていることを理解しておく必要がある。
一度減量策を進めると、人員削減を除けば、それ以上固定費を削減する余地はほとんどなくなる。最終的には、収益を増大させる手立てを講じる以外に道は残されない。
それにもかかわらず、すでに削減の限界に達している固定費をさらに減らそうとする社長が多い。この姿を目にすると、この固定費削減への執着がいかに根強いかを痛感させられる。
固定費削減に最も強い関心を示すのは、会計士や税理士といった専門家たちであり、社内では経理担当者がその中心だ。このグループは、収益増大に関してはほとんど「音痴」と言える状態であり、もっぱら固定費削減を社長に提案し続ける傾向がある。
その気持ちも理解できなくはないが、もしその結果として、削るべきではない費用――例えば販売促進費や商品開発費――にまで手をつけてしまうようなことがあれば、それは会社をさらなる危機に追い込む原因となる。
費用を無駄遣いすることは避けるべきだが、必要な経費を削ることはそれ以上に危険である。この点については、後ほど改めて詳しく触れることにする。
―話を元に戻そう―「固定費を削減する余地がない以上、収益を増大させるしか方法はない」という認識に立って、では具体的にどのようにして収益を増大させるかを考える必要がある。
そのためには、まず「収益とは何か」を正確に理解する必要がある。収益とは、言うまでもなく会社の収入のことだ。この収益が固定費を上回れば利益が生まれ、逆に下回れば赤字となる。
収益は、商品やサービスを販売することで得られるものだが、売上全体がそのまま収益になるわけではない。売上には外部からの仕入れが含まれているため、これを差し引いたものが本当の収益となる。流通業では「仕入れ」という項目がそのまま該当するが、製造業の場合は、本書で定義している変動費がそれに相当する。
この収益は、流通業では一般的に「粗利益」と呼ばれる。「荒利益」と表現する場合もある。製造業では「加工高」や「付加価値」という呼び方が一般的だ。本書では、流通業の場合は「粗利益」、製造業の場合は「加工高」または「付加価値」という用語を用いることとする。また、「限界利益」という言葉も本質的にはこれらと同じ概念を指している。
収益性と全部原価計算の矛盾
ここで〈第5表〉を基に、A商品とB商品の収益計算をしてみる。この計算が分かれば、あとは簡単だ。この会社の総収益は以下の通りである。
各商品の損益計算
A商品
売価 – 変動費 = 加工高
100円 – 70円 = 30円
B商品
売価 – 変動費 = 加工高
160円 – 120円 = 40円
各商品の収益
- A商品の収益: 30円 × 10個 = 300円
- B商品の収益: 40円 × 10個 = 400円
合計収益: 300円 + 400円 = 700円
全体の損益計算
収益 – 費用 = 利益
700円 – 570円 = 130円
したがって、この会社の利益は130円となる。
同様に、〈第6表〉と〈第7表〉の損益計算も以下のように整理できる。
各商品の収益比較
- A商品の収益: 一個あたり30円
- B商品の収益: 一個あたり40円
したがって、B商品の方が一個あたりの収益が10円多い。
商品構成を変更した場合の収益差
もしB商品10個の販売をやめて、その代わりにA商品を10個増やした場合、収益の差は次のようになる。
収益差 = 10円 × 10個 = 100円
したがって、商品構成を変更した場合の収益の増減は100円となる計算だ。
この収益差によって、元の利益130円が〈第6表〉では30円に減少した。一方で、A商品を10個減らしてB商品を10個増やした場合、収益は100円増加し、結果として利益は130円から230円へと増えた(〈第7表〉)。
B商品の方がA商品よりも収益性が高いにもかかわらず、全部原価計算では固定費を機械的に按分することで、A商品の方が有利であるという誤った結果を導き出してしまった。このことから、全部原価計算の問題点が明確になったのではないだろうか。全部原価計算では、「一個当たり」の計算を行うことが原則となっているが、その方法が本質を歪めてしまう場合があるのだ。
すべてを「一個当たり」で計算するために、これまでの例からも分かる通り、本来の「真実の姿」が完全に見えなくなってしまう。会社にとって重要なのは「一個当たり」ではなく、「会社全体でいくら収益を上げ、いくら費用がかかるのか」という全体像だ。その全体像を歪めてしまう全部原価計算は、事業運営にとって「危険物」以外の何物でもないと言える。
商品別収益比較の落とし穴:全部原価計算の問題点と収益拡大の視点
「この商品は一個あたりいくら儲かるのか」という疑問に対し、ほとんどの会社では商品ごとに原価計算を行い、売値との差から利益を算出する方法を採用している。しかし、これが本当に収益判断に有効な方法かどうかは疑わしい。全部原価計算による「一個あたりの利益」は事後計算であり、将来の意思決定には適していない。以下、その問題点と、より実態に即した収益判断の方法について解説する。
全部原価計算の問題点:一個当たりの計算に潜む矛盾
全部原価計算では、固定費を売上に比例して商品ごとに配賦する。例えば、A商品とB商品の利益を比較する際、売上高や生産数に基づいて固定費を配分するが、これは実際には収益性を正確に示さない。固定費は売上に関係なく一定で発生するため、特定の商品や部門の売上が増加すると、それに比例して他の商品や部門の固定費負担が減り、一見利益が増えたように見える。この矛盾が、商品別の収益比較を誤解させる原因となっている。
例として、A商品が有利と見える計算結果からB商品を削減してA商品を増やしたとすると、逆に利益が減少する場合がある。これは「固定費を一個あたりに割り当てる」方式によって、実際には変わらない固定費が、割り当て方の違いで見かけ上変化してしまうからである。
固定費と変動費の特性の理解
固定費は売上高に関係なく発生するコストであり、期間に依存して発生する。一方、変動費は売上高に比例して変動する。したがって、固定費を商品ごとに一個あたりで配分することは、収益判断において大きな誤りを引き起こす。収益性を判断するには、「会社全体の固定費」と「商品ごとの変動費」を分けて管理することが必要である。
商品別収益性の本質的な判断方法
商品ごとの収益性を把握するためには、「粗利益」(製造業では加工高や付加価値とも呼ばれる)を用いることが有効だ。これは、商品ごとの売上から直接の変動費を引いたもので、固定費は分配せず、会社全体の総額として管理する。この方法により、固定費に左右されずに商品ごとの純粋な収益力を比較できる。
例えば、以下のような収益比較を行うと、固定費の影響を排除し、商品ごとの利益を真実に近い形で評価できる:
- A商品の収益は一個あたり30円、B商品は一個あたり40円
A商品を増やすと粗利益は30円×個数、B商品を増やすと40円×個数の収益増加が見込める。 - 収益増加の視点
固定費を減らそうとするのではなく、B商品の販売を増やすなど収益拡大に集中する方が利益に直結する。
経営判断に役立つ実務的な収益増加策
固定費の削減に注力する経営者は多いが、固定費を削りすぎると必要な経費や販売促進費までも削減してしまい、長期的な収益力が低下するリスクがある。むしろ、収益を拡大するために次のような施策が重要である:
- 商品の収益力を比較して、販売戦略を調整
A商品とB商品でB商品の収益が高ければ、B商品の販売を強化する。 - 販売促進と商品開発への投資
必要な経費(販売促進費や商品開発費)は積極的に投入し、収益増加のための基盤を整える。 - 全社的な収益視点で損益を管理
商品別の収益比較を固定費配分ではなく、変動費を考慮した粗利益で行い、全社収益の向上に注力する。
結論
商品別の収益比較を行う際、固定費の配賦によって誤った収益性判断がされがちだ。経営判断には、商品ごとの変動費と全社の固定費を区別し、粗利益や加工高を基準にした収益判断が有効である。固定費削減に固執するのではなく、収益拡大策を中心に据えた戦略で、真の収益力を高めることが事業の発展につながる。
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