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新しい仕事は引合うかどうか

F社はT社の下請けとして取引を続けていた。しかし、ある年にT社の事情で仕事量が大幅に削減され、A商品のみを扱う形となった。その結果、F社は赤字に転落する事態に陥った。当時の損益計算書の状況は〈第10表〉に示されている。

F社は、大幅に余剰となった設備と人員を活用し、赤字からの脱却を目指して新たな仕事を見つける必要に迫られた。懸命な努力の結果、新たな取引の話が舞い込んだ。それがB商品である。

B商品の価格は指値で提示されており、その条件で受注するべきか判断するため、経理部門で原価計算が行われた。その結果が〈第11表〉に示されている。

せっかく舞い込んだ引き合いだったが、採算を確認した結果、赤字になることが判明した。すでに赤字を抱える状況で、さらなる赤字を重ねるわけにはいかない。こうした理由から、F社はこの引き合いを断らざるを得なかった。その後もF社は赤字に苦しみ続けることとなった。

ところが、もしこの仕事を引き受けていたならば、F社は黒字転換を果たしていたことが後に判明した。一体どこで判断を誤ったのだろうか。〈第12表〉には、A商品とB商品を両方製造した場合の損益計算書が示されている。驚くべきことに、その結果は30円の黒字だったのだ。

A商品のみを製造していた場合、会社全体の固定費はすべてA商品に割り当てられていた。しかし、B商品を追加で製造することになれば、固定費がB商品にも配分されることになる。この再配分が損益計算に大きな影響を及ぼした。

会社全体の固定費は、A商品のみを製造していた場合と比べても変わらなかった。A商品の生産時点で余剰となっていた設備や人員が、B商品の生産にも十分対応できたため、固定費の追加発生はなかったのである。しかし、B商品に固定費が割り当てられた結果、A商品への割り当てが減少し、A商品の利益率が大幅に向上した。その結果、B商品の赤字分を補うだけでなく、なお余るほどの黒字が発生し、会社全体で黒字転換を果たす計算となった。

〈第11表〉は、実は〈第12表〉からB商品の部分だけを抜き出したものだ。そのため、この計算表ではB商品単体での収益性を正しく評価できておらず、固定費の配分が全体の文脈から切り離されている。この結果、〈第11表〉の計算自体が誤りであることは明らかだ。

ただし、この例題では数字を極端に簡略化しているため、会社全体の計算を容易に行えた結果、誤りに気付けたに過ぎない。実際のビジネスの現場では、数百から数千の商品を扱う中で、毎回すべての商品の原価計算をやり直すのは現実的ではない。特に、こうした見積もり作業に与えられる時間的余裕は非常に限られていることが多く、迅速な判断が求められるのが通常だ。

さらに、たとえ時間的余裕があったとしても、すべての商品について詳細な原価計算を毎回やり直すのは非効率的で現実的ではない。そのため、通常は会社で既に設定されている経費率をそのまま利用して計算を行う。この方法では、割り当てられる経費分だけ利益が低く見積もられる結果となり、実際の利益を正確に反映できない問題が生じる。

こうした事情を知らないために、実際には収益性の高い商品にもかかわらず、低収益や赤字という烙印を押してしまうケースは珍しくない。このように、割り掛け計算の方法が原因で、真実の利益構造が見えなくなってしまうことがある。この事例でも、割り掛け計算が前向きな経営判断に役立たないことが証明されていると言える。〈第13表〉には、F社の固定費割り掛けの詳細が示されている。

A商品のみを扱っていた場合と、A商品とB商品を両方扱った場合では、固定費の総額そのものに変化はない。異なるのは、B商品に割り当てた固定費分だけA商品への割り当てが減少した点である。この再配分が、両商品の損益計算に大きな影響を与えた。

この点について、反論も考えられるだろう。その主張は、おそらく「現実の場面では、新商品の売上高が会社全体の総売上高に占める割合は小さいため、従来の経費率で割り掛けたとしても、全体に与える影響はごく僅かに過ぎない」というものであろう。確かにこれは、固定費の総額に対する影響という観点では正しい。しかし、問題の本質は、新商品の利益構造そのものにある。新商品の収益性が割り掛け計算によって過小評価されれば、有望なビジネス機会を見逃すリスクが生じるのである。

この新商品が、F社の例のように、仕事が不足している状況や閑散期に登場した場合、誤った判断を下すことの影響は非常に深刻である。この例は、私が若い頃に勤めていた会社で実際に起こった出来事をモデルとして簡略化した実話だ。もし新商品の収益性を正しく評価できず、不採算だと判断して断ってしまえば、会社は貴重な収益機会を失い、経営危機を招く可能性がある。誤った判定が引き起こすリスクの大きさを、改めて考える必要があるだろう。

別の例を挙げると、O社は土木関連の構造物を製造するメーカーだった。その商品の特性上、需要が集中するのは11月から4月頃までの限られた期間であり、それ以外の時期は閑散期となり、売上はごく僅かしかなかった。このような季節性の強い業種では、閑散期の活用や収益確保の戦略が特に重要となる。

私は社長に、「閑散期に対応する商品の開発を検討しているのか」と尋ねてみた。すると、社長は「やりたい気持ちは強いが、採算の合う商品がどうしても見つからない」という返答だった。この言葉から、閑散期の課題は認識しているものの、収益性や資源配分の難しさが新規事業開発の障壁となっていることが伺えた。

価格の見積方法について確認すると、案の定、現在の商品に対して固定費を率で割り掛ける方式を採用していた。O社は実質的に一年の半分で事業を成り立たせている会社であるため、一年分の固定費を売上が集中する半年間の商品に割り当てていた。その結果、割り当てられる固定費は、実際の一カ月分の固定費の三倍に跳ね上がっていたのだ。

この割り当て率をそのまま閑散期に開発する新商品に適用すれば、当然ながら非常に高い価格設定となる。そんな価格では市場競争力を持つことは難しく、新商品の採算が取れないと判断されるのも無理はなかった。これは、固定費の割り掛け方式そのものが新商品の可能性を潰している典型的な例である。

このような考え方を続ける限り、閑散期の商品開発は永遠に実現しない。そこで私は次のように説明した。

「閑散期の固定費は、すでに繁忙期の商品に割り掛けてカバーされている。したがって、閑散期に開発する新商品については、固定費を割り掛ける必要はない。固定費を考慮せず、変動費と収益だけに注目して採算性を判断すればよい。」

このアプローチを取ることで、閑散期の商品を競争力のある価格で提供できるようになり、収益性を改善する余地が生まれる。従来の割り掛け方式に縛られることなく、柔軟に考えることが重要だと強調した。

この方法を採用すれば、閑散期の商品は無限に見つけられる可能性が広がる。固定費の割り掛けを考えないことで、価格設定を他社よりも低く抑えることができ、市場での競争力が大幅に向上するのだ。

つまり、収益だけに注目し、固定費を繁忙期でカバー済みとする考え方によって、閑散期の商品でも十分に勝負できるようになる。この柔軟な発想が、新しいビジネスチャンスを切り開く鍵となる。

この方法を用いれば、閑散期の商品でも収益を確保することが十分に可能である。ところが、O社のように誤った固定費の割り掛け方式を採用していると、本来獲得できるはずの収益をみすみす逃してしまうことになる。

実際、私の経験上、このようなケースは数え切れないほど存在する。固定費の割り掛けに固執した結果、有望なビジネスチャンスを失った企業は少なくない。これは、柔軟な発想や正確な原価計算が、いかに経営において重要であるかを物語る典型例だと言える。

だからこそ、誤った考え方や方法論については、虚心坦懐にその誤りを認める姿勢が求められる。それを放置して固執するならば、どこで思わぬ損害を被るか、どのような形で収益の機会を逃すかは予測がつかない。

固定費の割り掛けに代表されるような間違った計算や判断が、経営に与える影響は計り知れない。重要なのは、既存の方法が常に正しいとは限らないという前提で、柔軟に検証し、必要ならば修正することだ。そうした姿勢こそが、企業の持続的な成長を支える鍵となる。

話を本題に戻すと、F社の場合、事前に正しい判断を下すには、「変わるもの」だけを見極め、それを元の数字に加えるだけで十分だ。

具体的には、新たな商品や取引によって増減する変動費や直接的なコストに注目し、それらが収益に与える影響を計算する。固定費はすでにカバーされているものとして無視し、純粋に新しい取り組みが利益を生み出すかどうかを評価する。この方法なら、複雑な計算に頼ることなく、正確な判断が可能となる。

設備や人員が大幅に余剰状態にあるため、B商品を生産しても固定費が増加することはない。したがって、固定費については考慮する必要はなく、「変わるもの」、つまりB商品から得られる加工高に注目すればよい。

加工高は以下の計算で求められる。

売価 – 変動費 = 加工高

具体的に計算すると、

45円 – 32円 = 13円

となる。この13円が、B商品を生産することで追加的に得られる利益の一部を示している。この視点に基づけば、固定費に引きずられることなく、正しい判断が可能になる。

B商品は1個あたり13円の加工高を生み出すため、10個販売すれば加工高は130円増加する。つまり、それだけ収益が増加するということだ。

現在の赤字が100円である場合、この増加分を加えると次のようになる。

100円(赤字) – 130円(加工高増加) = 20円(黒字)

これだけ簡単な計算で、B商品を導入すれば会社が黒字転換することがわかる。このように、「変わるもの」だけに注目して判断することで、無駄な複雑さを排除し、的確な経営判断を下すことが可能になる。

損益の判定は、必ずしも原価計算を必要としない。むしろ、固定費を含めた原価を詳細に計算しようとすることで、誤った判断を下してしまうリスクが高まる。そのため、原価計算に固執せず、「変わるもの」、つまり増加または減少する要素にのみ焦点を当てるべきだ。

実際、固定費は既存の事業で賄われている場合が多く、新たな取引や商品の損益判断に含める必要はない。重要なのは、売価から変動費を引いた加工高がプラスであるかどうか、そしてそれが全体の赤字を埋めるだけの効果を持つかどうかだ。

原価計算をしないほうがシンプルで正確な判断ができるケースも多い。原価計算に頼りすぎることで、かえってチャンスを逃す可能性があることを認識するべきだ。

新しい仕事が採算に合うかの判断方法:変わるものに注目する

F社の事例からわかるように、新しい仕事の採算を判断する際に、「変わるもの(変動費や収益性)」に注目し、「変わらないもの(固定費)」を考慮しないことが重要だ。固定費の割掛けにとらわれると、本来有利な案件を不採算と判断してしまうリスクが生じる。この問題は、特に閑散期や人員や設備に余裕がある場合に顕著に表れる。以下、この視点を実務でどのように適用すべきかについて解説する。

誤った固定費配分の影響

F社が新しいB商品の引き合いを断った理由は、固定費をB商品に割り当てた結果、赤字と判断されたためである。しかし、実際には新規案件を受けることで固定費の負担が他の商品の割り当て分だけ減少し、会社全体で黒字となっていた。このケースの問題点は、次のようにまとめられる:

  1. 固定費が変わらないにもかかわらず配分した:F社では設備と人員に余裕があり、B商品を追加しても固定費は増えなかった。それにもかかわらず、固定費を商品別に割り当てた結果、B商品が赤字と判断された。
  2. 総合収益を見落とした:新しい仕事を判断する際、総合収益や余剰資源の有効活用を考慮せず、商品別の「割掛け原価」に基づいて判断したことで、機会を逃した。

正しい判断方法:変わる部分のみを検討

新規案件が採算に合うかどうかを判断するには、固定費の割掛けを考慮せず、「変動費」や「収益増加の見込み」のみに基づいて判断することが重要である。F社のような場合、次の手順で判断できる。

  1. 固定費を無視して収益性を計算する
    余剰の人員や設備で新商品を製造する場合、固定費の追加発生はないため、固定費は考慮せず、B商品から得られる加工高のみを基に判断する。例えば、B商品が1個あたり13円の加工高を生む場合、10個の販売で130円の加工高増加となり、現在の赤字100円が黒字20円に転じる。
  2. 変わるものだけに注目してシンプルに計算する
    新規案件の収益性を判断するには、B商品の加工高増加分(収益)だけを見て、それが赤字を上回るかどうかを確認する。これにより、簡単な計算で正しい判断が可能となる。

閑散期や余剰資源がある場合の固定費割り当て

閑散期に新規商品を導入する場合も、通常の固定費率で価格を見積もると、競争力が失われ採算が取れないと判断されがちである。例として、ある土木構築物メーカーが閑散期の商品開発を断念していた理由は、年間の固定費を半年間の売上に対して割り当てていたからである。この場合も、「閑散期の固定費は繁忙期の売上でカバー済み」と考え、閑散期の新商品には固定費を割り当てずに収益だけを見れば、競争力のある価格で販売でき、収益性が向上する。

まとめ

新しい仕事や案件の採算性を検討する際は、固定費を商品ごとに配分せず、変わる部分(収益増加や変動費)だけに基づいて判断することが重要だ。余剰設備や人員を活用できる場合、固定費を考慮せずに計算すれば、有利な価格での提供や収益性の向上が実現する。誤った固定費配分にとらわれず、シンプルで実務的な判断が企業の収益拡大に役立つのである。

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