S社を訪問した際のことだ。従業員はおよそ500名。S社では非常に厳格な予算管理が行われており、部門ごとにあらゆる経費が細かくチェックされていた。例えば、鉛筆一本でさえも必ず請求伝票を作成する必要があった。事務用品の部門別使用額を算出するために、女性事務員が一人専任で配置されていた。
毎日のすべての費用は新設された計算センターに集約され、6人がかりで日報としてまとめられ、社長に提出される仕組みだった。この運用だけでも新たに7人の人員が必要となった。さらに、各部門では毎日使用された原材料をはじめ、あらゆる経費の消費額を報告書として提出する義務があり、手間のかかる業務が追加されることとなった。
滑稽なのは在庫管理の方法だ。在庫量は二日分が上限とされ、毎日終業時に個数を確認し、報告することが義務付けられていた。この業務のために新たに3名が増員された。
報告を受けた購買部門や外注部門は、在庫が二日分を超えている場合、入荷を制限し、必ず二日分以内に抑えなければならなかった。この厳格な制度が、生産現場での混乱を引き起こす原因となっていた。なぜなら、予期せぬ都合やトラブルによって、ある製品の生産が遅れることがしばしば起きるからだ。
仕方なく他の製品を先に生産しようとすると、すぐに部品不足に直面し、それすらままならない。さらに、生産が遅れている製品に必要な部品は、見かけ上の在庫過剰と見なされる。この状況が毎日の棚卸報告に反映されると、購買担当者は入荷を制限してしまう。トラブルが解消し、いざ遅れを取り戻そうとすると、今度は部品が足りなくなり、再び生産が滞るという悪循環に陥る。
購買部門は慌てて手配を始めるが、その場しのぎに過ぎず、生産現場の混乱は絶えなかった。滑稽なのは、この非効率な仕組みに誰一人として疑問を抱いていなかったことだ。その理由は明白だった。社長は全体の方針や総論しか把握しておらず、社員たちは細部の実務、いわゆる各論だけを扱っていた。社員たちはただ与えられた基準に従い、機械的に業務をこなしていただけだったのだ。
F社で導入された予算統制も、細部に至るまで徹底されていた。一つひとつの経費に対し、厳密な実績チェックが行われる仕組みだった。しかし、その運用が始まるとすぐに問題が表面化した。
現場で使用するクレンザーが、半月も経たないうちに底をついてしまった。仕方なく倉庫へ取りに行くと、「予算オーバーなので渡せない」と突き返される始末だった。現場では不満が噴出した。「俺たちは油まみれになって働いているんだぞ。
「その油まみれの手を洗うクレンザーも使わせないつもりか!」と現場は騒然となった。これは、現場での予算統制に対する反発だった。何の説明もないまま、一方的にクレンザーの使用量が制限され、現場の状況や必要性がまったく考慮されていなかったのだ。
現場の人々にとっては納得のいかない話だった。「俺たちに一言の相談もなく、たかがわずかなクレンザーの使用量を削るとはどういうことだ。事務所でゴロゴロしている連中を減らせば、クレンザーの何百倍もの人件費が節約できるだろう。こんな予算統制に協力なんてできるか。使いたいだけ使ってやる!」という不満が渦巻いた。その結果、クレンザーの使用量は予算統制前の3倍に膨れ上がり、半月も持たない事態に陥ったのだ。
私から見ても、現場の反発はもっともだと言える。なぜなら、F社は下請け加工業でありながら、間接部門の従業員が全体の50%以上を占めるという、常識外れの過剰な状態だったからだ。このような状況で、わずかなクレンザーの使用量にまで目を光らせる予算統制は、現場の負担を増やすだけでなく、根本的な課題を無視していたと言わざるを得ない。
この過剰な間接部門を生み出した原因は、社長の「マネジメント病」にあった。工程管理、品質管理、原価管理、労務管理と、やたらにしゃれた管理方式を次々と導入した結果、間接部門が膨れ上がってしまったのだ。管理そのものが目的化し、本来の業務を支えるはずの仕組みが、逆に現場を圧迫する構造を作り上げていた。
これらの管理方式を社長に勧めたのは、いわゆる経営学者と名乗る素人や、コンサルタントを称する観念論者たちだった。実態を無視した理想論や机上の空論が社長に採用され、結果として会社全体が非効率で負担の大きい体制に陥ってしまったのだ。
事業経営の実態を何も知らない連中が、経営にとって本質的でない社員の日常業務の繰り返しを「管理こそ経営のポイント」とする間違った思想で評価し、会社の運営に口を挟むからおかしなことになるのだ。こうした低次元の提案が、かえって現場を混乱させ、経営全体の効率を損なう結果を招いている。
これらの手法は、その意図とは裏腹に、ほとんどの場合で経費を増大させ、間接部門を肥大化させる結果を招いている。マネジメントの思想や手法を忠実に守れば守るほど、会社はどんどんおかしな方向に進んでいく。その現実は、私が関わる企業で嫌というほど目の当たりにしてきたものだ。経営を効率化するどころか、逆に複雑化し、非効率を生む悪循環が繰り返されているのだ。
優れた会社ほど、マネジメントの思想など「クソ喰らえ」という態度を貫いている。これもまた、私が関わった数多くの成功例で確認してきた事実だ。しかし、だからといってマネジメントの思想をただ排除すればそれで解決するわけではない。重要なのは、「正しい事業経営」を行うことだ。これを欠けば、どんな方法を採用しようと、あるいは何もしないとしても、結局は失敗に終わる。正しい方向性と本質を理解した経営がなければ、企業は迷走するばかりである。
マネジメントを導入しない会社であっても、低業績や赤字に陥っている場合、多くは「無為無策」の状態に陥っているケースが目立つ。このような無策な社長たちの最大の関心事は、言うまでもなく「経費節約」だ。しかし、彼らは決算書を見ても内容が理解できず、損益計算書を眺めて低業績や赤字であることを知るものの、具体的にどう改善すればよいのかが分からない。結果として、「経費節約」にひたすらのめり込むことになる。これは、何もできない経営者が唯一「やっているつもり」になれる手段に過ぎない。
そのため、決算書の中でも製造経費や一般管理費、販売費といった項目には、勘定科目ごとに細かくチェックが入っている。しかし、それ以外の項目については、まったくと言っていいほど無関心で、チェックの印すら付けられていない。経営全体を俯瞰する視点がなく、ただ目につきやすい経費削減だけに執着している姿勢が、このチェックの偏りからもはっきりと見て取れる。
経費に焦点を合わせ、これを節減しようとする考え方は、一見すると合理的に見える。しかし、よほど放漫経営が行われている会社でない限り、経費を5%削減しようとするだけで、ほとんどの企業では日常活動に深刻な支障をきたすことになる。無理な節減は、現場の効率や士気を削ぎ、結果として会社全体の生産性を大幅に低下させる危険性が高い。
その理由は明白だ。経費科目の一つ一つの金額が非常に小さいからである。例えば、事務費、水道光熱費、図書印刷費、会議費などの項目は、金額的にささやかなものがほとんどだ。ボールペン一本を節約してもわずか50円、水道の使用量を少し減らしても、大きな差にはならない。さらに、こうした細かな節約に神経を使う社員はほとんどおらず、むしろ無理な節約を強要されることで業務効率が低下し、不満が蓄積するケースが多い。
「不用な電灯を消しましょう」といった貼り紙が、実際にどれほどの効果を生むのかは疑問だ。結局、それを実践するかどうかは社員の意識に委ねられ、貼り紙だけで節約が進むとは考えにくい。また、「電話は要件のみ要領よく」と求められても、それを実現するには要点をまとめるための準備時間が必要になり、かえって非効率を生む可能性がある。このような小手先の対策では、経費削減に大きな成果をもたらすどころか、社員のストレスや作業負担を増やすだけで終わる場合が多い。
くだらない細かい指導をして、一体どれだけのメリットがあるのだろうか。こんな指導をしたところで、効果が出るのはせいぜい「75日間」だけだ。それが過ぎれば、社員たちは指導された内容を次第に意識しなくなり、結局、元の状態に戻ってしまう。このような短期的な改善に過ぎない方法では、根本的な解決には程遠く、時間や労力の浪費にしかならない。
人間が自らの行動に細かく節約を心掛け、それを長期間維持することなど不可能に近い。特に、それが自分の家庭の費用ではなく、会社の経費であるならなおさらだ。節約したところで、自分に直接の利益があるわけでもなく、モチベーションが湧かない。社員の多くにとって、「会社はデカイ」という感覚が根底にあり、わずかな節約が会社全体にどう影響するのかなど、実感が湧かないのが実情だ。この意識の壁を理解しないまま節約を押し付けても、効果は期待できない。
「経費節減病」とは、多くの会社が繰り返し陥る病であり、不景気や業績低下時には特に重症化する。しかし、これまで述べてきたように、経費節減に成功した会社など存在しない。むしろ、経費節減を試みることで現場の効率が下がり、業績をさらに悪化させることさえある。したがって、経費節減を安易に目標とするのはやめるべきだ。本質的な課題を見極め、長期的な視点で経営を改善することこそが求められている。
経費節減は、短期的な成果を期待して試みられることが多いものの、会社全体の利益を持続的に向上させるための根本的な解決策にはなりません。経費節減に躍起になりすぎると、逆に業務の効率を下げ、収益に悪影響を与えることも多いです。以下に、効率的な経費管理について考えるべき重要なポイントを挙げます。
1. 経費節減の限界
経費削減は一見合理的に見えるかもしれませんが、実際には限度があり、削減対象の多くは会社の運営に不可欠な小額の経費です。例えば、ボールペン一本の節約、あるいは電気代のわずかな削減をしても、企業全体の収益に与える影響は限定的です。
2. 経費節減による人員増の矛盾
経費節減のために予算統制を厳格にすると、むしろ管理のための人員が増えてしまい、経費がかさむという矛盾が生じます。S社の事例では、厳格な在庫管理や毎日の経費報告のために専任者を増員しましたが、この管理業務自体が余分な経費を生んでいました。過度な管理は、事務部門の肥大化につながり、コスト削減どころか増大を引き起こすリスクがあります。
3. 経費節約の不合理さ
「不要な電灯を消しましょう」や「電話は簡潔に」などの細かい指示は、社員にとって負担となり、長続きしないことが多いです。自分に直接影響がない節約に対して、社員が積極的に取り組む意欲を維持するのは難しいのが現実です。経費節約の意識を強要しても、持続的な改善にはつながりません。
4. 経費節減の代わりに注力すべき領域
真に企業の利益を向上させるためには、経費節減ではなく、収益性を向上させる施策に力を注ぐべきです。たとえば、以下のような戦略が考えられます。
- 売上増加:既存の顧客基盤を拡充し、新規顧客を開拓する施策。
- 商品価値の向上:付加価値のある製品やサービスを提供し、価格に見合った魅力を顧客に感じさせる。
- 業務プロセスの効率化:ムダな手続きや複雑な管理を削減し、コアな業務に集中できる環境を整える。
- 社員のモチベーション向上:生産性を上げるためには、社員の意識向上とモチベーションが大切であり、経費節約の強制ではなく、業績向上に貢献できる体制づくりが必要です。
5. 経費管理の意義
経費管理は、必要以上に厳格に行うのではなく、事業活動の質を保ちながら必要な支出を見極める視点が求められます。例えば、無駄な経費ではなく、収益性を高めるために不可欠なコストに焦点を当て、その効果を分析することが重要です。
結論として、経費節減にこだわるのではなく、収益性を高めるための戦略的な経営判断を優先し、適切な管理体制を構築することが重要です。
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