MENU

固定費の特質

固定費を単なる「費用」として捉え、「費用は少なければ少ないほど良い」といった短絡的な考え方は誤りだ。では、どのように理解し、扱えばよいのだろうか。費用とは本来、事業経営における必要性に基づいて使われるものである。

したがって、「どのように費用を使えば事業経営にプラスになるのか、逆にマイナスになるのか」を問うことが重要だ。この問いに答えるためには、まず第一に、費用の持つ特性を十分に理解し、その特性に合った使い方をする必要がある。第二に、費用が投入される活動について正確な認識を持つことが求められる。

第二の点については次の節で詳しく触れるとして、ここでは費用の特性について考えてみる。費用とは、収益に比例して発生するものでもなければ、費用をかけた分だけ収益が得られるものでもない。費用が発生する主な要因として、一つは社内での人々の活動状況、もう一つは投下された資本に応じたものが挙げられる。

そのため、大きな収益に対しては比較的少ない費用で済む一方、小さな収益に対しては相対的に多くの費用がかかる場合がある。

収益性の高い部門や商品に投入されている人件費も、収益性の低い部門や商品に投入されている人件費も、収益とは無関係に、投入された人数に応じて発生する。その結果、収益性が高い場合の人件費は相対的に割安になり、収益性が低い場合は割高になる。同様に、店舗の維持費も売上高には関係なく固定的に発生するため、売上が増えれば相対的に割安となり、売上が低ければ割高になる構造を持つ。

売掛金の処理費は売上高とは無関係に、取引の件数に応じて発生する。配送費も同様に、配送した商品の売上高や収益ではなく、走行距離に比例して発生する。さらに、売れ行きの悪い商品の設計費が、その百倍売れる商品の設計費の百分の一で済むわけではない。冷暖房費もまた、売上や収益ではなく、空間の容積に応じて発生する仕組みだ。

費用の特性を最も象徴的に示しているのが、商品別および得意先別の売上高を分析したABC分析表だ。この分析表では、「経営戦略篇」で触れた「95%の原理」が驚くほど鮮明に表れている。具体的には、「全商品の半数または得意先の半数が売上高の95%を占め、残りの半数は売上高の5%しか生み出していない」という現実が浮かび上がる。

さらに興味深いのは、こうした事実をABC分析表を通じて初めて目にするまで、ほとんどの経営者がその実態を把握していないという点だ。このギャップは、多くの経営者にとって驚きとともに重要な気づきをもたらす結果となっている。

売上高のわずか5%に過ぎない商品や得意先にも、社員の活動に応じた費用が発生している。概算では、これらに対して販売費の30%から40%が割かれていると考えられる。この数字を提示すると、ほとんどの社長が思わず「ウーン」と唸るのだ。売上規模と費用配分の不均衡が、経営上の大きな課題として浮き彫りになる瞬間である。

しかし、さらに驚くべき事実がある。それは、得意先別売上高ABC分析表に、得意先ごとのセールスマンの訪問回数を記入してみたときに明らかになる。このデータを重ね合わせることで、売上規模と訪問頻度の関係に驚くべき不均衡が存在することが浮かび上がるのだ。

まず驚かされるのは、セールスマン一人当たりの一日の訪問回数の少なさだ。これが、社長の想像を遥かに下回る数字であることが多い。(ここでは具体的な回数には触れない。社長自身が資料作成を指示し、検討してみることを強く勧める。)この結果から、セールスマンという職種の特性として、得意先を訪問する以外の要領の良さで立ち回っている様子が垣間見える。これは営業活動の効率性や重点配分を見直す上で、重要な手がかりとなるだろう。

さらに驚くべきは、セールスマンが社長が「もっと訪問すべき」と考えている重要な得意先をあまり訪問せず、逆に社長がそれほど重要視していない得意先を頻繁に訪問しているという実態だ。このズレは、営業活動の方向性や優先順位が現場レベルで社長の意向と乖離していることを示しており、営業戦略の見直しが必要であることを強く示唆している。

さらに驚くべき点は、売上高下位5%に該当する得意先への訪問回数が非常に多いことだ。この部分の得意先は、限界的な生産者や業績不振の企業が大半であり、会社全体の業績への寄与は微々たるものに過ぎない。それにもかかわらず、これらの得意先には多くの会社資源、特にセールスマンの時間が投じられている。この不均衡な状況は、会社にとって非効率であり、戦略的見直しを迫る重大な課題といえる。

経営者として、以上のような実態を十分に検討し、「セールスマンの行動方針を明確に定めていない」という自らの怠慢を省みる必要がある。経営トップの指針が曖昧であるがゆえに、現場のセールスマンが優先順位を誤り、会社の資源が非効率に使われている。この現状を直視し、適切な方針を策定することが、業績向上の第一歩となるだろう。

資本投下による費用発生の代表例は、言うまでもなく「固定資産投資」だ。不要不急の固定資産投資に手を出すのは、凡庸な社長に共通する典型的な行動である。その動機は、単なる見栄や、誤った労務管理思想、あるいは福利厚生施設が融資を受けやすく金利が低いといった安易な理由によることが多い。また、新社屋の設計を設計事務所に丸投げするケースも少なくない。このような社長は、設計事務所に具体的で厳しい注文を付けることはほとんどなく、結果的に余計なコストを生む要因を自ら作り出している。

大まかな意図を示すだけで、「あとはよきに計らえ」と丸投げするタイプの経営者も多い。こうしたいわゆる「暗君型」のリーダーシップが原因で、無駄な固定資産投資が行われるのだ。理由や動機はさまざまだが、結果的に投資判断が甘くなる。その結果、立派な施設を持つ会社ほど、その業績が振るわないという反比例の構図が見られるのは、決して偶然ではない。

これらの施設から生じる金利負担、減価償却費、固定資産税、そして維持費は、その施設が存在する限り、長期間にわたって発生し続ける。これらの費用は固定的であり、業績がどうであれ会社の財務を圧迫し続けるため、軽率な固定資産投資は長期的に大きな負担となる。

さらに、その施設が生産設備のように有用なものであったとしても、事業経営上はさまざまなデメリットを伴う。まず、固定費の増加によって損益分岐点が上昇し、経営の柔軟性が低下する。加えて、市場や顧客の要求の変化に対する対応力や機動性が失われる可能性も高い。また、技術革新や原材料の変化に伴い、設備そのものが陳腐化し、最終的には無用の長物と化すリスクも常に存在する。こうした点を踏まえると、固定資産投資の判断には極めて慎重な検討が必要である。

優れた経営者は、設備投資を判断する際、そのメリットとデメリットをバランスよく慎重に検討する。一方で、職人的な思考に偏った経営者は、設備が「有用である」「コストが下がる」といった表面的なメリットだけに目を向けがちだ。これにより、固定費の増加や柔軟性の低下といった潜在的なデメリットを見落とし、結果的に会社全体の経営バランスを崩す危険を抱えることになる。この思考の差が、長期的な経営の成否を大きく左右する。

以上、さまざまな費用の特質について検討してきたが、最終的な問いとして「では、どうすればよいのか」という問題にたどり着く。この問いに対する答えとして重要なのは、費用を単に「費用」という視点だけで捉えるのではなく、その特性をしっかりと分析することから始めることだ。

費用の性質や発生要因を深く理解することで、どの費用が本当に必要であり、どの費用が削減可能かを見極める基礎が築かれる。これは感覚や過去の慣例に頼るのではなく、データや実態に基づいて判断を下す経営の基本姿勢を形成する第一歩である。

費用の特性を正しく理解し、効果的に管理するためには、費用をその投入対象に応じて次の三つに分類することが有効である。それぞれについて解説を進めていく。

  1. 管理的費用
    日常業務の運営や維持に必要な費用であり、会社の基本的な機能を支える役割を果たす。例えば、事務経費、人件費、設備維持費などがこれに該当する。
  2. 販売促進費
    現在の事業や商品・サービスの売上を拡大するために使われる費用。広告宣伝費、営業活動費、販促キャンペーン費用などが含まれる。
  3. 未来事業費
    将来の成長や競争優位性を確保するための投資的な費用。研究開発費、新規事業立ち上げ費用、社員教育費など、長期的な視点での費用がこれに当たる。

これらの分類に基づき、それぞれの特性や適切な管理方法を具体的に掘り下げていく。

管理的費用とは、日々の業務を円滑に遂行するために必要な繰り返しの管理業務に使われる費用を指す。これは、会社の基盤を維持するための費用であり、具体的には事務経費や基本的な運営コストなどが含まれる。

販売促進費は、「今日の収益」を確保・拡大するために使われる費用だ。主に広告宣伝費や営業活動費、販促イベント費用など、現在の売上を直接的に押し上げることを目的とした支出が該当する。

未来事業費は、「将来の収益」を創出するための投資的な費用である。研究開発費、新規事業の準備費用、従業員のスキル向上のための教育費など、長期的な視点での成長を目指す費用がこれに含まれる。

これら三つの費用がそれぞれ独立して使われるわけではないのは言うまでもない。しかし、このように分類し、費用の性質と役割を明確に整理することが重要だ。この整理によって、それぞれの活動に対する基本的な方針を定め、適切に推進することが可能になる。

管理的費用の効率化、販売促進費の効果的な活用、そして未来事業費の戦略的投資という三つの視点を持つことで、費用対効果を最大化できるだけでなく、会社全体の収益性と成長性を高める道筋を明確にすることができる。このような整理と推進は、経営の成果をあげる上で不可欠な姿勢である。

多くの中小企業では、管理的費用が過大である一方で、販売促進費や未来事業費が驚くほど少ないのが現状だ。この傾向は、事業経営を「企業内部の管理」と捉えていることの表れである。しかし、本来の事業経営とは、内部の管理に終始するものではなく、市場や顧客に向けた活動が中心であるべきだ。

市場や顧客にどう貢献し、価値を提供するかに焦点を当てることで、売上や利益の向上が実現する。この認識の転換こそ、中小企業が持続的に成長し、競争力を高めるための第一歩である。企業内部の管理を最適化しつつ、リソースを市場や顧客への活動にシフトさせることが、経営の正しい方向性といえる。

固定費については、その性質を理解し、事業経営に役立つ視点で捉えることが重要です。費用が発生するのは「必要な経営資源への投資」として位置づけられるべきであり、固定費を単純に削減するだけでは、企業の成長や収益性の向上につながらないことが多々あります。以下、固定費の特質とその扱い方についてまとめます。

1. 固定費の性質

固定費は収益に比例して増減するものではありません。売上や収益と関係なく発生するもので、通常は人件費や設備維持費、営業所や店舗の維持費などです。収益性の高い部門と低い部門で同じ固定費が発生するため、収益性が低い場合は割高に見え、逆に収益性が高い場合は割安になります。

2. 固定費の影響

固定費の投入対象や企業全体への影響は以下の通りです。

  • 収益性の悪い部門では、固定費が利益を圧迫するため、企業の損益分岐点が高くなります。
  • 過剰な固定資産投資は、経営にデメリットをもたらします。不要不急の設備や豪華な社屋は、減価償却や固定資産税といった長期にわたる支出を伴い、経営の柔軟性を損なうリスクが大きくなります。

3. 費用投入の適正化

費用を効率よく使うためには、単に「固定費を削減する」だけではなく、費用がもたらす成果を考慮する必要があります。固定費の使い方を見直すには、以下の3つの視点で分類し、それぞれの目的に合った投入を検討することが重要です。

1) 管理的費用

管理的費用とは、企業の日常運営や繰り返しの業務を管理するための費用です。過剰な管理費用は無駄を生むため、適切な管理体制と最小限の費用で業務の効率化を図ることが求められます。

2) 販売促進費

販売促進費は「現在の収益」を増やすための費用です。顧客獲得や商品プロモーションに使用されるもので、固定費の中でも収益に直接的な影響を与える部分です。販売促進活動に予算を投入し、収益性の高い活動に資金を集中させることで効果を最大化することが重要です。

3) 未来事業費

未来事業費は「将来の収益」を見据えた投資費用です。例えば、技術開発、新商品の研究、社員のスキル向上といった費用が含まれます。未来の成長を支える活動として、長期的な視点で投資が求められます。

4. 固定費の特質を活かした経営方針

企業経営は、企業内部の管理だけではなく、市場と顧客に対する活動の結果で収益を上げることに本質があります。企業が「固定費の管理」を目的にするのではなく、固定費をいかに効果的に使って市場での競争力を高めるかが重要な戦略です。

固定費の投入を最適化し、収益性を高めるためには、管理的費用を抑え、販売促進費や未来事業費に重点を置く経営方針が重要です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次