C社の販売力強化事例
C社は缶詰の製造を手がける企業だ。長い間、過当競争による収益の悪化が続き赤字に陥っていたが、新商品を投入したことでようやく黒字化を果たしたばかりだった。
前期の実績は〈第45表〉の実績欄に示されている通りだ。この業界は付加価値率が低く、C社のそれも33%にとどまっている。営業外費用が多いのは、過去の赤字が原因となる後遺症によるものだ。
実績から見える弱点は、明らかに営業力の不足だ。もっと正確に言えば、C社長が掲げる生産第一主義やコスト第一主義が招いた営業の軽視が根本原因だ。その証拠に、セールスマンの数はわずか5名しかおらず、一人あたりの売上高は約1億7千万円に達している。この状況では、まともな販売活動を展開するのは到底不可能だ。(こうしたタイプの企業は小規模企業に多く見られ、それが成長や業績向上を妨げる要因となっている。)
聞いてみれば案の定、セールスマンたちは問屋回りだけで手一杯の状況だった。生産能力にはまだ余裕があるのだから、販売促進を強化して業績を向上させるべきだと考えた。そこでC社長に提案を持ちかけた。「たまに問屋を訪問するだけでは、売上の伸びは期待できない。販売促進を実現するには『蛇口作戦』が不可欠だ」(蛇口作戦の詳細については「販売戦略篇」を参照)。
そこで提案したのは、一人のセールスマンを専任で蛇口作戦に投入し、その効果を検証することだ。この取り組みを「市場実験」と呼ぶ。蛇口作戦の実行により、問屋回りに空白が生じることは避けられないが、これは他の4名が訪問回数を3割増やすことで補う計画だ、と説明した。
約3カ月後、実験地域の売上は3倍に跳ね上がった。もともとの売上が低かったことも要因だが、それでも専任セールスマンを配置して十分おつりがくるほどの成果だった。
私は社長に対し、セールスマンを2〜3名増員し、蛇口作戦の対象地域を拡大することを早急に進めるよう勧めた。しかし、C社長の返答はこうだった。「現在、セールスマン一人あたりが約1億7千万円を売り上げ、ようやくわずかな利益を確保している状況だ。この状態でセールスマンを増員しても、一人あたり1億7千万円の売上増加はとても期待できない。だから増員は無理だ」というのだ。
ここにC社長の大きな思い違いがあった。私は「それは誤解です。増員したセールスマンは、わずかな売上の達成で十分にコストを回収できます。この点を具体的に検討してみましょう」と提案し、セールスマン2名増員時の増分計算を行った。その結果を〈第45表〉の増分計算試算表としてまとめ、C社長に提示したのだ。
まず、増員にかかる費用を算出するため、セールスマン一人当たりの年間人件費を尋ねたところ、C社長は200万円と答えた。やや低い印象を受けたが、社長の提示した数字をそのまま使用することにした。また、2名のセールスマンに必要な販売費を計算してもらったところ、自動車1台を割り当てても一人当たり年間150万円で済むとのことだった。そこで、余裕を持たせて一人当たり200万円、計400万円を販売費として計上した。結果として、人件費と同額の販促費を見込む形になったが、この程度の予算を見込めばまず問題ないと判断した。
次に、売上増加に伴う付加価値の増加を試算する際、慎重を期して増分費用の5割増し、すなわち1,200万円という控えめな額を設定した。この付加価値増加を達成するために必要な売上高は、3,600万円となる。増員によるそれぞれの増分を合計し、それを実績と比較する形で分析を進めた。その結果を、〈第45表〉の下部にある「一人当たり」の欄にまとめた。この比較により、増員が十分に採算の取れる施策であることが示された。
試算の結果、経常利益率は4.3%に上昇することが確認された。また、社員一人当たりの売上高、付加価値、経常利益のすべてが向上する。一方で、セールスマン一人当たりの指標を見ると、売上高、付加価値、経常利益のすべてが低下する結果となった。これは、セールスマンの増員による分母の拡大が原因だが、全体の業績向上という観点では問題にはならない。むしろ、増員による収益改善効果が明確に表れたと言える。
試算の結果、増員したセールスマン一人あたりの年間売上高は1,800万円、月に換算するとたった150万円の売上で、会社全体の業績が向上することが明らかになった。これは、C社長にとって予想外の結論だった。これまでセールスマン一人当たりの高い売上目標が必要だと考えていたC社長にとって、増員がもたらすコストと売上のバランスが意外にも現実的であることが示されたのだ。
この結果は、間違いではなく確かなものだ。C社長に売上高の実現可能性を確認したところ、「どんなに悪くても、その2倍程度の売上は達成できる」という自信ある答えが返ってきた。それならば、この試算表で示された以上の業績向上が十分に期待できる。セールスマン一人あたりの指標が下がったとしても、それはまったく問題にすらならない。重要なのは、会社全体の利益が確実に向上することであり、セールスマンの増員は間違いなく正しい判断だといえる。
セールスマン一人当たりの数字にこだわり、会社全体の利益や成長を見逃すのは、根本的に誤った考え方だ。企業経営の本質は、全体のパフォーマンスを向上させることにあり、そのためには増分計算を活用するのが最も簡単で効果的な方法だ。増分計算によって、増員が全体の業績にどれほど貢献するかを明確に把握できる。このように、経営判断は局所的な数字ではなく、全体を俯瞰する視点で行うべきである。
中小企業の多くは、深刻な販売力不足、もしくはそれに近い状態に陥っている。こうした状況では、セールスマンを増員し、蛇口作戦のような戦略を展開することで、業績向上の可能性が大いに広がる。特に重要なのは、増員したセールスマンが、一人当たりで人件費の3倍に相当する付加価値を生み出せれば、会社にとって損失になることは絶対にないという点だ。むしろ、それは利益を確実に増大させる健全な投資と言える。
セールスマンの増員は、確実に何らかの形で業績向上につながる施策だ。そのリスクは極めて低く、一方で業績向上の可能性は非常に高い。この点をしっかりと理解し、自信を持って増員に踏み切るべきである。適切な戦略と実行によって、増員は単なるコストではなく、企業の成長を促進する大きな一歩となる。
セールスマンの増員が安全で高い可能性を持つのに対し、製造部門や管理部門の増員には常に大きなリスクが伴うことを忘れてはならない。その理由は、これらの部門の増員が損益分岐点を押し上げ、売上高が少しでも減少すれば、すぐに赤字に転落するリスクを孕んでいるからだ。つまり、製造や管理の増員は慎重な判断が求められる一方で、販売部門への投資は比較的リスクが低く、効果が期待できる施策であることを認識する必要がある。
それにも関わらず、多くの中小企業の社長は、リスクの高い製造部門や管理部門の増員には比較的抵抗なく踏み切る一方で、リスクが低く効果が期待できるセールスマンの増員には慎重すぎる傾向がある。このような判断は、経営全体を俯瞰する視点の欠如や、販売部門の重要性を十分に理解していないことに起因していると言える。結果として、企業成長のチャンスを逃してしまうことも少なくない。
多くの企業を訪問する中で、収益性に関するさまざまな誤りを目の当たりにしてきたが、その中で最も頻繁に見られるのは、費用の増加だけを計算し、それに伴って得られる収益の見込みを考慮しない点だ。
どうも、多くの企業では、ある決定によって発生する収益の増加と費用の増加を同時に考えることができないようだ。この視点の欠如が、誤った判断を招く原因になっている。たとえば、閑散期に製品を作りだめした場合の影響を考えてみよう。
K社の在庫活用戦略
K社は建築用機材を製造するメーカーで、官公庁向けの需要が事業の大半を占めている。このため、冬場は需要が集中して生産が追いつかず、売損失が生じていた。一方で、夏場は需要が低迷し、工場の稼働率が大幅に低下している状態だった。
「夏場に工場が余力を抱えているのだから、その時期に製品を作りだめして冬場に売ればいい」という営業部門の提案は、いつも経理部門の「在庫が増えすぎてその負担に耐えられない」という主張によって却下されていた。結果として、夏場の生産余力も冬場の需要対応も、十分に活用されないまま放置されていたのだ。
「在庫負担が多いと言うが、それが具体的にどれだけの額になるか計算したことはあるのか」と尋ねたところ、実際には一度も計算したことがないという答えが返ってきた。このように、具体的なデータに基づかず、漠然と「それはダメだ」と決めつけてしまうケースが、企業の中では驚くほど多い。
日本人には、物事を決める際に実際に確認したり、数字を計算したりすることなく、漠然とした感覚や定性的な主張だけで判断してしまう悪い癖がある。この傾向が、企業経営や意思決定の精度を下げる一因になっている。
「つくりだめの費用ばかりを計算して、その結果得られる収益を考慮しないのは誤りだ」と私はK社長に進言した。「何がどうなるのか、費用と収益の両方を具体的に計算し、その上で判断すべきだ」と伝え、現状の曖昧な意思決定プロセスを改善するよう促した。
私の提案に基づいて、K社では夏場のつくりだめに関する増分計算を行い、その結果を〈第46表〉にまとめた。最初に計算すべきは、増分在庫の金額である。営業部門の要求によれば、11月1日時点で完成品在庫として8,000万円を確保したいとのことだった。一方、通常の完成品在庫は3,000万円であるため、増分在庫は5,000万円となる計算だ。
この5,000万円の増分在庫については、7月1日から生産を開始し、11月1日にピークを迎えると仮定した。その後、在庫は徐々に減少し、翌年の4月20日までにすべて販売されると設定した。この仮定に基づき、増分在庫にかかる費用を詳細に計算してみた。
まず、増分在庫にかかる金利を計算した。増分在庫はゼロからピークまでの5カ月間、ピークからゼロまでの5カ月間を経るため、平均すると5,000万円を5カ月間在庫しているのと同じ状態になる。付加価値率が40%であるため、外部支払分は在庫の60%に相当し、3,000万円となる。この金額に対して、単名の金利を6.7%と仮定すると、年間金利は201万円、5カ月分では約84万円となる。
次に考慮すべきは保管料である。借用可能な倉庫を探した結果、80坪の貸倉庫を見つけた。設備自体は古いが、保管する商品は腐敗の心配がないため、機能的には十分である。さらに、この倉庫の大きな魅力は家賃が安い点であり、1カ月あたり1坪1,500円という条件だった。これを基に保管料を計算することになった。
次に考慮すべきは損耗である。損耗率を3%と見積もり、5,000万円の在庫に対して150万円と計算した。これにより、増分費用の合計は以下のようになる:
- 金利:84万円
- 保管料:244万円(80坪 × 1,500円 × 5カ月)
- 損耗:150万円
総計:478万円
次に増分収益を計算する。付加価値率を40%と仮定すると、増分付加価値は5,000万円 × 40% = 2,000万円となる。この付加価値から478万円の増分費用を引くと、増分利益は1,522万円となる。さらに、計算外の費用として70万円を考慮に入れた場合でも、最終的な増分利益は1,452万円と試算される。これにより、夏場のつくりだめは十分に採算の取れる施策であることが証明された。
K社の年間経常利益目標は5,000万円であるため、この増分利益1,452万円は、その実に29%に相当する。この結果を目にしたK社長は驚きを隠せず、それまで続いていた在庫をめぐる論争も一瞬で消え去った。数字が明確に示した現実が、従来の固定観念を覆した瞬間だった。
早速、つくりだめの実施が決定された。次に必要なのは、この計画に必要な資金の調達だった。増分資金としては、5,000万円の在庫に対する材料費率60%分、つまり3,000万円と、増分費用の約450万円を加えた合計が必要となる。この資金については、詳細な増分計算書を添付した借入申請を行った結果、見事に一発で承認を得ることができた。計画は万全の形で動き出したのである。
この計画は大成功を収めた。営業部門はすっかり意気揚々となり、「一倉さん、来年は増分在庫を8,000万円から1億円くらいに増やしたいですね」と、勢い込んだ提案を持ちかけるほどだった。こうして、つくりだめはK社の重要な年中行事として定着し、会社の成長に欠かせない戦略の一つとなった。
T社の在庫拡充成功例
金利負担の増加を恐れて売損失を繰り返していたT社は、事務用品や文房具を取り扱う小さな卸問屋だった。売上は細分化されており、粗利益率も低いため、業績は長い間伸び悩んでいた。
収益を向上させる方法として、大手のK社の商品をもっと売るべきだということは明らかだった。なぜなら、これらの商品は常に品切れ状態だったからだ。しかし、他の仕入れ先はサイト2カ月の支払い条件で取引できたのに対し、K社からは現金仕入れが必須だった。そのため、2カ月間の金利負担を考慮し、在庫を極力抑える方針を取っていたのが原因だった。
私はT社長に、「金利負担だけを考えて在庫を抑えるのは間違いだ。十分な在庫を持って販売した場合の結果を計算し、金利負担が本当にマイナスになるのかを確認する必要がある」と提案した。そして、T社長とともに増分計算を試みた。この計算は非常に簡単で、具体的なデータを基に金利負担と収益増加のバランスを検討するものだった。
① 在庫を十分に確保した場合(在庫1,000万円)の金利負担増については、現金仕入れにすることで通常の支払いサイト3カ月分を上乗せし、初年度は年間通して計14カ月分の金利が発生する。この計算を具体化すると、以下の通りになる:
[
10,000 \times \frac{14}{12} \times 0.07 = 817 \, \text{千円}
]
初年度の金利負担増は817千円(約82万円)。さらに、2年目以降は通常の12カ月分の金利負担で済むため、年間70万円となる。これにより、金利負担がどの程度増加するかを明確に把握することができた。
② 増分収益を計算すると、年間売上増が3,000万円であり、粗利益率が20%であるため、以下のようになる:
[
30,000 \times 0.20 = 6,000 \, \text{千円}
]
つまり、増分収益は年間で6,000千円(600万円)となる。この収益が金利負担増を大きく上回る結果となることが明確だ。
T社長は、この計算結果を見て「安心してK社の商品を扱えます」と納得し、長年の懸念に終止符を打つことができた。これにより、在庫を増やして積極的に販売に取り組む方針が決まり、会社の成長に向けた一歩が踏み出されたのである。
S社の鮮度向上施策
S社はブロイラーを扱う卸問屋であり、S社長は売上増加の可能性を模索していた。しかし、私の提案で肉の小売店を訪問した際、「鮮度が悪い」との指摘を受けたことが大きな課題となった。鮮度を改善すれば売上が伸びることは明らかだったが、保冷車を導入するとなると、1日あたり2万円のドライアイス費用が発生する。これがネックとなり、S社長は思い切って踏み切ることができずにいた。
1日2万円のコストアップは、付加価値率が30%以上あるため、わずか6万円の売上増で十分にカバーできる。それを超える売上増加分は、その30%が直接利益の増加となる。さらに、S社の配送車は8台あるため、1台あたりの必要な売上増加額はたったの8,000円にすぎない。この数字を見れば、保冷車の導入によるコスト増が、それほど大きな負担ではないことは明らかだ。
S社長に売上増の見込みを尋ねたところ、「必要な増加額の3倍は間違いなく達成できる」との自信に満ちた答えが返ってきた。この見込みが現実的であるならば、保冷車導入は費用を十分にカバーし、さらに大きな利益増加をもたらす施策であることが明白となった。
企業が費用増加にばかり注目し、収益増加を見落とす例は多く、こうした場合は増分計算が有効です。ここでは、費用増加のみに焦点を当てた例を以下にまとめました。
1. 在庫をつくりだめしない理由:費用増加の懸念
K社のケースでは、閑散期に在庫を増やすことで生じる金利や保管料、運賃、損耗といった費用が懸念されていました。具体的には、次のような増分費用が見込まれました。
- 金利負担:増分在庫5,000万円に対し、金利が84万円
- 保管料:年間144万円
- 運賃:100万円
- 損耗:150万円
合計478万円の費用増加が見込まれたため、経理部門は在庫増加に反対していました。
2. 在庫の金利負担を恐れて売損じが発生
T社は文房具問屋で、大手K社の現金仕入れによる金利負担を恐れ、在庫を少なく抑えていました。増分計算を行うと、次のような金利負担増が見積もられました。
- 増分在庫金利負担:年間で14か月分の金利増、約82万円
金利負担のみを重視するあまり、在庫を増やさず、結果として機会損失が生じていました。
3. コストアップで収益増加を見落とす
S社では、ブロイラー配送に保冷車を導入するとドライアイス代で1日2万円かかるため、鮮度改善による売上増を期待しながらも、コストアップだけを懸念して踏み切れずにいました。
- 保冷車のドライアイス費用:1日あたり2万円のコスト増加
このように、費用が増えることだけに注目して収益増加を見落とすと、重要な成長機会を逃してしまうことがわかります。増分計算によって収益と費用のバランスを同時に検討し、経営判断を最適化することが重要です。
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