バランスシートの役割は理解できた。では、その役割を果たすためには、バランスシートの読み方やチェックすべきポイント、さらに適切な対策を講じる際に注意すべき点とはどのようなものなのだろうか。
それには、まずバランスシートの分析が必要だ。以前、ある会社を訪問した際に、経理部長がこう言った。「一倉さん、我が社では前期の実績について108項目の分析を行いました」。
私は「それで、どんなことが分かったんですか?」と尋ねてみた。すると、出てくるのは「あそこが悪い、ここが悪い」といった指摘ばかりだった。「では、社長に対して具体的にどんな提案をしていますか?」とさらに聞くと、正直な答えが返ってきた。「悪いところを指摘すれば、あとは社長が直してくれる」といった楽観的な返事ではなく、「それがよく分からなくて困っています」というものだったのだ。
一般的に行われている財務分析は、このように「良いか悪いか」の判断で終わってしまうことが多い。これでは、どれだけ多くの比率を分析したところで、大きな意味を持たないと言える。
それよりも重要なのは、最小限の分析で状況を正確に把握することだ。そして、そこから「何をすべきか」を導き出すことが肝心だ。その最も簡単なアプローチが「傾向評価」だと言える。私が用いる財務比率と傾向評価のための財務分析表が〈第48表〉で示しているものである。
もちろん、これだけの分析で全てが完璧というわけではない。ただ、これを用いることで不便を感じたことはない。とはいえ、業種ごとの特殊な事情があるのも事実だ。したがって、自社の状況や必要に応じて、適切な分析を追加で行うことが重要だと言える。
私が言いたいのは、やみくもに多くの分析を行っても、それを正しく読み解けなければ何の意味もない、ということだ。
分析の目的は、経営効率、資金繰り、運転資金、そして蓄積の四つに絞られる。それぞれの分析項目、計算式、そしてその意味については〈第48表〉に記載されている通りだ。
項目と計算式について、補足として少し説明を加えると、まず経営効率に関する二つの分析項目の関係性が挙げられる。それは以下の式で表される。
総資本純利益率
総資本純利益率=純利益/総資本=純利益/売上高×売上高/総資本
このように、総資本純利益率は「売上高純利益率」と「総資本回転率」の積として捉えることができる。
つまり、総資本純利益率は「売上高純利益率」と「総資本回転率」を掛け合わせたものである、ということだ。この関係式によって、利益率と資本の効率的な運用の両面から経営効率を評価することが可能になる。
受取手形とは、手持手形、割引手形、そして回し手形の合計を指すものだ。決済期日が到来していない手形は、たとえ外部に流出していたとしても、その性質上は依然として受取手形として扱われるべきである。
分析項目の意味を読めば、状況が悪化していく場合にどのような対策を取るべきかが理解できるだろう。ここでは、そのヒントを簡単に述べてみる。
比率は分母と分子の割り算で成り立つため、以下のような原則がある。
- 固定比率と長期適合率を除くすべての比率
これらは、分子を大きくするか、分母を小さくすることで改善する。 - 固定比率と長期適合率
これらは、逆に分子を小さくするか、分母を大きくすることで改善する。
比率が悪化しているかどうかを確認するには、「意味」の右側に記載されている「第××期」「第××期」の推移を見ることで判断できる。
一般的には、連続する2期(場合によっては3期)の比率をここに記入し、その推移を判定欄に矢印で示す方法が用いられる。具体的には、上昇を示す場合は(′)、横ばいは(↓)、下降は(ヽ)と記入すればよい。この方法で傾向を視覚的に把握できるようになる。
判定の基準は以下の通りである:
- 固定比率と長期適合率
数値が小さくなっていれば「上昇」と判定する。 - その他の比率
数値が大きくなっていれば「上昇」と判定する。
このように、比率の種類ごとに評価基準を適用することで、適切な傾向分析が可能になる。
比率を好転させるための対策には、大きく分けて次の二種類がある。
- 資金面だけで実施可能なもの
利益には関係せず、資金の調整や運用方法の変更だけで改善できる比率。 - 利益を上げなければ改善できないもの
分析項目に「利益率」という言葉が含まれている場合、その比率を好転させるには利益を上げることが不可欠だ。これらの比率は、利益が上がらない限り、ほぼ改善は見込めない(99%の場合)。
このように、どの比率がどの対策で改善可能かを正確に理解することが重要である。
利益に関係しない項目であっても、比率を好転させることは可能だ。ただし、それは単純に資金調達や運用の調整だけで解決できるわけではない場合もある。たとえば、「借入金」のような項目は、その削減や適正化を図るために、結果的に利益を上げることが必要になる場合が多い。つまり、資金面だけで対処できると言っても、その背景には利益の確保が密接に関わっているケースが少なくない。
もう一つ重要なのは、固定比率や長期適合率が低いほうが望ましいという点だが、低すぎると逆に問題を招く場合があるということだ。例えば、固定比率や長期適合率が極端に低いと、設備投資が不十分となり、設備の老朽化や劣化につながり、結果として競争力を失うリスクがある。
実際、「長期適合率を50以下には落とさない」という基準を設けている企業も存在する。このような自社に合った基準を明確にし、それを守る姿勢こそが、健全で持続可能な経営にとって極めて重要である。
また、販売に直接関連する指標については、高すぎても低すぎても危険であることを「生産性」の項目で述べたが、これは財務比率にも当てはまる。たとえば、棚卸資産回転率のような比率は「高すぎる危険」が存在する。過剰な回転率は、在庫不足による販売機会の損失や仕入れコストの増加を招く可能性があるためだ。
したがって、各比率に対して適切な基準を設定し、その範囲内に収めるような資金運用計画を立てることが不可欠である。このような基準を明確にすることで、リスクを管理しながら安定した経営を実現できる。
各分析値は「中小企業経営指標」などの外部指標と比較して評価することが望ましい。バランスシートの改善方法については追々触れるとして、ここでは得意先や仕入先の安全度をどのように判定するかについて述べてみたい。
前提として、こうした安全度の判定は、財務情報だけでなく、経営状況や市場環境、信用情報など、さまざまな要素を総合的に考慮する必要がある。しかし、ここでは議論を簡潔にするため、バランスシートに限定して判定方法を考える。
危険度の判定は、意外なほど簡単だ。私の基準では、「流動比率が130以上」であれば、大きな問題はないと判断している。ただし、これは後述する「伏魔殿」に異常がない場合に限る。
一方で、流動比率が100以下の場合は、「要注意」と見なすべきだ。こうした基準を用いることで、得意先や仕入先の安全性を簡易的に評価することができる。
流動比率が100から130の範囲にある場合、後述する「危険度チェック」で合格点、または合格点に近い結果が得られれば、「安全度はかなりある」と判断すべきだ。安全性ばかりにこだわりすぎると、取引可能な得意先が限られてしまう恐れがある。そのため、リスクを適切に管理するためには、「与信限度額」を設定し、その範囲内で取引を行うことが重要だ。
(※「与信限度」についての詳細は、『経営計画・資金運用篇』の383ページを参照のこと。)
読者の中には、「さすがに流動比率だけで判断するのは乱暴すぎる」と感じる方もいるだろう。それはもっともな意見だ。安全度を正確に判定するには、流動比率だけでなく、他の要素や詳細な分析を組み合わせることが重要だということを、ここで強調しておきたい。
そのように感じる方にお勧めしたいのは、さまざまな会社のデータを用いて、流動比率が130以上のグループと、それ以下のグループに分けた上で、その他の財務比率を分析し、比較してみることだ。この作業を通じて、流動比率が高い会社は他の財務比率も良好である傾向があることに気付くはずだ。
このような実践的な分析を行うことで、流動比率が一つの指標としていかに有効かを具体的に理解できるだろう。流動比率が単独で万能ではないにしても、その信頼性が高いことを納得できるはずだ。
とはいえ、流動比率の分析だけに頼るのではなく、他の比率も併せて分析し、総合的に検討することが重要だ。私が「流動比率だけ」と述べたのは、それが安全度を判断する際の「重要なポイント」を示しているにすぎない、ということだ。
流動比率は非常にわかりやすい指標であり、第一段階の判断材料として有効だが、それだけで全てを決定するのは危険だ。他の比率や情報と組み合わせて、多角的に分析を行うことで、より正確な安全度の評価が可能になる。
バランスシートを効果的に分析し、経営に役立てるためのポイントについて整理してみます。以下に、チェックするべきポイントとその見方、さらには具体的な対策を取るための考え方をまとめました。
1. 傾向評価の重要性
バランスシートは、単年度や瞬間的な状態を確認するためだけでなく、傾向を把握するために使用すべきです。各項目の推移を見ることで、改善傾向にあるのか悪化傾向にあるのかを確認します。この傾向に基づいて、経営方針の見直しや対策を考える必要があります。
2. 主要な分析項目
バランスシート分析の主な狙いは「経営効率」「資金繰り」「運転資金」「蓄積」に関わる項目です。具体的には、以下のような比率の分析が有効です:
- 総資本純利益率: 利益率と資本回転率の掛け合わせで、総資本の効率性を示します。
- 流動比率: 流動負債に対する流動資産の割合。130%以上で安定、100%以下で要注意とします。
- 固定比率と長期適合率: 企業の固定資産がどれだけ自己資本で賄われているかを表します。低いほど安全性が高いとされますが、極端に低いと設備の劣化などにつながる場合もあります。
3. 比率の改善方法
各比率を改善するための対策として、基本的な原則を押さえておきましょう。
- 多くの比率は、分子を増やすか分母を減らすことで好転します。
- 固定比率や長期適合率などは、逆に分子を減らすか分母を増やすと好転します。 また、比率の改善には「利益による改善」と「資金調達による改善」があり、例えば利益率を上げなければならない項目もあれば、純粋に資金調達で改善できる項目もあります。
4. 適切な与信管理
バランスシートでの安全度を確認し、取引先への与信限度を設定することが重要です。流動比率が130%以上であれば安定しているとみなせますが、それ以下の場合はさらに詳細な財務比率の検討が必要です。
5. 基準を決めた運用
各比率には基準を設け、それを維持するように運用計画を立てることが不可欠です。例えば、長期適合率が50以下にならないように設定する、棚卸資産回転率が高すぎて在庫リスクが増えないようにする、といった基準設定が安全運用につながります。
6. 対策と進言の具体化
バランスシート分析の結果をもとに、単に「良い悪い」を指摘するだけでなく、具体的な対策や改善提案をまとめ、経営陣に進言できるようにすることが肝心です。分析だけで終わるのではなく、改善すべきアクションプランがあることが重要です。
まとめ
バランスシートを用いた分析は、会社の財務状態の「断面」を見るだけでなく、数期にわたる傾向を把握し、正しい判断と具体的な対策を立てることが求められます。財務指標の変動をチェックし、資金運用計画に基づいて進めることで、企業の安定と成長が期待できるでしょう。
コメント