大企業や中堅企業の多くは代理店を通じて商品を販売している。中小企業においても、代理店や特約店を利用した販売形態が主流となっている。
中小企業において、一般的に直販は難しいとされる。その理由として挙げられるのは以下の通りだ。
- 販売網の構築が難しい
- 販売にかかる経費が大きい
- 集金の手間がかかる
- 得意先の倒産などのリスクを直接負うことになる
確かにこれらの理由には一理ある。しかし、こうした一面の事実だけを根拠に、直販は不可能だと断定することはできない。
おむつ専業メーカーである福岡市のニシキゴムは、現在こそ従業員千人を擁する中堅企業だが、創業当初は資本金百万円の小企業だった。
当時、古着でさえ問屋から仕入れていた時代に、ニシキゴムは「小売店直結販売」に踏み切った。現社長の多川博が小売店を回る中で、問屋を通すと売れ行きにムラが生じ、「本当の意味での販売は直販でなければできない」と自身で実感したからだ。
同業者からの「直販など成り立たない」という忠告を振り切って始めた直販だったが、その結果、現実の厳しさを思い知らされることになった。1店舗あたりの売上高がわずかで、販売に必要な運賃や旅費交通費すら賄えず、大幅な赤字を出してしまったのだ。
当時の状況を振り返り、多川社長は「あれは出口のないトンネルだった」と述懐している。しかし、その苦境の中でついに活路を見いだした。それが、八幡製鉄、旭化成、門鉄といった大企業の購買組合を対象とした「職域販売」だった。取引を開始すると、予想を超える売れ行きを見せ、さらにその販売は安定して継続した。
この職域販売で安定した販売量を確保したことで、ニシキゴムの事業はようやく軌道に乗った。その後、昭和30年に訪れたベビーブームが追い風となり、全国各地に「ベビー用品専門店」が次々と登場。さらに、百貨店でも「ベビーコーナー」が相次いで設けられるようになった。(『フクニチ』昭和46年10月11日号より)現在、同社は市場占有率40%を誇り、業界トップの地位を確立している。
ニシキゴムの成功は、多川社長の不屈の事業家精神によるものであることは疑いようがない。しかし、その成功の背後には、単なる精神論だけでなく、実践的なアプローチがあった。社長自ら小売店を訪問し、現場の声を丹念に聞き取ったうえで、その情報をもとに最適な販売方式を導き出している点にこそ、真の強さがある。
もう一つの成功要因は、職域販売という新しい販売チャネルを切り開いたことにある。そして、それに加えて幸運も味方した点を見逃してはならない。ニシキゴムの成功は、単に直販を選択したから成し遂げられたわけではない。死にもの狂いの努力によって直販を実現し、それを成功させた点に本質がある。直販という販売方式は、それ自体が価値を生むものではなく、命がけの努力を注ぐだけの価値がある手法なのだということを理解すべきだ。
直販で成功している例として、先に挙げた長府製作所も同様だ。同社は、川上米男社長の決断により代理店販売から直販へ切り替えた結果、他社には真似できない高いマージンを確保することに成功した。この高マージンこそが、長府製作所の圧倒的な強みとなっている。
電動工具メーカーのマキタは、全国に129ヵ所の営業所を展開し、登録販売店を通じて製品を提供している。 一方、高級家具メーカーのカリモク家具(旧・苅谷木工)は、公式オンラインショップを運営し、直販も行っている。 カリモク家具の成功に倣い、業界内で直販に切り替える企業が増加している。
これほど多くの成功例を目の当たりにすると、「直販方式は無理だ」という主張はその説得力を大きく失う。「直販方式無理論」が一面の真理にすぎないと考える理由は、まさにここにある。成功は直販そのものではなく、適切な戦略と努力があってこそ可能となるからだ。
直販の利点は主に二つある。まず一つ目は、消費者やエンドユーザーに最も近い存在である小売店と直接つながることで、彼らの声やニーズ、さらには小売店側の要望を身近に、時には直接的に把握できる点だ。二つ目は、流通経路を短縮することによって生じる高いマージンを、小売店に還元できる点にある。これにより、販売先との信頼関係を強化しながら競争力を高めることが可能になる。
もちろん、直販方式には利点だけでなく欠点も存在する。それが「直販方式無理論」の主張の核だ。しかし、この論は直販方式の利点にはほとんど触れず、欠点のみを強調しているに過ぎない。どんな物事にも利点と欠点の両面がある以上、そのどちらも公平に見つめ、総合的に判断することが求められるのだ。片面だけに囚われていては、本質を見誤ることになる。
私は、本当に販売を拡大し、業績を向上させたいのであれば、特殊な事情を除いて直販方式に踏み切るべきだと考えている。これまで訪問してきた多くの企業の中で、代理店や問屋を介して販売を行っているケースでは、半数以上の社長が「直販でなければいけない。機会を見つけて直販に切り替えたい」との意向を持っているのが実情だ。直販には大きな可能性が秘められており、現場の多くの経営者がその価値を認識しているのだ。
問屋には問屋独自の体質や家庭の事情があるのは確かだ。そして、その事情があるがゆえに、特定メーカーの商品だけに注力することが難しいという現実も理解できる。しかし、そうした状況が、メーカーから「自社商品に十分な力を入れてもらえない」という評価を受けていることを無視するわけにはいかない。それは、問屋の存在意義や経営そのものに関わる重大な問題となり得るからだ。問屋として、この評価をどう受け止め、自らの事業経営をどう改善していくのかは、非常に大きな課題と言えるだろう。
直販に関して、もう一つ注目すべき重要な論点がある。それは、「販売経費がかかる」という反対意見についてだ。この反対論の裏には、「問屋を通せば販売経費を抑えられる」という前提が含まれている。しかし、これは必ずしも全面的に正しいとは限らない。販売経費がかかるというのは事実かもしれないが、その一方で、直販による高マージンや市場からの直接のフィードバックという利点が、そのコストを十分に補って余りある可能性がある。販売経費の問題は、一面的な評価ではなく、総合的な視点で考えるべき課題と言える。
これはまさに「天動説」に似た考え方だ。「販売は問屋に任せておけばよい。問屋は我が社の代理店であり、当然我が社の商品を売ってくれるはずだ」と思い込んでいる、いわば「ひとりよがり」の発想だ。しかし、現実はそう単純ではない。問屋は多くのメーカーの商品を扱っており、特定の商品に特別な力を注ぐわけではないことがほとんどだ。この思い込みは、販売戦略の本質を見誤る危険性を孕んでいる。
総代理店であろうと総発売元であろうと、特約店であろうと、それが我が社の商品に力を入れて販売してくれる保証はどこにもない。この現実をしっかりと理解しておく必要がある。理由については後ほど詳しく触れるが、まずこの点を確実に頭に刻み込むことが重要だ。販売戦略を考えるうえで、こうした甘い期待に依存するのは危険である。
総代理店であれ、総発売元であれ、特約店であれ、彼らが我が社の商品に特別な力を注いで売ってくれるという保証は一切存在しない。この点をはっきりと認識しなければならない。理由については後に詳しく述べるが、まずはこの現実を深く理解し、心に刻むことが不可欠だ。販売戦略を構築する際、この事実を軽視することは致命的な過ちとなり得る。
取引自体は問屋や代理店を通すとしても、実際の販売活動を直接小売店やエンドユーザーに向けて行わなければ、「真の意味での販売」は実現できない。そう考えると、問屋を通す場合でも小売店直販の場合でも、販売にかかるコストに大きな違いは生じない。つまり、問屋を介した取引が必ずしも経費の削減につながるわけではなく、むしろ直販の利点を考えれば、費用対効果がむしろ高い場合もあるのだ。
直販を行うことで、集金費や運賃の一部が多少増加することは事実だ。しかし、その程度のコスト増加であれば、直販の持つ利点を考えれば十分に吸収可能である。むしろ、消費者やエンドユーザーの声を直接聞き、高マージンを確保できる直販の優位性は、それ以上の価値をもたらす。だからこそ、私はなおさら直販に踏み切るべきだと主張している。小さな追加コストを恐れるより、直販の大きな可能性に目を向けるべきだ。
しかし、私は「問屋無用論」を主張しているわけではない。問屋には問屋としての利点があり、立派な存在価値がある。その価値とは、「メーカーにはできないサービスを小売店に提供する」という点にこそ存在する。この役割を自覚し、それを果たしている問屋は、これからも堂々と生き残ることができるだろう。しかし、この役割を果たせない問屋は、時代の流れとともに淘汰される運命にある。問屋としての存在意義を再確認し、それを具体的な行動で示すことが求められている。
やはり厄介なのは、「天動説」にとらわれたメーカーの存在だ。このようなメーカーは、「問屋は我が社の代理店だから、当然我が社の商品を一生懸命売ってくれるはずだ」という思い込みに固執している。そのため、自ら積極的に販売活動を展開しようとせず、結果として業績向上を果たせないまま停滞している。このような姿勢は、現代の競争激しい市場環境では致命的だ。メーカー自らが販売に向き合う覚悟がなければ、持続的な成長は期待できない。
問屋もまた、メーカーの安易な態度に依存することで、自らの事業を深く掘り下げて考えようとせず、真の流通業者としての役割を十分に認識できていない。この結果、問屋自身も業績を向上させる道を閉ざしてしまっていると言える。本来、問屋には小売店やエンドユーザーに対して、メーカーでは提供しきれない付加価値を届ける重要な役割があるはずだ。その役割を果たす意識が欠如している現状では、問屋自身の存続すら危うくなる可能性がある。
直販と代理店・特約店販売にはそれぞれ独自の利点と課題があります。中小企業や特定の状況では代理店や特約店が推奨されることが多いものの、必ずしも代理店販売が唯一の選択肢とは限りません。以下に、直販の利点や課題、代理店販売のメリットと欠点を整理し、社長が決断すべき視点を述べます。
1. 直販の利点
- 顧客との近さ:消費者や小売店と直接つながるため、ニーズや不満を直接受け取ることができ、迅速な対応や改善が可能です。
- 流通マージンの確保:流通経路の短縮により、価格設定の柔軟性が高まり、高マージンを確保することができ、販売利益が増大します。
- ブランド力の強化:自社での直接販売はブランドイメージの向上に役立ち、信頼を築くことが可能です。
2. 直販の課題
- 運営コスト:販売網の構築、顧客対応、集金、運送費用など、初期コストや管理コストが高くなることがある。
- リスクの負担:顧客の倒産リスクを直接負担することがあり、代金未回収や貸し倒れのリスクも生じます。
- 地域や市場の知識が必須:地域ごとの市場特性を理解し、最適なアプローチを開発する必要があります。
3. 代理店・特約店販売のメリット
- コスト削減:販売経費を抑えることができ、特に広範囲の市場に対するアプローチがしやすくなります。
- 既存のネットワーク活用:代理店や特約店が既存の顧客ネットワークを持っているため、迅速に広い市場に製品を展開できます。
- 支払いの安定:代理店が集金や運送費の一部を負担するため、メーカー側での管理コストが削減できます。
4. 代理店・特約店販売の欠点
- 顧客ニーズの把握不足:代理店を介することで、顧客からのフィードバックを直接得る機会が減少し、市場やニーズの変化に対応しにくくなります。
- 販売意欲の問題:代理店は他社製品も扱うため、特定の製品に専念して売ることが難しい場合があります。特に高マージンを提供しないと、十分な販売活動が期待できません。
5. 直販の実施における重要な視点
- 直販の実現可能性を見極めるには、地域の顧客のニーズや市場状況を社長自らが把握し、直接の顧客訪問や取引先との会話から得られる情報を活用することが必要です。
- 代理店や特約店を通した間接販売と、直販を組み合わせるハイブリッドな販売戦略も効果的です。たとえば、主要顧客やエンドユーザーには直販で対応し、他の一般顧客は代理店を通してカバーすることで、直販の利点を活かしつつ販売コストを抑えることが可能です。
結論
直販と代理店販売の選択は、企業の規模や製品、顧客の特性に応じて異なります。販売経路を自ら構築する意思があり、顧客からのフィードバックや市場変化に素早く対応する必要がある場合、直販が理想的です。
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