総代理店制がもたらすリスク
K社は、従業員約千人を抱える中堅企業だ。事業部は二つあり、一方は堅実に業績を伸ばしているが、もう一方は3年間連続で赤字が続き、その額は年々拡大している。黒字を生み出す部門がなければ、倒産は免れなかっただろう。
赤字を出しているのは家庭金物を扱う事業部だ。四年前までは順調だった業績が、三年前を境に急激に悪化し、その後さらに悪化の一途をたどり現在に至る。このような急激な業績の屈折には、何か重大な原因が潜んでいると考えざるを得ない。
調査の結果、四年前に営業部長の提案で総代理店制を導入したことが判明した。その施策を実行した瞬間から、業績が下降を始めている。
K社長の狙いは営業費の削減だった。それまでは20社以上の問屋と取引を行っていたが、この数では営業経費が増大する一方だと考えたのだ。
そこで、総代理店制を導入し取引先を一社に絞れば、大幅なコスト削減が可能だという目論見だった。だが、総代理店の社長は商売の駆け引きにおいてK社長を遥かに上回る老獪さを持っており、結果的に完全に主導権を奪われてしまったのだ。
最初に仕掛けてきたのが値下げの要求だった。「これまでは20社以上と取引していたために販売経費もかさんでいただろうが、今後はうち一社に絞ることで、そちらの販売費用は大幅に削減されるはずだ。一方で、こちらは総代理店として一手販売を担うことになり、これまでの何倍もの経費がかかる。その分、値下げしてもらわなければ困る」という主張を突きつけられ、K社はその要求を受け入れざるを得なかった。
販売経費を削減するための施策だったはずが、これでは何のための削減なのか全く意味をなさなくなってしまった。K社としては、総代理店に販売を任せなければ事業が立ち行かない状況に追い込まれており、社長をはじめ専務や営業部長までもが、入れ替わり立ち替わり総代理店を訪れては、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げる始末だった。その姿は、まるで米つきバッタのように見えたという。
総代理店の態度はますます横柄になり、「カタログの費用を一部負担しろ」「展示会に協賛しろ」「特売品の値引きをしろ」と、次々に無理難題を押し付けてきた。K社としては、それらの要求を簡単に断るわけにもいかず、すべてを飲むしかない状況に追い込まれていた。完全に首根っこを押さえられ、逃げ場を失ったも同然だった。
さらに、総代理店からは頻繁に再見積りの要求があった。その際、多くの場合、二品種以上の同時見積もりが求められる。例えば、A商品とB商品を同時に見積もった際、A商品を100円、B商品を150円と提示すると、相手はこう言うのだ。「B商品をそんなに安くする必要はない。170円で構わない。その代わり、A商品を80円にしてほしい」と。K社はこの駆け引きにまんまと乗せられ、その条件を飲んでしまう始末だった。
賢明な読者には、問屋の策略がすでに見えているだろう。彼らが本当に欲しているのはA商品であり、B商品は二の次なのだ。結果として、A商品ばかりの注文が舞い込む。K社としては、高値で売れるB商品を買ってもらいたいので、「B商品もぜひ購入を」と持ちかける。すると、問屋は決まってこう返してくる。「もちろん買いたい気持ちはあるが、価格が高すぎて売れない。150円にしてくれれば話は別だが」と。こうして、さらに条件を引き下げられる羽目になるのだ。
売りたい一心でB商品の価格を150円に下げてしまう。そして、このやり取りが4年もの間繰り返されたにもかかわらず、K社はその意図に気付かないままだった。この無自覚ぶりには、驚きを通り越して呆れるほかない。(念のため付け加えておくが、これは決して作り話ではなく、紛れもない実話である。)
ある日、私がスーパーの売り場を視察した際、80円で卸したはずのA商品に、320円の値札がついているのを目にした。これでは掛率わずか25%という、あまりにも低すぎる利益率で、話にならない状況だった。
メーカーから総代理店を経由してスーパーに直接納品されるという最短の流通経路にもかかわらず、スーパーへの納入価格が掛率60%で192円になっている計算になる。一方、総代理店の取り分は112円にも達する。こんな理不尽なことがまかり通るなんて、まさに馬鹿げていると言わざるを得ない。
スーパーへの掛率を60と仮定し、総代理店がそこから3割の利益を取ったとしても、掛率は48となり、価格にして152円60銭になる計算だ。それを80円で卸しているのだから、商売の基本を全く理解していないと言われても仕方がない。
驚くべきことに、A商品がスーパーで320円で販売されている現状を、私が指摘するまで社長も専務も営業部長も全く知らなかったのだ。その無関心さには呆れるほかない。しかし問題はそれだけではない。新商品の開発に関しても、常に後手に回っており、市場の変化や需要に対応するスピードが著しく欠如していた。
開発部門の課題と市場対応
開発部門の業務は、クレーム対応による設計変更や特注品の設計に追われるばかりで、本来の研究開発には手が回らない状態だった。わずかな余裕で行う開発研究も、外国文献の焼き直しに過ぎず、その中から市場で成功するようなヒット商品が生まれた試しは一度もなかった。
開発部門の業務は、クレーム対応に伴う設計変更や特注品の設計に振り回されてばかりだった。その合間を縫って行う開発研究も、結局は外国の文献を焼き直す程度のものであり、そこから市場を賑わせるようなヒット商品が生まれたことは一度もなかった。
他社がたまたま新商品を開発し、それが市場で成功すると、総代理店はそれをK社に突きつけてこう言うのだ。「他社はこんなに優れた商品を作っている。お前たちは一体何をやっているんだ? 対抗商品をすぐに開発しないなら、そのメーカーから買うぞ」と。K社はその言葉に追い立てられるように、慌てて対抗商品の開発に取り掛かるという体たらくだった。
K社長の関心は、もっぱらコスト削減、効率向上、そして組織運営に向けられていた。コストダウンを目指して、設備の専用化や自動化が次々と進められた。しかし、その結果、設備投資に伴う金利負担が増大し、借入金の返済額も膨らんで、資金繰りをますます圧迫する事態に陥っただけだった。
組織をどういじろうと、非常識な安値販売の問題には何の影響も与えない。そんな対策で効果が出るはずがない。結局、K社は自ら抜け出す術を見失い、どうにもならない泥沼にはまり込んでしまっていたのだ。
K社の実例は、「総代理店制」とは一体何なのかを如実に示している。総代理店だからといって、必ずしもメーカーの利益を考えてくれる存在ではない。それどころか、むしろメーカーを「カモ」として利用し、徹底的に搾り取ることも厭わないのだ。
こうした事態を招いた根本原因は、社長の「天動説」的な発想にある。「天動説」とは恐ろしいもので、現実を直視せず、自分たちを中心に世界が動いていると信じ込む態度だ。「総代理店」を設けるということは、相手に我が社の生殺与奪権を握らせることに他ならない。それを理解せずに行動した結果が、この有様なのだ。
総代理店を通さなければ販売できない以上、もし総代理店が必要な売上を確保してくれなければ、会社そのものが立ち行かなくなる。つまり、総代理店に依存する体制そのものがリスクなのだ。しかし、総代理店が優先して考えるのは当然ながら自社の利益であり、メーカーである我が社の利益や存続を第一に考えるわけではない。そこに、この構造の危うさがある。
これほど危険な状況は他にない。それにもかかわらず、「総代理店は我が社に忠誠を尽くしている」と信じ込んでいるのだから、まさにおめでたいとしか言いようがない。しかし、すでに総代理店制を採用してしまっている会社にとって、現状を嘆くだけでは何も変わらない。では、どうすればこのリスクを最小限に抑えつつ、現状を改善できるのかが次なる課題となる。
総代理店制の限界を超える戦略
G社は家庭雑貨を製造するメーカーで、総代理店制を採用していた。しかし、私が訪問する1年半前から売上が低迷しており、総代理店にとってG社の商品は全体の売上高のわずか6%程度に過ぎなかった。総代理店にとっては完全に副業扱いで、担当者にはほとんど役に立たないロートル社員が2~3名割り当てられているだけだった。こんな状態で売上が伸びるはずもなかった。
その総代理店は、本業の忙しさや人手不足もあって、ついに総代理店を辞めたいと言い出したのだ。そもそもG社の商品は副業に過ぎず、収益も芳しくなかったため、取り扱いに対する意欲を失っていたことも十分に想像できる。総代理店としての役割を続ける意味を見いだせなくなったのだろう。
G社にとっては社運を賭けた重要な売上であったものも、総代理店にとっては単なる副業でしかなかった。都合が良ければ手を出し、都合が悪くなればあっさり手を引く。これが総代理店の本質であり、実態なのである。
私は「またとないチャンスだ。これで総代理店制とは決別できる。さあ、自主販売に切り替えよう。これからが本当の勝負だ」とG社長に伝えた。だが、彼は「そう簡単にはいかない」と首を横に振った。その理由が驚くべきものだった。総代理店側が勝手に、「我々が総代理店を辞めたら困るだろうと思い、後継の会社を見つけておいた。Y社だ。Y社もこの話を喜んで引き受けてくれた」と、G社の意向を無視して、すでに次の総代理店を決めてしまったというのだ。
私は、「そんな馬鹿な話があるか。後継をどうするかはG社自身が決めるべきことで、総代理店が口を挟む筋合いではない。おせっかいもいいところだ。副業としてしか扱わなかったくせに、手を引く段になって後継を世話するとは、一体どんな了見なのか。こちらの意向を無視して勝手に決めた話など受け入れる必要はない。すぐにでもその決定を撤回するよう申し入れるべきだ」と強く進言した。
私は再び社長に進言した。「事がすでに決まってしまった以上、やむを得ない。この現実を踏まえて、適切な手を打たなければならない。ただし、注意すべき点がある。新しい総代理店であるY社にとっても、あなたの会社の商品は売上の一部でしかない。しかも、Y社は自社商品を持っており、当然ながらそちらの方が可愛くて優先されるのが道理だ。あなたの会社の商品を優先して売ることなど期待できない。
さらに重要なのは、Y社があなたの会社で必要とする売上を確保できなければ、会社そのものが危うくなるということだ。この現実をしっかりと踏まえた上で、Y社と契約内容を交渉しなければならない。ここで安易な妥協をすれば、さらに状況が悪化する危険がある。」
以下のような文書を準備し、Y社に対して総代理店としての責任を明確に認識してもらう必要がある。
Y社 殿
総代理店契約に関する確認事項
このたび、Y社に我が社の総代理店をお願いするにあたり、以下の点についてご理解とご承諾を賜りたくお願い申し上げます。
- 総代理店としての責任
Y社に総代理店をお願いするということは、我が社の存立をY社に託すことを意味します。したがいまして、Y社には我が社の社員とその家族、さらには協力工場の従業員とその家族を合わせた約2,000人以上の生活を守る責任が伴います。この責任を真摯に受け止めていただき、必要な売上を確保していただくようお願い申し上げます。 - 売上不足時の対応
万が一、Y社が我が社の存続に必要な売上を実現できない場合、その不足分については我が社が直接販売を行い、補うことを認めていただきます。 - 取扱商品範囲
Y社の総代理店権は、現在の既存商品およびその改良品に限るものとし、新開発商品はその範囲に含まれないものとします。 - 契約期間
本契約の期間は1年間とし、期間満了後に継続する場合は改めて再契約を締結するものとします。
以上の内容をご確認いただき、承諾の上で契約を進めさせていただきたいと存じます。ご検討のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
記載責任者:
[社長または担当者の署名と印]
この文書をもとに、Y社と協議を進めるべきです。契約の中で責任の所在を明確にすることが、今後のリスクを抑えるための第一歩です。
非常に厳しい条件ではあるが、総代理店としての責任を担う以上、これだけの覚悟が必要であることをY社に明確に伝えなければならない。この条件を受け入れないのであれば、総代理店として任せることはできない、と毅然とした態度を示す必要がある。
中途半端な合意では、再び問題が起こるだけだ。Y社には、総代理店になるとはどういうことなのか、その重みをしっかりと理解させると同時に、双方にとって納得のいく契約条件を確立することが不可欠だ。妥協は、後に大きな損失を生むだけだという覚悟をもって臨むべきだ。
この申し入れに対し、Y社は完全に虚を突かれたと言ってよい。まさか、このような厳しい条件を提示されるとは夢にも思っていなかったのだ。しかし、条件を冷静に考えれば、筋が通っており、これを拒否すれば総代理店としての役割を引き受けることはできないことは明白だった。結果として、Y社長はこの条件を受け入れるほかなく、止むを得ず契約に応じたのだった。
年間契約台数の要求は、これまでの業績が低調だったこともあり、必要な利益を確保するために、過去の実績を大幅に上回る水準を提示した。当然、Y社がこれに難色を示す可能性が高いと考えられた。そこで私は、そうした場合には「不足分については、こちらで直接販売をさせてもらいたい」と切り出すよう助言しておいた。
さらに、売り先については「私、一倉が具体的な案を用意しているから、その点は心配する必要はない」と言葉を添え、G社側の不安を和らげるよう努めたのだ。
案の定、交渉の席でY社の営業部長が「そんな大きな数字は到底不可能だ」と難色を示した。しかし、Y社長はその意見を抑え込む形で、提示された数字を受け入れる決断を下した。それは単に交渉をまとめるためではなく、既にG社の運命を握る立場となった以上、この条件を呑むほかなかったからだ。Y社長にとっても、もはや引き返せない状況に追い込まれていたのだ。
こうして、年間契約は形式上の成功を収めたものの、これが実際に実現する保証はどこにもなかった。それどころか、提示された目標が非常に高いものであることは明白であり、誰の目にもその達成が極めて困難であることがわかっていた。契約は成立したが、現実的な課題は依然として山積みだった。
私はG社長にこう進言した。「Y社だけに販売を任せて、目標が達成できなかった場合に総代理店の責任を追及しても、売上が上がらなければ意味がありません。自社で販売体制を整え、Y社と協力して取り組むことが不可欠です」と。
このアドバイスをもとに、G社は独自の販促活動を開始し、着実に成果を上げていった。その成功体験は、将来発売する新商品を自主的に販売するという戦略に対する大きな自信をG社に与えることとなった。この経験は、会社の販売方針において重要な転機となったのだ。
一年目の結果は、これまでの売上の停滞を打破し、一定の伸びを見せたものの、契約で定めた目標には遠く及ばなかった。それでも、二年目の契約を締結しないという選択肢はなかった。Y社は懸命に努力しており、旧代理店時代よりも売上は確実に伸びていた。また、G社も若干ながら黒字を記録していたことから、契約を継続する決断が下された。事業は徐々に改善の兆しを見せ始めていた。
二年目の契約も、相変わらず高い目標を掲げた。G社はY社に強いプレッシャーをかけ、「二年目こそは必ず目標を達成してほしい」と力を込めて要請した。さらに、「もしも達成できないのであれば、総代理店を辞退してもらうことも選択肢に入れるべきだ」と、暗に退路を断つような謎めいた言葉を投げかけた。これにより、Y社に一層の奮起を促す狙いがあった。
二年目も契約高には達することができなかった。そして迎えた三年目の契約交渉の際、ついにY社は音を上げ、「そんな数量を達成するのは到底無理だ」と白旗を上げた。それだけでなく、「売上が不足する分を補うために、商品の価格を引き上げてほしい」と要求を出してきた。総代理店としての限界を見せる一方で、自らの負担を軽減しようとする姿勢が浮き彫りになった瞬間だった。
当然のことながら、Y社もその要求を簡単に受け入れるわけにはいかなかった。交渉は難航し、双方の主張がぶつかり合う場面が続いた。しかし、最終的にはお互いに歩み寄り、妥協点を見つけることで、ようやく契約条件がまとまった。この合意には、両社の利益を守りつつ、現実的な解決策を見出すための苦労が込められていた。
私はG社長に、「この二年間で、Y社は総代理店としての厳しさを嫌というほど味わったはずです。あなたの会社から常に高い目標を突きつけられ、退くに退けない状況に追い込まれているのです。そろそろY社が総代理店を辞めたいという意向を示し始めていないでしょうか?」と尋ねた。すると、G社長から「最近、確かにそのような兆候が次第に明確になりつつある」との答えが返ってきた。Y社も限界に近づいている様子が見え始めていた。
恐らく、Y社は一~二年以内には総代理店としての役割を降りる決断をするだろう。その時を待つ、という結論に至った。しかし、この二年間、G社が続けてきた販売促進活動は大きな成果をもたらした。G社は総代理店に頼るだけではなく、自らの力で商品を販売できる実力を確実に身に付けつつあったのだ。この経験は、会社の今後の成長にとって重要な財産となるだろう。
以上の二つの事例は、総代理店制がどういうものであるかを端的に示している。総代理店は、メーカーにとっても代理店側にとっても、決して理想的な仕組みではない。メーカーは自社の運命を他社に委ねるリスクを負い、代理店側も高いハードルを背負わされることになる。結果として、双方にとって重荷となり、しばしば関係が悪化する。
だからこそ、私は常々「総代理店制を採用してはいけない」と言い続けている。自社の商品は自社の手で売る。それこそが、最終的にはメーカーの力を高める唯一の道なのだ。
それにもかかわらず、多くのメーカーは総代理店を設けたがる。特に、これまで自主販売の経験がない会社ほど、その傾向が強い。そして、その決断は往々にして前後のことを何も考えずに行われる。もっとも、総代理店制の本質やリスクを正確に理解している企業は少なく、これを詳しく解説してくれる文献も世間にはほとんど存在しない。結果として、多くのメーカーが総代理店制の現実を知らないまま、その甘い表面だけを見て採用してしまうのだ。これは、ある意味で無理からぬことでもある。
あるのは、根強い「天動説」的な発想だ。この考え方だけは、誰に教わるわけでもなく、ほとんどのメーカーが当然のように持っている。「自社が中心にあって、総代理店がその周りを回り、自社のために動いてくれるはずだ」と信じ込んでいるのだ。
そして、「総代理店に売らせよう」という安易な発想から、慎重な検討もせずに総代理店を「任命」してしまう。まるで、販売のすべてを他人に丸投げしても問題が解決するとでも思っているかのように。しかし、こうした安易な姿勢こそが、後に大きな問題を招く要因となる。
一方で、問屋もまた総代理店の地位を欲しがる傾向が強い。その理由は単純で、「販売権を自社で独占したい」という極めて短絡的な願望から来ている。これもまた、前後のことを深く考えることなく、「総代理店」という肩書きや権限に飛びついてしまうのだ。このような状況を、まさに「総代理店病」と呼ぶにふさわしい。
問屋にとっても、総代理店になることで伴う責任やリスクについての理解が不足しているため、結果的に双方にとって不幸な状況を生むことが少なくない。この「病」に陥ることの危険性を、メーカーも問屋ももっと真剣に認識する必要がある。
S社は加工業を営む企業で、新商品を初めて開発した際に、日刊工業新聞に商品紹介を掲載してもらうことになった。この時、私はいくつか重要な注意点を伝えた。その中の一つが、「発売時期と価格、そして当初の月商額という二つの数字を明確にしないと、新聞に掲載してもらえない」という点だった。
これらの情報は、読者に対して具体性を持たせるだけでなく、信頼性や商品の実現可能性を示す重要な要素だ。明確な数字を示すことで、単なる宣伝ではなく、実績を伴う計画として受け取られることが期待された。
もう一つの注意点として、新商品が新聞に発表されると、多くの商社や問屋が「うちに総代理店をやらせてほしい」と必ず申し出てくるだろう、ということを指摘した。そして、それらの提案には絶対に乗らないように、と強く念を押しておいた。
後日、S社長から話を聞いたところ、「一倉さんの言う通りでしたよ。発表後に五社ほど来ましたが、どの会社も総代理店になりたいと言ってきました」とのことだった。予想通りの展開に、S社長も驚きながらも、その助言を守ったことで、大きな誤りを避けることができた。新商品の成功において、重要な第一歩を踏み出す結果となった。
総代理店には、直接的な販売手段とは異なる「クッション」としての利用法がある。特に機械メーカーのような高額商品を扱う企業では、この方法が有効だ。高額商品であるがゆえに、取引先との商談では20ヶ月や30ヶ月といった長期の割賦手形を受け入れなければならない場合がある。
このような場合、メーカーが直接割賦販売を行うと、資金繰りやリスク管理の面で大きな負担を抱えることになる。そこで総代理店を間に挟むことで、メーカー側は販売リスクを軽減できる。総代理店が支払い保証の役割を果たし、メーカーは代金を一括で受け取る形にするなど、取引条件を安定させる仕組みとして利用できるのだ。
こうした「クッション」としての総代理店の役割は、単に販売を任せる場合とは違い、メーカーにとって実質的なメリットを生むことがある。だが、この方法も慎重に契約条件を設定することが不可欠であり、安易な依存は禁物だ。
長期手形では資金繰りが厳しくなるため、総代理店に持ち込んで短期手形に変えてもらう、つまり金融機関のように利用する。また、輸出時の煩雑な手続きを総代理店に任せる、といった使い方もある。
相手の実力、特に販売力を十分に調べずに契約するケースが多い。なぜ事前に経験者に相談したり、ジェトロ(日本貿易振興会)に確認したりしないのか、不思議に思うことが少なくない。
海外市場における総代理店制の教訓
F社はカナダの数社に対し、カナダと北米全域を対象とした総販売権を任せていたが、売上が全く伸びず頭を抱えていた。実際の販売地域はカナダ東部といってもモントリオール周辺と、アメリカの二つの地方都市およびその周辺に限られており、全域とは程遠い状況だった。
これでは、F社長が意図する売上を達成するのは到底不可能だ。なぜ、このような限られた地域でしか活動していない業者に、北米全域の総販売権を任せたのか、全く理解に苦しむ。
さらに、アメリカ(カナダも同様)は法律重視の国であり、すべては契約書が絶対的な効力を持つ。F社の場合も例外ではなく、契約内容が相手に有利に作られており、まるでクモの巣に絡め取られた蝶のように、相手の契約違反を指摘する以外に抜け出す方法がない状況に陥っていた。
F社がアメリカの会社と結んだ総代理店契約も、内容は完全に相手に有利な一方的なものであった。さらに契約期間が15年と長期に設定されており、その間、F社は身動きが取れない状況に追い込まれていた。
それに比べて、T社の契約は非常に優れたものだ。アメリカだけでなく、ヨーロッパ、東南アジア、さらにはオーストラリアの業者とも契約を結んでいるが、すべての契約において取引に関する拘束条件が一切ない。T社は、いつでも自由にスクラップ・アンド・ビルドを行える柔軟な契約を確立している。このような契約こそが、真に価値あるものだと言える。
総代理店制には、メーカーにとって多くのリスクが伴います。総代理店に依存しすぎると、販売活動の主導権が相手側に移り、結果的に利益率や販売戦略に大きな影響を受けやすくなります。以下に、総代理店制の問題点と、その回避策について要点をまとめます。
1. 総代理店制の問題点
- 依存リスク: 総代理店に頼りきりになると、代理店が売上目標を達成できなかった場合、メーカーの事業継続が危ぶまれます。相手が副業として扱う場合、優先度が低くなり、収益が伸び悩む可能性もあります。
- 価格圧力: 総代理店がコストを理由に値下げを要求してきた場合、メーカーはそれに応じざるを得ず、利益が圧迫されます。また、代理店が自社の利益を優先し、メーカー製品を値引き販売するケースも見られます。
- 新商品開発の遅れ: 総代理店は現在の売れ筋商品を優先するため、新製品の開発や導入が遅れることがあります。他社の製品が市場に出ると、対抗製品の開発が急務となるケースもあります。
- 契約の不備: 特に海外の代理店契約では、期間が長期にわたる場合、契約内容がメーカー側に不利となることがあります。相手側の一方的な利益条件をのまざるを得ない契約では、事業の自由度が損なわれます。
2. 総代理店制の回避策
- 自主販売の導入: 総代理店に頼りすぎず、自社で販売網を拡充する方法を検討します。自主販売を行うことで、エンドユーザーの声を直接聞き、市場変動に素早く対応できます。
- 契約の短期化と条件の明確化: 総代理店契約を結ぶ場合、契約期間を短期間に設定し、定期的に見直す体制を整えます。例えば、1年契約とし、売上目標に達しない場合は更新しない条項を入れると良いでしょう。また、新製品は総代理店に含まれないなどの条件を追加してリスクを分散します。
- 複数の代理店を活用: 一社だけに代理店権を委ねるのではなく、複数の代理店を設定することで、リスク分散を図ります。特に異なる地域や業界に対応する代理店を持つことで、販売網の強化と市場の広がりが期待できます。
3. 契約管理の徹底
海外の代理店との契約を行う際には、現地の法律や商習慣に通じた専門家や、ジェトロ(日本貿易振興機構)などの機関に相談し、契約内容を慎重に検討します。契約においては、販売目標やマーケティング活動の協力体制を明確にし、達成できなかった場合の解除条件も盛り込むことが必要です。
4. 総代理店との付き合い方
総代理店制を導入せざるを得ない場合でも、その影響力を過度に受けないような契約構造と、自社の販売活動を並行して推進することが重要です。また、販売計画を自主的に立て、必要に応じて修正できる柔軟な販売戦略を持つことで、総代理店の状況に左右されにくくなります。
以上の方法で、総代理店制に依存するリスクを軽減しつつ、自主的で柔軟な販売体制の構築を目指しましょう。
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