F社は手押し式掃除機を製造する企業だ。同社は総代理店制を採用しており、販売経路として主にデパート、スーパーマーケット、そして家庭雑貨店の三つを柱としている。
F社の社長は、現行の販売網に物足りなさを感じていた。F社自身が新たな販路を切り拓き、それを総代理店を通じた正式な取引ルートとして確立したいと考えていた。
社長はいくつかの販路候補を挙げて検討した。その中で最も有望とされたのがカーペット業界だった。敷物と掃除機は密接に関連する商品であるためだ。敷物業者を調査したところ、F社の商品を取り扱いたいという要望が非常に強いことが明らかになった。
しかし、F社の総代理店は、異業種の問屋から商品を仕入れることに難色を示した。どうしてもカーペット問屋を通じて購入したいという姿勢を崩さない。その背景には、同業の問屋との関係を重んじる義理もあるが、実際のところは相性の悪さが主な理由のようだ。
この提案を総代理店に持ちかけたものの、カーペット業界には馴染めないという姿勢を見せ、消極的な反応に終始した。結局、協力的な姿勢を引き出すことはできなかった。こうした状況は、総代理店制が持つ弱点の一つを如実に示しているといえる。
次に浮上したのは訪問販売だった。その候補として挙がったのがダスキンである。検討を進めているうちに、ダスキンの方からF社の商品を扱いたいという申し入れがあった。これは想定内の展開だった。F社の手押し掃除機とダスキンの床掃除機は補完関係にあり、相互に強みを活かせる関係性があるからだ。
好機到来とばかりに話を進めたものの、ダスキンはメーカーとの直取引が基本方針であることを明言した。この条件では総代理店制を維持するF社にとって折り合いがつかず、話は白紙に戻った。結局、ダスキンは他社との契約を選び、改めて総代理店制の壁の厚さを痛感させられる結果となった。
次に目を向けたのは職域販売だった。これが実際に売れるかどうかは、試してみなければわからない。幸い、社員の一人がH社の工場に知人を持っていたため、そのコネを活用し、一定期間の試験販売を行う交渉を進めることにした。結果として、この交渉は成功を収め、試験販売が実現する運びとなった。
試験販売の結果、予想以上に好調な売れ行きを見せ、新たな有望な販売チャンネルとしての可能性が明らかになった。しかし、総代理店はこれにも興味を示さなかった。どうやら、現状維持を好み、自らの既存の枠組みの中に閉じこもる姿勢を崩す気はないようだ。
総代理店には総代理店なりの方針があり、その遂行に注力するあまり、他の可能性を考慮する余裕がなかったのだ。具体的には、F社の商品を重点商品に位置づけ、全国の小売店約1万5千軒への売り込みを図る計画を進めていた。だが、その根底には「キメコマ病」(細かいことが絶対に良いと思い込む傾向)が見え隠れしている。冗談ではない、そんな固定観念に縛られていては成長のチャンスを逃してしまう。
資生堂のような最寄品の化粧品ですら、取り扱い店は約1万8千軒程度だ。それを考えると、F社の掃除機に全国1万5千軒の小売店をターゲットにする計画は過剰としか思えない。私の考えでは、「5千軒でも十分過ぎる。実際には3千軒程度で事足りるはずだ」と見ている。
このF社の事例は、販売チャンネルを多様化する重要性について改めて示唆を与えている。固定観念に縛られた一元的なアプローチでは、新たな可能性を見出すことは難しい。販売戦略には柔軟性とバランスが求められるのだ。
既存の販売チャンネルに固執するのではなく、多様なチャンネルを組み合わせることで、より強固で効果的な販売網を構築することが重要だ。それが、新たな市場開拓や顧客ニーズへの柔軟な対応を可能にする道筋となる。
それぞれの販売チャンネルをどのように整備し、活用していくかについては、次の章で詳しく述べることにする。販売戦略の真価は、単なる網羅性ではなく、効果的な組み合わせと運用にかかっている。
「セールススタッフを増やしたい気持ちはわかるが、現状ではその余裕がないのが実情だ。したがって、現行の販売手法はしばらく維持するべきだろう。しかし、それだけに留まらず、社長自らが新たな販売網の開拓に乗り出す必要がある。それを実現する鍵は、『他人の力を活用する』という視点だ。具体的には、流通業者をうまく利用する方法を検討することだ。」
これは、内部資源に依存するのではなく、既存の流通ネットワークを巧みに取り入れることで、販売力を拡大する戦略である。
最初に注目すべきは、衛生配管業者だ。この業種が最も有望と考えられるからだ。もちろん、左官屋や燃料屋といった選択肢もなくはないが、現時点ではそれらに大きな期待を寄せるべきではない。これらの業者については、あくまで将来的な可能性として頭の片隅に置いておく程度でよい。
まずは衛生配管業者というターゲットに集中し、このチャンネルの開拓に全力を注ぐべきだ。重点的にリソースを投入することで、効果的な結果が得られるだろう。
その第一歩として、地元の衛生配管業者の名簿を手に入れることが必要だ。これはターゲットを具体化し、効果的なアプローチを可能にするための基礎作業である。
次に、業者向けの専用カタログと価格表を作成する必要がある。これらは、商品の魅力や特長をわかりやすく伝えると同時に、取引条件を明確に提示する役割を果たす。特に、業者が求める情報にフォーカスした内容にすることで、関心を引きやすくなるだろう。
これらの準備が整えば、営業活動をスムーズに展開でき、より効果的に販売チャンネルを開拓できるだろう。
価格表を作成する際には、荷造費や運賃を含めた総額を明確に計算に入れることが重要だ。特に、運賃をこちら側で負担する形にするのが望ましい。これは、業者側にとって益率の計算が簡単になり、取引の透明性と魅力が高まるためだ。
業者にとって「計算がしやすい」というのは大きな利点であり、それが商品の取り扱いを決める際の後押しになる可能性がある。この細やかな配慮が、販路開拓の成功につながるだろう。
この手法を進めることで、浴場直売と衛生配管業者という二つの販売チャンネルを確立できる。どちらも互いに補完し合いながら、F社の販売網を強化する可能性を秘めている。
さらに、社長が新たなチャンネルを模索し調査を進めている最中に、ある管工事業者から「濾水機の特約店になりたい」という申し出があった。業界誌に掲載された広告を目にしたことがきっかけだという。この予想外の反応は、広告の効果と、商品の市場での可能性を示す良い例となった。
社長はこの申し出を喜んだものの、受け入れるための準備が全く整っていないのが実情だった。特約店契約に必要な条件、例えば保証金の扱いなど、基本的な事項すらまだ検討されていない状況だった。
このような状態では、せっかくのチャンスを活かすどころか、相手側に不安や不信感を抱かせるリスクがある。迅速に社内体制を整備し、特約店制度の条件や運用ルールを明確化することが急務といえる。
「あなたの会社の現状から考えると、保証金を求める段階にはまだ達していないだろう。だから、それは無しということで進めるべきだ。その代わり、相手が信用に値する業者であるかをしっかり確認する必要がある。モグリや信頼性に欠ける相手でないことを確かめた上で、あとは思い切って信用して取引を始めるしかない。
初めからリスクばかりを恐れていては何も動き出せない。挑戦する気持ちと、失敗を教訓にする姿勢が、成功への道を切り開くのだ。」
「保証金を免除する代わりに、支払い条件をこちらに有利な形にしてもらうよう交渉を進めることが重要だ。これにより、リスクをある程度軽減できる。
また、カタログについては、現在のものを流用することで時間を節約する。ただし、定価表だけは最新の情報を反映させたものを大至急作成する必要がある。これを迅速に整えることで、取引先に信頼感を与え、スムーズな交渉を実現する準備が整うだろう。」
「鉄は熱いうちに打て、まさにその通りだ。このチャンスを逃さないためにも、すべてを迅速に進める必要がある。相手との話し合いはスピーディーに進め、細部まで即決できる体制を整えること。時間をかけすぎれば、せっかくの好機が冷めてしまう。
今回の案件を、単なる一取引に留めるのではなく、あなたの会社にとっての重要な転機にするべきだ。この流れを活かして、新しい可能性を切り拓いていく姿勢が、今後の成長を左右する。」
ところが、いざ定価表を作成する段階で、思わぬ問題が浮上した。これまでの浴場直売価格では、流通マージンが確保できないことが判明したのだ。それどころか、流通マージンどころか、最低限必要な荷造費や運賃さえもカバーできないという状況だった。
このままでは流通業者にとって魅力的な条件を提示できず、取引自体が成立しなくなる可能性がある。この問題に対処するため、価格設定の見直しや、コスト削減の工夫が急務となった。価格の競争力を保ちながらも、流通経費を賄える仕組みを整える必要がある。
「新商品を開発した。さて、販売価格はどうする?製造原価に三割上乗せで十分だろう。売り方はどうしようか。とりあえず浴場に売り込みに行ってみよう。その次は宣伝だ。カタログを作って、業界誌に広告を出せ」といった具合で、全体像や戦略を欠いた場当たり的な対応が原因だった。
このやり方は、無方針というよりも無思慮に近い。価格設定の妥当性も、販売チャネルの選定も、商品価値を伝える戦略も欠けており、単なる思いつきの寄せ集めに過ぎなかった。このような姿勢では、成功は運に頼るしかなく、計画的な成長は望めない。
こう書き連ねると、まるでO社のやり方が「全く成っちゃいない」と感じられるかもしれない。しかし、同じような状況にある企業は決して珍しくない。それどころか、今をときめく大企業の中にも、実はこの程度の計画性や戦略性にとどまるところがいくらでもある。
見た目は立派でも、内部では行き当たりばったりの方針がまかり通っているケースも少なくない。O社の問題は、決して例外ではなく、多くの企業が抱える構造的な課題の一部に過ぎないのだ。重要なのは、この現実を正しく認識し、そこからいかに抜け出すかという行動である。
先ほど挙げたT電機も、実はその一例に過ぎない。では、新商品をどのように軌道に乗せ、新事業の開発をどのように進めるべきかという問いが生じる。しかし、このテーマについては、この社長学シリーズの「新商品・新事業開発」篇で詳しく取り上げることにする。
ここでは話を再びO社に戻そう。現状を冷静に見直し、具体的な行動計画を立てることが必要だ。場当たり的な対応に終始するのではなく、課題をひとつひとつ整理し、解決策を講じることで、新たな可能性が見えてくるはずである。
流通マージン、荷造費、運賃をカバーするため、O社は商品価格の値上げに踏み切った。この際、私は浴場直売価格も同時に値上げすべきだと主張した。しかし、社長は「それでは売れなくなるのでは」と懸念を示し、その不安も理解できる面があった。
もっとも、本当のところは、値上げしたほうがかえって売りやすくなるケースもある。価格に価値が反映されることで、商品に対する信頼感が増すからだ。例えば、値上げを行った後、現在の価格にわずかに上乗せした水準を「期間限定の普及価格」として設定する手法も有効だ。だが今回は、浴場直売価格については社長の判断を尊重し、当面の間、据え置くこととなった。
どうにもスッキリしないままでは、問題の根本的な解決にはならない。ここは思い切って、新型または改良品を投入し、それに適切な値付けを行った方が賢明だと判断した。そこで、現行商品について「何か欠陥や改善点はないか」と尋ねたところ、「鋼板製のため錆びやすい」という指摘があった。
この意見を受けて、商品の材質をステンレス製に変更する設計改良を決定。これにより、商品価値を高めたうえで、新しい価格体系を適用することにした。改良品を通じて価格改定を行えば、既存顧客にも納得されやすく、新たな購買意欲を引き出す効果も期待できる。
当面の方針として、直売と管工事業者という二本立ての販売チャンネルで進めることとなった。具体的には、この二つのチャンネルのうち、管工事業者をメインとし、直売は補完的な役割を担う形とした。そして、開拓期においては社長自らが直接担当し、足を使って現場を動かすことが決まった。
複数の販売チャンネルを採用する方法には、さまざまなパターンが存在する。各チャンネルの特性を理解し、それぞれの役割を適切に配分することが重要だ。また、初期段階では限られたリソースを集中投入できるよう、どちらかに優先順位をつけるのも有効な戦略である。この方針が功を奏するかどうかは、結果を見て次の一手を決めるべきだろう。
I社は全国的な販売ネットワークを持つ大手雑貨問屋で、得意先の口座数は4,000を超える。その販売チャンネルは大きく二つに分類される。
さらに、I社は東京、大阪、名古屋の三大都市に営業所を構え、それぞれの営業所が二本立ての営業スタイルを採用している。この構造により、全国的なスケールと地域ごとの細かな対応を両立させているのが特徴だ。
I社の販売チャンネルのうち、一つは小売店への直接卸売で、それぞれの都市とその周辺地域を商圏としてカバーしている。もう一つは、担当地区内の二次問屋への卸売だ。この二本立ての営業体制により、広範囲な流通網を効率的に運用しつつ、地域特性に応じた柔軟な対応が可能となっている。
フランスベッドは、全国的な販売網を「直販」と「ディーラー販売」の二本立てで構築している。その中でも、直販が圧倒的な比率を占めており、この分野が販売の主軸となっている。直販は「フランスベッド販売」という専属組織が担い、コミッション式を採用するなど、非常に特徴的な方法で展開されている。
特筆すべきは、この直販体制を支える圧倒的なバイタリティだ。積極的な営業活動と効率的な仕組みで、競争力の高い販売戦略を実現している。
「うちの会社は、この事業を維持するために、これこれの売上を確保しなければなりません。その売上を皆様のところで責任を持って実現していただけるのであれば、直販をいつでも撤退します」という趣旨の返答を行った。
この姿勢は、ディーラー側に対し明確な目標と責任を提示し、双方の役割を整理するものだ。同時に、直販の存続を条件付きとすることで、ディーラーにプレッシャーを与えつつも、一定の譲歩を示して協力関係を築こうとする意図がうかがえる。
この対応によって、ディーラー側は何も反論せず、そのまま引き下がる結果となった。一方で、パイン製菓の「食べるコーヒー」と「食べる抹茶」の販売チャンネルは、意外にも菓子業界の一般的な流通ルートではなかった。
主な販路として挙がっているのは、ガソリンスタンド、ドライブイン、そしてお茶の小売店だ。この独自のチャンネル選択は、商品特性に合わせたターゲット戦略を反映しており、競合と差別化を図るうえでユニークな方向性を示している。
上田社長は「菓子屋のチャンネルには絶対流さない」と固く決意している。「利用しないチャンネル」を明確に定めたその方針は立派だ。
従来のチャンネルに固執し、過当競争や乱戦を嘆いて低収益をぼやいても意味がない。それなら、自らの努力で抜け出す道を考えることこそ、社長の役割である。
武田薬品が「いの一番」を米屋のチャンネルに流したのは、新たな販路を開拓する努力の好例であり、評価に値する。
F社の事例は、複数の販売チャンネルを検討する際に以下の教訓を与えます。
1. 従来の販売チャンネルに依存しすぎない
- F社は、デパートやスーパー、雑貨店を主な販売先としていましたが、これだけでは十分ではないと感じ、新たな販路開拓を模索しています。このように、既存の販売網に不満を持ち、新規のチャンネルを探すことは企業にとって重要な成長戦略の一環です。
2. 新たなチャンネルの試み
- F社が目をつけたカーペット業界や訪問販売(ダスキン)、職域販売などの候補は、手押掃除機と関連性が高く、潜在的な需要が見込まれるルートです。特に、異業種との補完関係があるチャンネル(ダスキンの例)は、ビジネスをさらに拡大する可能性が高いことがわかります。
3. 総代理店制の制約とリスク
- 総代理店が新しいチャンネルへの取り組みに消極的な場合、企業の成長は抑制されてしまいます。総代理店制では、企業が新規チャンネルを開拓する上で制約が生じ、売上の分散を妨げられることがあります。F社のように柔軟なチャンネル構築ができない場合、チャンスを逃すことになるのです。
4. 他業種との提携と新たな市場の開拓
- 配管業者やガソリンスタンドのように、一見異なる業種と組むことで、既存の競争激しいチャンネルを避け、独自の市場ニーズに応えやすくなります。このような選択が、効率的で利益率の高い販路をもたらす場合があるため、常に柔軟な発想で提携の可能性を検討すべきです。
5. 適切な価格設定と流通マージンの考慮
- 新たなチャンネルを開拓する際、流通マージンや販売費用も事前に見積もっておく必要があります。適切な価格設定がなければ、流通コストがカバーできず、採算が取れなくなる可能性があるため、F社の事例のように事前の価格見直しが必須です。
6. 販売チャンネルに応じた差別化
- チャンネルごとに異なる価格やマーケティング戦略を設けるのも有効です。たとえば、直売と代理店販売を組み合わせたり、特定の業種をターゲットにしたプロモーション活動を展開したりすることで、各チャンネルの強みを活かした販売が可能です。
まとめ
多様な販売チャンネルを検討し、従来のチャンネルに頼るだけでなく、相性の良い異業種と提携する柔軟性が、企業の競争力を高めます。また、チャンネルごとに適切な価格設定と独自のアプローチを考慮することで、利益率の高い販売戦略が実現できるでしょう。
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