MENU

相手の立場に立って

Y社は木製家具を扱う問屋だ。顧客を最優先にする方針を掲げているものの、石油ショックによる不況の波には抗えず、売上は20%も減少した。

この不況を乗り越える手段は、顧客第一主義をさらに徹底する以外にない。小売店の立場に寄り添い、彼らが利益を上げられるよう支援することが鍵となる。

この時期、多くのメーカーが売上不振に直面し、問屋を介さず直接小売店に安価で商品を持ち込むという戦略に乗り出していた。

価格面でY社はどうしても不利な立場にあり、高価格というハンデを抱えたまま販売促進に取り組んでいた。この弱点を補い、さらに売上を拡大するためには、メーカーには提供できない独自のサービスを展開する必要があった。

最初の取り組みとして、毎月、品種ごとの売上高ベスト10をチラシ風にまとめた一覧表を作成した。そして、「貴社の立地条件から見て、特にお勧めする品は丸印を付けております」というキャッチフレーズを添え、得意先に配布した。このような細やかなサービスは、メーカーには真似できない独自の工夫である。

この作戦は見事に成功を収めた。小売店には毎日のように複数のメーカーのセールスマンが押しかけ、安価な新型商品を強引に売り込んでいた。小売店としては、確かに価格の安さには惹かれるものの、それが売れ筋商品かどうかの判断がつかず、仕入れを躊躇する場面が多かった。

売れなければ、どれだけ安く仕入れたところで利益にはつながらない。安値に惹かれて商品を購入してみても、結果的に売れ残るケースがしばしばあった。こうした経験から、小売店は単に安いという理由だけで、売れるかどうか分からない商品を仕入れることに慎重になっていた。

こうした状況下で、Y社が提供する情報は小売店にとって非常に価値のあるものだった。実際、Y社の情報を参考にして仕入れた婚礼セットが予想以上に売れ、回転率が通常の4倍にも達したことがあった。この結果、小売店から感謝の声が寄せられ、Y社の信頼性と存在感は一層高まった。

このような状況で、Y社の提供する情報は小売店にとって貴重な助けとなった。Y社の提案をもとに仕入れを行った結果、婚礼セットの回転率が通常の4倍にまで跳ね上がり、小売店から大いに感謝される出来事もあった。この成功は、Y社のきめ細やかなサービスがもたらした信頼の証と言える。

互いに市場を偵察していると、自分の店と同じ売れ筋商品が他店にもあることに気づく。これが面白くないと感じた小売店から、「この地域ではうちだけに売ってほしい。他店には卸すな」というクレームが寄せられることがしばしばあった。

社長はこの件について私にぼやくが、私は笑って取り合わない。「こんなありがたいクレームは滅多にない。贅沢な悩みをこぼすより、感謝するべきだ」というのが私の本音だ。

この問題への対処方法は、個々の事情を把握している社長自身が考えるべきことであり、詳細を知らない私には判断できるはずもない。一方で、もう一つの施策として挙げられるのは、小売店向けの展示即売会を企画し、小売店と協力して販売戦略を実行する取り組みだった。

多くの小売店が「特売」と銘打ちながら、その実態は名ばかりのものだった。店舗の陳列を変えることもなく、商品に特価の赤札を貼り、新聞折込広告を出し、店頭に特売の表示をする程度の取り組みにとどまっていた。これでは売上が伸びるわけがない。

特売を行うからには、品揃えや陳列を一新し、事前にしっかりと計画を練る必要がある。Y社では、特売の企画を2か月前に完成させ、その後の2か月間をキャンペーン期間として設定した。期間中、Y社のセールスマンは小売店と協力しながら、チラシを活用した効果的な販促活動を展開した。この取り組みは大成功を収め、その評判を聞きつけた小売店からY社への特売協賛の依頼が次々と寄せられる事態となった。

さらに、Y社は自社のショールームを充実させ、小売店に対し、「この展示場にお客様をご案内いただきたい」と働きかけた。このショールームといっても、実態は倉庫を改装した簡素なもので、床にカーペットを敷いただけの空間だった。それでも、展示の工夫と活用次第で十分に価値を発揮した。

ある日曜日、定期的にY社を訪れている私は、ショールーム責任者から聞いた嬉しいエピソードに驚かされた。その日は用意していた50足のスリッパが足りなくなり、困るほどの来場者があったというのだ。しかも、見学に訪れたお客様の約90%が商品を購入していくという状況だった。これほどありがたい話は、Y社にとっても小売店にとっても他にないだろう。

こうして、不況に苦しむ小売店にとって、Y社は欠かせない存在となった。その結果、Y社の売上は着実かつ力強いペースで伸び続けた。小売店の視点に立ち、彼らの売上増加を支援するというY社の取り組みが、結果として自社の売上向上にも直結したのである。この相互の信頼関係が、さらなる成長の土台を築いた。

I社は菓子の製造を手がけるメーカーだ。その社長であるI氏は、私が特に尊敬する経営者の一人である。I氏の経営哲学は明快で、「お客様である問屋が繁栄しなければ、我が社の繁栄もありえない」という信念に基づいている。

そしてI氏は私にこう言った。「重要な得意先を選びますので、一倉さん、経営指導をお願いしたいと思います。報酬はすべて我が社に請求してください。ただし、一つだけ条件があります。それは、『我が社の商品に力を入れてください』というようなことは、絶対に言わないでいただきたい、ということです。」この言葉に、I氏の経営に対する真摯な姿勢と、得意先との信頼関係を何より重視する姿が垣間見えた。

私はその言葉に深く感銘を受け、自然と頭が下がる思いだった。I氏から依頼された会社のお手伝いをする中で、「I社の商品に力を入れてください」とは一度たりとも口にしなかった。それにもかかわらず、結果的にI社の商品は売上を伸ばしていった。この成果は、I氏の信頼に基づく経営姿勢が、自然に得意先の支持を得た証だと言える。

これら二つの事例は、相手の立場に立ち、その売上増進を支援することが、結果として自社の売上拡大にもつながるという重要な教訓を示している。相手の成功を自らの成功と捉える姿勢が、信頼関係を築き、双方の繁栄を実現する鍵となるのだ。

「相手を儲けさせる」ことこそが、自社の利益を増大させる最善の道である。この考えを深く胸に刻み、常に相手の繁栄を第一に考える姿勢が、結果として自社の発展につながるのだと、改めて痛感する。

このエピソードにある「相手の立場に立って考える」姿勢は、単に顧客のニーズを満たすだけでなく、相手のビジネス成功をサポートし、それによって自社の成長にもつなげるという重要な経営戦略です。この考え方は、顧客や取引先に価値を提供することで、相互の成功を実現するビジネスモデルの礎と言えます。ここでのポイントを以下にまとめます。

相手の立場に立つことで得られる利点と戦略

  1. 相手のビジネスの成功を助けることで信頼関係を築く
  • Y社は、取引先の小売店に対して売上促進を図るための具体的な施策(売れ筋商品の情報提供や即売会協力など)を提供し、小売店の利益増進を支援しました。結果として、小売店が信頼と協力の意志を持ち、Y社の商品を積極的に扱うようになりました。
  • さらに、展示会場の利用提案を通じて小売店に販売支援を行うことで、Y社はより一層の顧客からの支持を得ることができました。
  1. 価格競争ではなく、独自の価値を提供する
  • Y社は価格競争に参加せず、代わりにメーカーには提供できない「売れる商品の情報」などのサービスを提供することで、他社との差別化を図りました。
  • これは、単に安価な商品を提供するだけでなく、相手にとって「価値ある取引先」となるための効果的なアプローチです。
  1. クレームを成長のチャンスと捉える
  • 小売店から「競合店に同じ商品を販売しないでほしい」というクレームが来ましたが、Y社はこのクレームを喜ぶべき「贅沢なクレーム」と捉えました。このような競争は自社の商品が小売店で重要視されている証拠であり、対応の仕方次第でさらに信頼を深める機会になります。
  1. 長期的視点での関係構築
  • I社の社長は「お客様である問屋の繁栄なくして我が社の繁栄はない」という考えのもと、問屋の成長を支援しました。このように、取引先の成長を支える姿勢が結果として自社の売上増加に寄与しました。

戦略のまとめ:相手を儲けさせることの意義

  • 相手を儲けさせることが自社の利益に直結する
  • 相手の利益を最優先にすることで、自然と相手も自社に協力的な姿勢を取るようになります。これは、信頼関係を築き、安定した長期的な取引関係を確立する鍵です。
  • 「顧客の成功=自社の成功」という発想を持つ
  • ただ商品を売るだけでなく、顧客や取引先が成功するためにどのような支援ができるかを考えることが、結果として自社の成長と利益に結びつきます。この「相手を儲けさせる」という意識が、強い信頼と顧客ロイヤルティを生むのです。

結論

Y社とI社の例は、顧客第一主義を貫くことが自社の売上増大にもつながることを示しています。ビジネスでは、単に「売る」だけではなく、いかにして「相手の立場に立ち、共に成長するか」を考えることが重要です。この姿勢が、真の意味での「顧客第一主義」を形にするものであり、それによって得られる利益は短期的な売上の増加を超えた価値をもたらします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次