M社は地方都市に拠点を構える商社であり、その特徴として地方経済の浅さに起因する多様な商品取り扱いが挙げられる。同社も例外ではなく、農業資材や農薬、食品原材料、工業用原材料の一部から、荷造りや包装に用いる梱包機、さらにはコンテナや梱包資材に至るまで、取り扱う品目は膨大だった。その総数はおそらく数千種類に及ぶものの、正確にどれだけの商品を扱っているかを知る者はいなかった。
M社では、五つの営業所にテリトリーを割り振り、その区域内で全ての商品を販売する体制を取っていた。この仕組みの下では、各セールスマンが膨大な種類の商品を担当せざるを得ず、商品の管理や販売戦略が行き届かない状況が常態化していた。その結果、顧客へのサービスが不十分となり、重点を絞った効果的な販売も実現できず、業績は低迷していた。
こうしたテリトリー制を導入した背景には、「営業所単位で独立採算制を採用し、責任の所在を明確にする」という誤ったマネジメント思想があった。この方針の下では、各営業所が自らの利益だけを追求する形となり、会社全体としての統一的な戦略や連携が欠如した。結果として、効率の悪い運営が常態化し、顧客満足度の低下や収益の悪化を招く要因となっていた。
M社において最優先で取り組むべき課題は、市場単位ごとの分担を明確にすることである。まずは農業資材と農薬を一つの市場単位とし、それ以外の品目をもう一つの市場単位として区分けする。この二つの市場はお互いに関連性が薄いため、分割しても業務に支障をきたすことはないだろう。むしろ、担当範囲が絞られることで業務の効率が向上し、顧客に対するサービスもより密度の濃いものとなる。
このような市場分担を行った後、それぞれの市場を徹底的に見直し、商品構成を再検討する必要がある。その過程で、不採算商品や不要なラインを整理し、新たな需要や収益性の高い分野を取り入れる「スクラップ・アンド・ビルド」を実行することになる。この結果として、既存の営業所やテリトリーの再編成が求められる可能性もあり、体制全体に大幅な変更が加えられることも考えられる。
このような提案を行ったところ、M社長は「それでは営業所ごとの独立採算や管理が難しくなる」と懸念を示した。それに対し、私はこう答えた。「事業とは市場に対して価値を提供することであり、販売はその最前線に位置する。だからこそ、市場のニーズを正確に把握し、それをどのように満たしていくかが、事業の成否を左右する最重要課題だ」と。
独立採算や営業所管理といった内部指向の考え方にとらわれてはならない。人間の行うどんな行動にも、利点があれば必ず別の側面で何らかの不都合が生じるものだ。それを踏まえた上で、何を優先すべきかを明確にし、外部である市場や顧客のニーズに焦点を合わせた柔軟な対応が求められる。内部の都合だけに囚われていては、事業そのものの本質を見失うことになる。
そうであるならば、優先すべき本質的な方を重視し、その結果として生じる不都合については受け入れるしかない。だからこそ、私はこう伝えた。「お客様へのより良いサービスを最優先に考えるべきだ。それによって内部管理に不都合が生じるとしても、それは事業を進める上で甘受すべき代償だ」と。市場や顧客の満足を犠牲にして内部の都合を優先するのは、事業の本来の目的に反する姿勢であると断じた。
A社を訪問した際、副社長と雑談をしていると、こんな愚痴が飛び出した。三カ月ほど前に事務機メーカーのN社から会計機を購入したものの、未だにプログラムが決まらず、運用に支障をきたしているという話だった。その様子からは、不満と困惑が入り混じった様子が窺えた。
詳しく事情を聞いてみると、N社の営業部門は事業部制を採用しており、ハード事業部とソフト事業部に分かれているという。しかし、この二つの事業部の考え方が全く噛み合っていないことが問題の原因だった。ソフト事業部がA社の業務内容を調査した結果、ハード事業部が売り込んだ機械が実際の運用には適していないことが判明したというのだ。この内部の不整合が、A社にとって大きな不便を生じさせている状況だった。
これは、まさにお客様を軽視するにもほどがある話だ。A社の状況やニーズを顧みることなく、N社の二つの事業部がそれぞれの立場を主張し合うだけで、顧客へのサービスが完全に置き去りにされている。こうした事態が生じる原因は、事業部制の運用に根本的な誤りがあるからだ。
本来、事業部制というものは、それぞれが明確な市場を持ち、独立した責任と目的のもとに運営されるべきものだ。しかし、このケースでは、事業部間の役割分担が曖昧で、顧客に対する統一的な視点が欠けている。結果として、内部の論理が優先され、顧客に迷惑をかける構造になっているのである。
N社が抱える問題の本質は、同一の市場に二つの事業部を設置してしまった点にある。これこそが事業部制の運用ミスと言える。本来、事業部制の基本理念は、各事業部が独自の市場を持ち、その市場に対して自立した事業活動を展開し、利益を上げることにある。
しかし、N社のように同一市場内で複数の事業部が競合する形態では、市場へのアプローチが分散し、顧客に対する責任が不明確になるばかりか、内部での対立を生むリスクが高まる。これでは、本来の事業部制の目的である効率的な運営や顧客満足の向上が達成されるはずもない。市場と事業部の関係を再構築し、各事業部が独自の役割を全うできる体制を整えることが不可欠だ。
こうして、N社の事業部は自部門の利益だけを優先する集団となり、顧客の立場は完全に無視されてしまった。
このようにして、N社は次第に顧客の信頼を失っていく。誤った事業部制は深刻な結果を招くのだ。だからこそ、一つの市場には一つの事業部という原則が不可欠なのである。
N社の例で言えば、ハードもソフトも一貫して顧客に最後までサービスを提供するには、「同一市場一事業部制」を採用するのが最善の解決策である。
K社は事務機と事務用品を扱う総合商社だが、誤った事業部制を採用し、計算機事業部、複写機事業部、消耗品事業部の三つに分けてしまった。その結果、得意先を訪問する際には各事業部から一人ずつ、計三人がチームを組んで回るという非効率的な体制になっている。これにより業務効率が著しく低下するだけでなく、小売店側も複数人を相手にする手間が増え、煩わしさから評判が悪化しているのが現状だ。
販売組織は、社員の管理や責任体制の都合を優先して構築するものではない。あくまで市場活動を中心に据え、市場のニーズに応えることを目的として編成されるべきである。
市場活動には二つの側面がある。一つは顧客への販売活動、もう一つは同業他社との競争、つまり市場占有率を確保するための活動だ。これら二つに焦点を合わせた上で、効率的な組織を構築し、機動力と弾力性を持たせることが不可欠である。
そのような要求を満たす組織を作るには、社長自身が小売店やエンドユーザーを直接訪問し、現場の生の声を聞くことが不可欠である。現場感覚なくして効果的な組織構築は不可能だ。
いつ、どんな状況でも、社長自身が顧客を訪問する以外に、会社の事業発展を左右する鍵となる重要な情報を得る方法はないと考えるべきである。
会社の発展を願わない社長などいるはずがない。しかし、その発展の原動力が社長自身の顧客訪問にあるにもかかわらず、それを実行しない「穴熊社長」が圧倒的に多いのはなぜだろうか。恐らく、現場の重要性を軽視していたり、内部の業務や管理に意識を向けすぎてしまったりすることが原因ではないだろうか。また、過去の成功体験や慣習に縛られ、新たな行動を起こす勇気を欠いている可能性も考えられる。
M社のように、地方都市の商社が多岐にわたる商品を扱い、業績が上がらない状況に直面する場合、適切な販売組織の再構築が必要です。以下、効率的な販売組織の編成とその実践的な考え方をまとめます。
1. 市場単位の分担
- M社のように多数の品目をテリトリー制で扱わせると、サービスが薄まり、どの商品も中途半端になります。商品を農業資材・農薬とその他の品目など、関連性ごとに分けることで、セールスマンの専門性が高まり、サービスの質が向上します。
2. 顧客視点の販売組織
- 組織編成は、顧客に対するサービスやニーズを満たすことを最優先にすべきです。M社長が懸念する「独立採算や管理のしやすさ」は二次的なもので、最も重要なのは市場の要求をどのように満たすかです。独立採算など内部向けの管理方針は、業績向上のために犠牲にする覚悟が必要です。
3. 事業部制の適切な利用
- N社の例では、ハードとソフトが異なる事業部に分かれて顧客のニーズを無視したため、顧客の信頼を失いました。事業部制を採用する際は、同一市場内に複数の事業部を設けず、顧客に一貫したサービスを提供できるように、一つの市場に対しては一つの事業部が対応する体制をとるべきです。
4. 販売組織は市場活動重視
- K社のように商品ごとに事業部を分けた結果、同一顧客に対して複数の担当者が訪問する非効率な状況が生まれました。販売組織は、顧客に対する効率的な対応と、競合に対する占有率確保を目的として編成しなければなりません。
5. 現場の声を聴く
- 効果的な組織の設計には、社長が顧客や小売店を直接訪問し、生の声を聴くことが不可欠です。顧客のニーズや競合他社の動向を把握することで、事業戦略に必要な情報を得ることができます。
6. 社長の積極的な顧客訪問
- M社に限らず、経営陣の多くが日常業務に没頭しがちですが、社長自身が顧客を訪問して市場の動きを理解することが、事業発展のための重要な原動力となります。
結論
効果的な販売組織は、顧客ニーズを満たし、競争力を高めるための市場活動に焦点を当てるべきです。社長自らが現場の声を聞き、顧客の立場に立つことで、現実に即した組織を編成し、業績向上につなげることができます。
コメント