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敵を知る

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」とは古来からの兵法の基本だ。この単純な原則を、多くの社長たちは意外なほど理解していない。頭では知識として持っていても、市場戦略というものの本質を理解していないため、競合を知ることの重要性に気づかないのだ。

その結果として、競合の状況を把握することに対してあまり積極的ではないケースが多い。せいぜい、自然に目や耳に入ってくる程度の情報に頼るだけだ。そのため、市場や競合に関する情報をほとんど持たない企業が少なくない。

市場戦略の重要性を社長に説く際、手元のビジネスダイアリーの巻末にある府県別主要データや全国都市一覧表を使って説明すると、「すみません、それをコピーさせてもらえませんか」と頼む社長が少なくない。競合企業の調査に使うべき興信所の報告書すら持っていない会社も珍しくない。このような姿勢には、正直なところ疑問を感じざるを得ない。

社長が得意先を訪問した際、どれほど「敵を知らず己を知らない」状態なのかを痛感させられることがある。たとえば、間屋であるA社の社長がこんなことを言う。「一倉さんの勧めで小売店を回ってみましたが、うちの商品が店の隅にほんの少し置かれているだけなのを見て、本当に情けなくなりました」。競合状況も自社の立ち位置も知らずにいた結果が、こうした現実だ。

メーカーであるS社の社長もまた、現実を突きつけられた一人だ。彼はこう語る。「うちは名古屋地区でかなり強いと思っていたんです。でも、一倉さんに強要(?)されてセールスマンの案内で小売店を回ったら、ガッカリしました。格の高い店の前を素通りするので、この次は入るだろうと期待していると、また素通り。そして立ち寄るのは三流かそれ以下の店ばかり。自分の認識不足を痛感しました」。このように、自社の実態や市場での立ち位置への理解が欠けていることに、訪問を通じて初めて気づくケースは少なくない。

引きこもりがちな「穴熊社長」が外に出て流通業界の現場を見れば、自社の商品がどれほど惨めな扱いを受けているかを目の当たりにし、ショックを受けることになる。その際、この情けない状況を営業担当者の怠慢と捉えるだけの社長は失格だ。一方で、自分自身の怠慢が原因だと認め、市場戦略の必要性に気づき、それに取り組む覚悟を決める社長こそが本当に価値のある経営者だと言える。

市場戦略を展開するために必要な情報は、戦場、すなわち市場の状況と、戦うべき競合の状況であることは明白だ。情報源としては、各種文献や刊行物、見本市や展示会、カタログ、専門機関の利用といった他者がまとめた情報と、自社のセールスマンから得られる現場情報がある。しかし、何よりも重要なのは、社長自身が足を運び、目で見て耳で聞いて集めた情報だ。同じ状況を見ても、社員と社長では捉え方がまったく異なるからである。

集めた情報を整理し、分析して、自社の戦略に役立つ形にまとめることが必要だ。しかし、自社が本当に欲しい情報がそのままの形で手に入ることは稀だ。たとえば、政府機関が提供する情報は分類が大雑把すぎるうえ、最新と言っても多くの場合、2年前のデータにとどまる。こうした現実を踏まえ、自ら情報を補完し、活用可能な形に仕上げることが求められる。

業界の刊行物については、提供元の企業が自らの都合に合わせて情報を脚色している可能性を常に念頭に置く必要がある。また、興信所の調査も過信は禁物だ。調査対象となる企業が興信所の顧客である場合が多く、深く踏み込んだ調査が行われることは難しいからだ。これらの情報源をそのまま鵜呑みにせず、批判的に精査する姿勢が重要だ。

このように、完全な情報どころか、不完全で信頼性も鮮度もばらつきのある情報を基に状況を把握し、判断を下さなければならないのが現実だ。だからこそ、社長には外部情報の収集に対して並外れた努力が求められる。情報の質と量が経営の命運を分ける以上、それを怠る余地はない。

信頼性が高く、鮮度の良い情報を手に入れることができれば、それだけ市場戦略の精度も高まる。敵の状況を知らず、戦場の様子も分からないままでは、戦いを進めることなど到底不可能だ。本当の戦争であれば、こんな杜撰な指揮をする指令官は存在しないはずだ。経営もまた戦いである以上、情報の重要性を軽視するのは致命的な過ちである。

それにもかかわらず、企業戦争の現場には、全く目が見えていない「盲目社長」があまりにも多い。だからこそ、私は「社長は外に出よ」と声を大にして訴え続けている。これはただのスローガンではなく、社長自身が目を開き、現実を直視するための切実な願いなのだ。外に出て市場を見て、敵を知り、己を知ることからしか、戦略の真価は生まれない。

「セールスマンからの情報で十分だ」と思い込んでいる社長がいるとすれば、それは実におめでたい話だ。そもそも、セールスマンが本当に報告通りに得意先を訪問しているかどうかさえ疑わしい場合が少なくない。現場の実態を確認せず、伝聞だけに頼る経営は、まさに目隠しで戦場に向かうようなものだ。その無防備さがどれほど危険か、早く気づくべきである。

T社の社長が私の勧めで直接現場を回った際、有力な小売店主から次のような苦情を耳にしたという。「T社のディーラーのセールスマンは、この一年間全然顔を出さず、電話だけで済ませている。そんな誠意のない対応では仕入れ先を替えようかと考えている」。こうした現場の声を初めて直接聞いた社長は、セールスマンの報告と現実の乖離に愕然としたことだろう。現場を見ずして真実はつかめないという典型的な例だ。

怒り心頭のT社長がディーラーの社長に詰め寄ったところ、ディーラーの社長は驚き、「報告書では毎日訪問していることになっています」と答えたという。これにより、現場の実態とかけ離れた虚偽の報告が常態化していることが露呈した。書類の数字や言葉を盲信するだけでは、経営の実態を正確に把握できないという現実がここでも明らかになったのだ。

こんなセールスマンの嘘を鵜呑みにしていたとは、なんともお目出たい話だ。社長自身が現場に足を運び、蛇口を訪問していれば、こうした事態は防げたはずだ。現場を見ずに報告だけに頼る経営は、判断を誤るリスクを自ら高めるようなものだ。結局、自ら動くことが最良の情報収集法であることを示している。

「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」という兵法の教えは、企業経営においても非常に重要です。これは単なる知識ではなく、企業が市場で競争優位を築くための基本的な戦略の一部です。しかし、実際には多くの社長が競争相手や市場の状況を十分に把握していません。特に、社外からの情報収集をおろそかにし、内部での報告のみで戦略を判断するケースが多々見受けられます。

敵を知るための情報収集の重要性

市場で成功するためには、競争相手の状況や市場の動向を把握し、自社の戦略を的確に調整することが不可欠です。社長自らが現場に足を運んで得た情報は特に価値が高く、単に他人のまとめたデータに頼るだけでは、細かなニュアンスやリアルな市場の変化を掴むことが難しいです。情報の収集には、政府機関のデータ、業界の刊行物、セールスマンの報告などが役立ちますが、それらはしばしば不完全で、鮮度や信頼性も異なります。

現場に足を運ぶ重要性

社長が直接市場や競合他社の状況を確認することが必要です。セールスマンの報告に頼りきりでは、重要な機会を逃したり、現場での実態とズレた判断をしてしまうリスクが高まります。ある例では、セールスマンが顧客訪問の報告をしていても、実際には電話対応のみで、訪問が行われていないこともありました。社長が直接現場を確認することで、このような情報の誤りを防ぎ、的確な市場戦略を立てることができます。

市場戦略に基づく情報の活用

収集した情報は、競合相手に対する優位性を築くために活用されます。そのためには、入手したデータや報告を単に保管するのではなく、戦略の根幹を支えるものとして整理・分析し、意思決定に反映させる必要があります。社長は特に、情報がもたらすリスクと機会を理解し、柔軟に対応する戦略を構築することが求められます。

「敵を知る」ことは、競争での生存を左右する基本原則です。社長自らが現場に出て、自社の商品がどのように取り扱われているか、競合他社がどのように動いているかを確認することが、市場戦略の成功を導く鍵になります。

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